48ー1 真実味のない現実
ぼんやりと辺りを見回す。
移動させられているのはなんとなくわかっていたが、うっすらとしか周りを確認できていなかった。
とはいっても貧血で頭が働かない上に腕と足が動かない。脱臼させられてるのは直ぐにわかった。
どれ程の時間が経ったのかわからない。松明以外の光がないのでここは地下なのかもしれない。
壁は石でできており、目の前には鉄格子のはめられた頑丈そうな扉がある。
「罪人かよ……全く……」
琥珀とも連絡がとれない。外の状況を見ることも両手両足が使えないので不可能だ。
移動手段といえば這って移動するしかない。
それよりも気になることがあった。
(シーナ……無事だよな?)
自分のあまりの無力さにギリリと奥歯をならす。
完全にあの場では天宮城は足手まといだった。シーナが守ろうと必死に頑張ってくれていたのが寧ろ辛かった。
気絶の直前に目に入った光景では確実に無傷というわけではなさそうだった。
どうなったかわからない今となっては、祈るしかない。
それからどれ程の時間が経過したかははっきりとは覚えていない。叔父と暮らしていた頃はなるべく静かに、なにもしないで倉庫の端に座り込んでいることが多かった。
その時に身に付けたのだが、意図的にぼんやりすることができるようになっている。
正確には、起きてはいるのだが思考を放棄することができるのだ。
なにもしないでただ座っているだけなのだが、殆ど気絶しているのと似た効果があるので体感的には一瞬でも数時間経過していた、ということが可能なのである。
本人からしてみればそこまでありがたいものでもないのだが、全く動けず、やることもない状態に陥れば何時間も座り続けるのは中々に酷である。
しかも寝ているわけではないので何か音がすれば直ぐに反応できるし、極限まで体力を消耗しないのでこういう場合には最適な特技である。
そんなわけでただひたすらにぼんやりしていると、何かの足音がした。
意識を引き戻して扉を見る。数秒の間の後、ガチャガチャと音をたてて扉が開いた。
軍服を来た強面の男である。
「来い」
そう言われても手足が動かない。とりあえず黙ってみる。
「………」
「早くしろ」
「……この状況を先に教えてほしいですね」
「ついてくるなら説明してやる」
そういわれてもな、と少し考えて床に寝転がり芋虫みたいに這って前進する。
「なんだそれは。馬鹿にしてるのか?」
「……両手両足、動かないんですがこれ以外の方法でどうやって移動しろと?」
皮肉を込めた声で反論した。
今できる抵抗はこれくらいしかない。
その瞬間、突然近寄ってきて腰にロープを巻き付けられた。あまりの力の強さに骨が軋む。
痛みはさほどないが骨が折れそうだ。痛覚が鈍くても骨が折れたらある程度は痛みを感じる。
顔をしかめていると、無言で引き摺られた。
「あっ、う……ぐ」
腹部が締め付けられて息が出来ない。その状態のまま長い廊下をズルズルと引きずられ続ける。
幸いにも床がガタガタではなかったので何度もバウンドして打ち付けられることはないが擦れた部分は火傷と擦り傷を負い、締め付けられたロープで痣ができていく。
相当な距離引き摺られて辿り着いたのは薬品の臭いが漂う部屋だった。男はそのまま天宮城で床掃除をしながら中に入っていく。
「おい、つれてきたぞ」
「ご苦労様……って、なにやってんのあんた⁉ もう既にボロボロじゃない⁉」
「動けないなどと文句を言ってきたのでな」
なにしてんの、と怒鳴り付けつつ天宮城の体に巻き付いているロープを外す。
白衣を着た黒縁メガネの女性だ。
「動かれたら困るわよ。私言ったわよね? 丁重にお迎えしなさいって! それにもかかわらず……つれてくる時に失血死寸前まで甚振るわ牢に閉じ込めるわ引き摺って怪我させるわ……あんたたちを信用した私がバカだった」
天宮城の怪我を魔法で治しながら大きなため息をつく。
軍服の男はばつが悪そうに目をそらした。
「大丈夫ですか? 部下が大変ご迷惑を。申し訳ありませんが逃げ出されると困りますので手と足はこのままにさせていただきます。ツヴァイ。くれぐれも傷付けぬよう優しく運びなさい」
「……御意」
ツヴァイと呼ばれた男は天宮城を優しく(?)担ぎ上げて女性の後をついていく。
天宮城は状況整理で手一杯だ。
「……僕は殺されるんでしょうか?」
「まさか! 殺す予定の人を治したりしませんよ。少々手違いがあったそうで、乱暴にお迎えしてしまい申し訳ありません」
「あれが手違いですか……。死にかけましたが」
「それは本当に申し訳ありません」
どうやら拐う気ではあったが手違いという言葉は間違いではなさそうだ。
それまでハッキリと女性のことを見ていなかった天宮城はその女性を見て愕然とする。
(まさか……いや、ありえない……!)
取り繕うのが得意な天宮城だが、その表情は押し隠せなかった。
「どうされました?」
「貴女……何者ですか?」
「なにを突然おっしゃるんですか?」
「……いえ。なんでもありません」
天宮城が目を細める。その仕草をみてか女性が声をあげた。
「もしかして、何か見えましたか?」
そう言われて返す言葉が直ぐに浮かばなかった。
女性はおもちゃを見つけた子供に似た笑みを見せ、
「貴方様の目のことならよく知っていますよ。何が見えたか、説明していただけますか?」
「……寿命が、みえません。それどころか脈や呼吸の波動まで生物特有のものの動きが全て」
人の残り時間……つまりは寿命をみることができる。それが天宮城本来の能力なのだ。
能力というより体質に近いので超能力としての申請はしていないのだが、他人の守護霊をみることができる水野の上位互換的な効力がある。
他人の能力の波長もこの力で見ている。これがなければ他者の能力のコピーができないのだ。
決まったものが目に映る水野とは違い、天宮城の場合日によって見えるものが変わってくる。
ある日は未来が、ある日は過去が。そしてまたある日は感情の色が。これを自分で選ぶことはできず、ものによっては目を回して倒れてしまうことがある。
実はこの世界で何度か倒れたのはこれもひとつの要因だった。過労もあったが、通りすぎる人の未来が手当たり次第に目に入って情報過多で目を回したこともある。
今は寿命が天宮城の目の前に浮かんでいる。
とはいっても何かの漫画みたいに死ぬ時刻が表示されていたり、秒数がカウントされて徐々に減っていっているといった見え方ではない。
本当になんとなくなのだが、その人が発している光の強さでわかるのだ。
寿命がまだ十分ある人は強く光り、短い人は弱く光る。それがわかりきった死でも急死でも。
今のところこの目が予測をはずしたことはない。
「貴女には光が見えない……一体なんなんですか」
「さぁ、なんでしょう?」
天宮城には、軍服の男よりこの白衣の女性の方が恐ろしく見えた。