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49ー1 とある男の小さな冒険

 主人公その他一切出てきません。別にいいやと思う人は読み飛ばしていただいても構いません。


 本編に絡んでくる内容ではありますが、最悪読まなくてもお話としては成立します。


 それと、今回だけは一人称視点で書きます。

 誰にも相手にされない日々を変えてくれたのは、偶々迷い込んできた()だった。


「また、独りなのか?」


 いつもの調子でそう訊ねてくる。ずっと小さかった筈の彼だが、いつのまにか身長が抜かれていた。


「君がいるから、独りじゃない」


 そう、いつも言葉を返すのだ。


 彼と出会ったのはもう随分昔のことだ。どしゃ降りの中、襤褸を身に纏った彼がこの庭に迷い込んできた。


 全身に切り傷と打撲があり、泥だらけになりながら木の下で震えている彼を見て、気づかないうちに体が動いていた。


 あれくらいの傷なら放っておけば一時間程で死ぬ弱い生き物だが、なんだか情が沸いてしまった。


「土産だ。どれがいい」

「じゃあ……これがいいかな」


 ドサッと無造作に広げられた装飾品や金品の数々。それらよりもそこに紛れ込んでいた小さな白い花を選んだ。


「それでいいのか?」

「うん。これがいい」

「それに価値は殆どないし、どこにでも咲いているぞ?」

「ここの庭以外のものを知らないから。外のものが欲しいんだ」


 萎れかけている花をコップにさして水を注ぐ。


 程なく枯れてしまうだろうけど、これでいい。


「お前は何故ここにいる?」

「わからない」

「じゃあ外に行けばいいだろう」

「……それは出来ない。許されてない」


 彼の顔が少し不機嫌になった。


「許可など要らないだろう。お前のことなのだから」

「外に出てみたい、とは思う。夜間の外出は許されてないから月や星でさえ本の中でしか知らないし、外を知りたいっていう知識欲もある。けど駄目なんだ」


 手の中の花が風に吹かれて寂しげに揺れる。


「俺は、生まれたことすら許されていない。この世に存在してはいけないんだって」

「あの愚劣な者ども、そんなことを言っているのか」

「やめろ。どこで誰が聞いているかわからない。少なくとも監視はされてるみたいだしね」


 柱の上の小さな突起に目をやる。あれでどこにいようと常に監視されている。あれはこの辺り一帯にばら撒かれている。


 就寝時は勿論、水浴びでもトイレでもいつも視られている。もう慣れたのは間違いがない。


「……苦しくはないのか」

「外を知らないから、まだましなんだろうね。『幸せを知らなければ絶望のなかでも生きていけたかもしれない』と言うらしいし」

「またよくわからん本か」

「とある恋愛小説の中での主人公の言葉さ。実際その通りだし、外に出て帰りたくなくなるよりかはこのままでいいんじゃないかな」


 もし逃げたら反逆行為とみなされて殺されるかもしれない。


 それでも外を一瞬でも見てみたいという思考はとてつもなく危険なんだろう。


 この囲まれた屋敷と小さな庭だけが俺の全てで、ここ以外の風景を知らない。


 山や海、森に砂漠。夜空すら目にしたことがない。本で描かれる世界には限界がある。絵は動かないし。


「でも、そうだなぁ……見てみたい、な」


 いつ殺されるかもわからない。この庭の小さな花壇ですら見られなくなる日がいつか来るかもしれない。


 それなら殺される(多少寿命が短くなる)というリスクと外を見るという夢。それらを天秤にかければ当然夢に傾いてしまう。


 このままここにいても生きているか死んでいるかわからない生活をただ淡々と続けることにしかならない。


「……でも、駄目なんだ。俺は生まれてきちゃいけなかったから」

「本当にそう思っているのか?」

「そうさ」


 存在してはならない。血筋だけでなく、最悪の形で受け継いでしまったこの力がある限りどこにでも行くことはできない。


 今こうやって彼と話しているだけで彼は危険にさらされている。それでもここに来てくれるのは俺のことを可哀想だからと思っているからなのだろうか。


「力のことなら、もう心配ないはずだろう」

「未だに下手に驚いたりすると制御が効かない」

「普段から平静でいられればいいじゃないか」

「それができるならとっくにやってる」


 立ち上がって屋敷の扉を開く。


 今日庭に出ていい時間は経過してしまった。もう今日は外に出るどころか日の光すら見られない。


「ごめん。今日はこれまでだ。お土産ありがとう」

「……ああ。また明日」


 彼は渋々とではあるが去っていった。それを見送って下へ続く階段を下りる。


 途中、なんどか俺の世話をする人たちとすれ違ったけど誰もが俺を避けていった。中には背を向けて逃げ出す人までいた。


「………」


 手袋をして花の入ったコップを握った。握りすぎたせいかコップがミシリと音を立てたので慌てて軽く握り直す。


 部屋に入って机の上に花を置いた。本で溢れかえった部屋は庭なんかよりずっと殺風景で、生き物の息吹が感じられない場所だ。


 読みかけの本を開いて椅子に座る。もうこの本も50回は読み返した。他の本も基本的に100回近く読み返しているし、ここ数年は本も持ってきてもらえていない。


 一番新しいもので8年前のものだ。きっとこれはもう誰も持ってきてくれないんだろう。


 何十回も読み返しても時間が直ぐに過ぎてくれる訳じゃない。


 いつしか俺の中で、彼に会うことが唯一の生き甲斐になっていた。


 ここまで俺に話しかけてくれる人なんて一度もいなかった。事情を知っているにもかかわらず手すらも触ってくれる。


 ……手、すらも。


「なんでこんな力があるんだよ……俺は、こんなのより……友達が欲しかった……!」


 本でよく登場してくる『友達』という存在。色々と人によって違うみたいだが、大雑把に言えば気兼ねなく一緒に居られる存在のようだ。


 昔はそんなものが欲しいなんて全く考えていなかった。思考の端にすらなかった。


 単語としてその言葉を知っているだけだった。とくに興味も無かったし。


 それがいざ出来てみると、どうだろう。


 人と話す事が、人と同じ空間にいることがこれほど美しいものだとは思ってもいなかった。


 暇を潰すためにしか活用していなかった本の知識が無駄に冴え渡る。本がなかったら満足に会話することすら出来なかっただろう。言葉なんて世話人の会話で覚えたものだし。


 それまで感じたことのない感情が彼と出会ったことで沸き出すように増えていく。


 欲だ。


 この時間が永遠に続けばいいのにと毎回会う度に思っている。


 彼は明日来てくれないかもしれない。そう考えると、彼を帰したくないとすら。


 彼が今の俺の全てなんだろう。


 でも、思うところもある。彼が死んでしまったら俺はどうすればいいのだろうか。毎日、同じ時間に庭で待ち続ければいいのだろうか。


 また、誰かが迷い込むのをただひたすら待つしかないのか?

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