48ー2 真実味のない現実
「それにしても素晴らしい! まさかここまで進化しているとは!」
「しんか……?」
担がれたままなので視界が安定しないが、天宮城の目に映る白衣の女性はどう見たって興奮していた。
「ええ。以前とは比べ物にならないほどの進歩を進化と言わずなんというのです?」
天宮城は若干言葉につまる。
「貴女は……いえ、貴女達は僕のことを知っているんですか……?」
「勿論ですとも」
「何故です?」
「それはその内わかると思いますよ」
どうしてと再び問う気にはならなかった。
覚えていないのに周りが皆天宮城のことを知っているというのもそうだが、得体の知れない恐怖が沸き上がってきたからだ。
この先に進みたくない。直感と本能が警鐘を鳴らしている。
だが行きたくないと思っていても歩いているのは天宮城自身ではない。
体が緊張して一気に強張る。
「さ、ここですよ」
そう言われて前を見ると、あり得ない光景に息が止まった。
「……俺……?」
目の前に鎖に繋がれた自分がいる。天宮城の目は、間違いなくそれが自分であると認識していた。
あっちの世界の、だ。
服も波長も、全て拐われたときのまま。
天宮城は自分の寿命は見れないのだが、あっちの自分も見えない。命の長さを表す光は強くなったり弱くなったりを一定間隔で繰り返す。
「なんで……」
冷や汗が流れる。同じ空間に同じ人間がいるという状況は決していいものとは思えない。
試したことなんて勿論ないのでどんなことが起こるか予測ができない。
「信じてくれてますよね?」
「これは……」
「驚くのはまだ早いですよ。こちらへ。あ、ツヴァイ。そちらの方もお連れして」
反対側の肩に自分と瓜二つの自分が同じ格好で運ばれる。
奇妙という言葉の範疇に収まらない奇妙さだ。
「フフフ。やっとこれで全ての欠片が揃ったはずです」
頬を紅くし、首にかかっている美しい装飾の施された鍵を取り出して扉に突っ込んだ。
おかしい。天宮城にはそれが見覚えがある気がしたのだ。
本当になにかを忘れているのだとそこで初めて実感する。
三重にもなっている扉を開くとあまり広くはない部屋の中心に椅子が設置されており、そこから数えるのも面倒なほど多数の配線が周囲に向かってのびている。
椅子の上には一人の男が座っており、動けないように固定されているのが確認できた。俯いているので顔は見えない。
どうやら眠っているらしい男が音に気づいて起きたのか、ゆっくりと首を上げる。
目が、あった。
「「嘘だろ……」」
どちらが先に言ったかわからない。同時だったかもしれないしどちらかが少し遅れたのかもしれない。
だが、天宮城の頭は既にオーバーヒートしている。
椅子に座っている男もまた、天宮城と同じ顔をしているのだ。
鏡でも見ている気分である。
「なんでこいつらに見つかったんだ!」
突然怒鳴られた。気持ち悪いことに声でさえも同じだ。
「申し訳ありませんね、リュウイチ様? 人間を送り込ませたら直ぐに見つかりましたよ?」
椅子の上の男にそう白衣の女性が話しかけた。
名前まで。瓜二つというより、同一人物としか考えられない。
「最悪だ……なぜ、逃げなかった……馬鹿……」
男は力なく椅子に背をもたれかける。
天宮城はもう完全に頭が真っ白になっていた。それだけじゃなく、やはり先程から何かがおかしい。
体がピクリとも動かないのだ。
手足が動かないように関節を外されているとはいえ、首すらも動かないのはあり得ない。
逃げたいと思っているのに、声も発することができないのだ。
「では、始めましょう」
床に下ろされ、いつでも逃げ出せる状態になったにも関わらず起き上がることすらできない。強烈な目眩と吐き気に襲われ、目の前に靄がかかったように視界が白く濁っていく。
自分の手にヒビが入っていくのが見えた。
パキンという人間の体からは絶対しない音を立てながら、体が壊れていく。
その様子から自分は人形だったのかとも思うが、崩壊していく体から所々血や骨が見えるのでそういうわけでは無さそうだった。
それに、天宮城の目も自分が人間であると認識している。
パキンと音がしては次々と塵になっていく腕を見て何故かはわからないが嘲笑するような笑みを浮かべた。
(俺、ここで死ぬんだなぁ……)
まるで他人事である。
正常な思考であるかもわからないが、天宮城は死んでも構わないと常々思っていたので特に実感もわかない。
どちらかと言えば、やっと死ねる。という気持ちの方が強いかもしれない。
「ぁ……ははは……」
力なく笑い声が上がった。声など出はしなかったのに。
「……なにが面白いのですか?」
白衣の女がそう聞いてくるが、天宮城にはもう殆ど聞こえていない。水の中で話しかけられている時に似ているだろう。
だが、なにを訊ねられたかはわかったので、静かに答えた。
「……俺……死ぬの……?」
「ええ。残念ながら」
「……そう……よかっ……た……」
幾度となく、死のうとしてきた。今更生きることなんかに興味はない。
いや、少しはある。仲間の行く末は知りたかったかもしれない。だが、それ以上に自分の気持ちを優先したかった。
「よかった? 死ぬのが怖くないのですか?」
「……さぁ……ね? でも……ずっと………死にたかった、から」
恐怖というものがこの麻痺した頭では理解できないのかもしれない。そう思いつつ、体の緊張を解す。
これから起こることを、全て受け入れる気満々だった。
「殺してくれて……助かった」
無駄な死は迎えたくなかったが、これはこれでいいだろう。
体が空気に溶けていく感覚に身を委ね、静かに目を閉じた。