49ー5 とある男の小さな冒険
「カストル様とポルクス様ですね。ここには何を?」
「理由はない、かな……」
とりあえず彼……ポルクスの故郷に行ってみようってなっただけで。
「こいつが世間知らずでな。外を見て回りたいというからそれに付き合っているのだ」
「世間知らず……。理解しました」
どうやら俺は端から見れば世間知らずらしい。否定はできないし、その通りだと思うけど。
「それでは目的のない流浪の旅、ということですか?」
「そんな感じ」
ミツキが少し考えて、
「お供しても宜しいでしょうか?」
「どうして?」
「某もその旅、少し興味があります。もし許されるのならご一緒したいのですが」
どうする? とポルクスに聞くと、自分で決めろと言ってきた。
移動で飛ぶのは俺じゃないから訊いただけなんだけど。
ミツキをよく見る。嫌な感じは、しない。
「いいよ。計画性もないけどそれでいいなら一緒に行こう」
「ありがとうございます!」
こうして隠れ里のミツキが加わった。
俺が隠れ里がもうなくなったと思い込んでいたのは、隠れ里の住人である人狼族の絶対数がかなり減少していたからだ。
特に、最も血筋のいい黒毛種が。
隠れ里の中には変わった文明が根付いているという。ミツキの職業、シノビもその一つだ。
ちなみに今の今まで帽子を被っていたからわからなかったけど、ミツキは黒毛種だった。自分を鍛える旅に出ているんだとか。
「ミツキの本名ってどんなの?」
「なぜ、これが本名でないと?」
「本名ではあると思う。けどなんか違う気もする。愛称とかだったりする?」
ミツキがぴくんと反応した。
「なんと。気付かれるとは。某の名はコカゲ。ミツキというのは家に代々伝わる名です」
「そっか。うん。それっぽい」
「カストル……。これからはその名前が違うとか指摘するのやめろ」
? どうして?
「お前が鋭すぎるのはあまりよろしくない。なんとなくわかってしまっても、無視しておけ」
「? うん。わかった」
正直あんまりわかってないけど……。
表情から察したのか、ポルクスが大きなため息をついた。首を捻ると、コカゲが横から、
「某の場合は良かったのですが、事情があって隠される方も大勢いらっしゃいますからね。反感を買わないためには放置が一番良いのです」
なるほど。俺たちもそうだしね。………今の今まで忘れかけてたけど。
「ところで、ポルクス様の故郷は一体どこでしょうか?」
「もう少し先だ。このペースだと二日ほどでつくだろう」
「この辺りの地形は記憶しておりますが……ここから二日の距離の所で集落があった覚えはないのですが」
「着けばわかる」
それから何時間か進むと、何か音が聞こえた。
何かの鳴き声?
「ねぇ。なにかきこえない?」
「申し訳ありません……。某の腹の音です」
「腹の音? お腹から音ってでるの?」
コカゲが首をかしげる。
ポルクスがため息をつきながら、
「本で読んだことがあるだろう? 腹が減ると鳴るんだ」
「あ、空気の動きでなるやつ? これがそうなんだ。へぇー」
結構面白い音だ。動物の唸り声みたい。
? でもお腹が空いているってことは。
「放置したら死ぬ?」
「そうだな」
「……普通に一大事じゃないか」
直ぐ様対処しなければ。コカゲが死んでしまう。
「いえ、その。今すぐに死ぬというわけでは」
「でもそのうちそうなるんだろう? 君も何かあったら教えてくれると助かる。俺にはわからないから」
「何故わからないのですか?」
「俺は……食事も睡眠も呼吸すら不必要なんだ。体半分吹き飛ばされても再生するし、余程のことがなければ死ぬことはない」
ポルクスは俺とは違う。確かに彼も食事も睡眠も殆ど必要ない。それだけの強者に属している。けど俺は全く必要がない。
休養は精神的な理由で必要だけど、身体的な面では生きている間は全力で動き続けることも可能だ。
なんか体が怠くなるからやろうとは思わないけど。
「カストル様は一体なんの種族なのですか……?」
「それは言えないんだ。ごめんね」
言えない。言わないんじゃなく、言えないんだ。
正直自分自身のこともよくわからないし、親のことも覚えていない。物心ついたときからあの本まみれの部屋でただひたすらに本を読んでいた。
本は嫌いじゃない。それしか娯楽がなかったのもそうだけど、本を教えてくれた人だけが俺に近付いてきてくれたから。
もう、死んじゃったけどね。
「……俺の世話役の人は、いろんな種族の人がいたんだ。獣人、亜人、人間、魔人。どんどん入れ替わって、最終的には天使だけになっちゃったけど……俺の名前を覚えてくれた人は一人だけだった。その人は人間だったよ」
唯一の俺の味方になってくれた人。
だから俺は最初、自分のことを人間だと思っていた。
でも、時間が明らかに違ったんだ。俺が数センチ背が伸びた頃に彼女は寿命で死んでしまった。
俺と他の種族との圧倒的な違いは、寿命だと思う。
俺だけ違う場所に放り込まれている気がしてならない。周りだけがどんどん時間が進んでいって、自分だけが若いままで。
同じ時間を生きる同種がいない俺からすれば、長寿というのはあまり嬉しいことではない。
「人間だったら良かったのになぁ……」
「カストル様?」
「いや、なんでもないよ。それよりも食事だったね」
頭を切り替えて周辺を見渡す。
たしか、人狼族は雑食だったよな。
ポケットに入っている種を一粒取り出して地面に植える。
「少し離れてて。……よっ」
ぐっと植えたところを手のひらで圧しながら力を流し込む。十分に入ったという感覚が伝わってきたのでそっとそこから手を離すと、直径十センチほどの緑の蔦が地面からニュルニュルと生えてきた。
即座に成長していき、先端に大きな緑色の実をつける。
「西瓜か」
「そう。この前君が持ってきてくれた種だよ。美味しかったからとっておいたんだ」
この野菜はいっぱい種もとれるしね。
「多分いい感じに実がつまってると思うんだけど……」
ぺちぺちと叩いて確認してから手で割ってみる。
「お。出来てる。はい、コカゲの分」
「こんなには食べられません……」
「そうなの?」
実を二つ渡したら、一個の半分でいいという。しかもそれでも多いらしい。
「ポルクス……君確かこれを6つ食べてたよね? 多いらしいよ」
「そうか? まだまだいけるぞ」
もう既に食べてるし。
皮だけになった西瓜の残骸が量産されていく。
俺も食べてみる。一個の半分の半分の半分の半分……片手に収まるくらいの大きさで十分だった。
確かにこれ二つはお腹に入りそうもない。
残りは全てポルクスが食べきった。種は回収してあるからいつでも食べることができる。
「種さえあれば生やせるのですか?」
「俺がその物を知っていればね。味や香り、大きさや重さも鮮明に思い出せるなら成功率は上がるよ。これは先月食べたばかりだったから」
ポルクスが籠いっぱいに持ってきたんだよね。
「でしたら……半月草は生やせないでしょうか」
「半月草?」
そんな食べ物あったかな。
「薬草の一種なのですが、病気の治療に必要なんです」
「なんの病気?」
「黒雷病です」
なんだか、予想もしていない方向に話が進んできた気がする。