49ー3 とある男の小さな冒険
即座に彼を呼び戻して道が違う事を告げてさっきとは逆方向に走る。
「なんだ、お前も出たいんだろう」
「放っておいたら君が死ぬよ⁉ ここの罠極悪なんだから!」
即死級の落とし穴や空気が突然無くなる罠もある。
その辺ならまだしもどこからともなく大量の虫が襲いかかってくるとか見るからにヤバイ毒の沼とか、製作者のひねくれ度が半端ではない。
「あっちにあれがあるから……こっちだ」
道筋を思い出しながら進む。
「なぜそこまで詳しいんだ?」
「何回もここに入ったからね。死なないから何度でも挑戦できたし」
領域内では自分はとくに強いと自負している。
目印に置いてきた矢が見えた。
「あった‼」
矢を引き抜いて出入り口を観察しながらゆっくりと開ける。よし、誰もいないな。
さっきここに入る前に置いてきたあの白い花が風で静かに体を揺らしている。
「守護石たやらはどこだ」
「知らない」
「は?」
「知るわけないでしょ……。知ってたら何とかしてる」
領域の破壊は物理的には不可能だ。俺の両親が作ったらしいこの壁がそんな簡単に壊れるはずはないしね。
領域は俺の力を高め、暴走しないよう範囲を限定するものだ。だとしたら、その領域を作っているものは俺の力と真逆の性質を持っているはずだけど。
「復活、回復の力……。それを感じる場所はない?」
俺の力に物を特定する、もの探しに使えそうなところはない。
触れたもの全て壊してしまうのだから使えないのは当たり前なのかも知れないけど。
「わからん」
「だよなぁ……」
彼も俺も物探しは苦手だ。
だが、ひとつピンと来るところがあった。逆に言えばそこ以外で思い付かないんだけど、
「もしかしたら、入ったことないけど宝物殿にあるかも」
「いかにもそれっぽいな。なぜ今まで調べなかったんだ」
「入らなかったんじゃなくて入れないんだよ。領域外にあるから」
入れないけどその前までは案内できる。
弓を構えつつ奥に進む。アンデッドはこの辺りにいないのか、特に見当たらない。
警戒しつつ歩いていくと、巨大な蔵が見えてきた。
「これか」
「うん。けど実際はもっと広くて地下にも広がってる。罠も多分あると思う。……本当に行くの?」
「ああ。壊してくるから待ってろ」
なんだか心配だな。ついていきたいけど、目の前に領域の限界ラインが立ちふさがっている。ここを越えられないし、越えたらどうなるかわからない。
俺が少し躊躇していると彼はさっさといってしまった。
宝物殿という名前しか知らないが、どんな場所なのかは抜け道の罠の嫌らしさを実体験している俺にとっては絶対にいきたくない場所のひとつだ。
どんな宝があるか知らないがそんなものに興味の欠片もない。
今はおとなしく待つしかないかと突っ立っていると、警告音が辺りになり響いた。
『侵入者、宝物殿ニ有リ! 至急、領域ノ守護者ハ宝物殿ニ―――』
なんか引っ掛かったな、多分……。
数分後、わらわらとアンデッドが屋敷の中から現れた。
「申し訳ないけど、ここは守らせてもらうよ!」
矢を立て続けに放つ。リビングデッドは全部倒したが、スケルトンには効果が薄いか。
「なら、魔法を付与するだけだ‼」
外から敵が集まっているということは中でも何かしらの対策がされていることは間違いないだろう。
とにかく俺はこいつらを何とかするしかないな。
警告音が再び鳴り響く。
『侵入者、宝物殿ニ有リ! 対策トシテ領域ノ範囲ヲ狭メ――』
え?
今、領域を狭めるって言った?
「……嘘だろ」
じりじりと領域の結界がこちらに近付いてきているのが見える。
歩くよりずっと遅いスピードだが、縮まる度に余計に結界が強化されていくのがわかった。
……これ、最後に俺だけ取り残されてプチってならないよね?
わからないがとにかく屋敷の中心に向かおう。きっと彼がこれを消してくれるだろう。
彼が宝物殿に入ってから4時間ほど経過した。
けどいまだに結界は消えてくれない。彼は逃げたのだろうか。それならそれでかまわない。
これからもこの屋敷で暮らしていくだけだ。
血で辺りが少々汚れているが、掃除すればなんとかなるだろうし。
でも彼も逃げるんだったらせめて結界を停止してほしかったとは思う。これじゃ本当に最後にはプチってなる。
冗談でもなんでもなく。
「あ、参ったな……」
ここで一気に焦りだしたのは、もう直径が10メートルきってる。
死なないはずだけどプチってなったらどうなるんだろう。気にはなるけど試したいとはこれっぽっちも思ってない。
手を出してみるが相変わらず拒絶される。
じりじりと下がって中心に座り込む。数分でここまで来るのは間違いない。
「最後に、外に行きたかったな……」
空の矢筒を地面に放り投げる。矢筒は抵抗なく結界を抜けていった。俺以外の物体にこの領域は関係がない。
もう疲れてしまった。いままでいない者として扱われて、外とは無縁の生活をしてきて。
自分が生きてはならないと言われていた意味もよくわかっているが、それでも生きているからには何かしたいと思っていた。
目を瞑る。寝転がる場所すらない。最期にしてはあまりにもあっさりしている。
「でも、彼が逃げたのなら、それで……」
「誰が逃げたって?」
驚いて目を開けると目の前に彼がいた。
「え、いや、逃げたんじゃ」
「誰が逃げるか。それよりも、これでいいんだよな?」
白く輝くコインを見せてくる。
「というか、これくらいしかそれっぽいのが無かったんだよ」
「じゃあそれなんじゃない?」
「……いつも適当だな。まぁいい」
パキン、とコインを割ると結界が消えた。
「え、嘘……本当に、消えた……?」
何度も結界があったところを触ろうとするが手は空を切るばかりで弾かれるどころか手応えすらない。
「ほら、行こうぜ」
手を引っ張られて門へ行く。足が無意識にその前で待ったをかけた。
本当に、ないよね? ないんだよな?
なんどもなんども目を辺りに向け、結界を確かめつつ足を一歩踏み出した。
「……行ける。行けるぞ!」
正直あまり実感がわかない。彼について暫く歩き、大地の端へついた時、言葉がでなかった。
「凄い……!」
地面の下に雲海が広がり、白いふかふかしてそうな雲の切れ間から薄ぼんやりと青い地面が見える。
なにより驚いたのはここまで開けた空間がはじめてだった。
天井も壁もない、まっさらな空間。太陽の光自体はみたことがあっても太陽そのものは初めてみた。
いつも壁に阻まれていたから、
「太陽って、本当に丸いんだ……!」
普通の人からすれば当たり前なのかも知れない。何言ってんだって思うかもしれない。でも俺からすれば太陽が丸いというのは知識であって、経験ではない。
鳥が雲を滑るように飛んでいく。君達はいつもこんなところにいるのかと少し嫉妬してしまった。
「では行こうか」
「行くってどこに?」
「私の故郷だ」
彼が光を纏うと徐々に大きくなっていく。頭なんて屋敷の天井よりも高くなった。
「さぁ、乗れ」
手を出されたのでそこに座ると彼はふわりと飛び上がった。
「わわっ⁉」
「では行くぞ!」
自分の意思なく体が動くというのは実に不思議な体験だ。
彼は俺を気遣ってかゆっくりと下に降りていく。
「あの、青いのはなんだ?」
「海だ。塩水で出来ている」
「あれが海か……」
どこまで広がっているのだろう。青いのは光が反射しているからと本で読んだが、本当に真っ青だ。
本当に絵の具が溶かしてあるんじゃないのかな。
「ねぇ」
「なんだ」
「ありがとう」
「感謝されることではない。ではさっさと行こう。少しとばすぞ」
彼は少し照れているみたいだった。