47ー1 終わらない恐怖
あの騒動から数日後。天宮城は焦りと苛立ちの隠せない表情をして其処ら中を歩き回る琥珀をいつもと変わらない態度で窘めていていた。
【もういいだろ。落ち着け】
「これが落ち着いていられるか!」
言霊の反動で未だに声が使えない天宮城はため息をつきながら紙に文字を書き連ねていく。
【お前がキレてどうする】
「龍一だけではない。互いに危機的状況だ」
【そんなこと言ったって目は覚めてくれないんだからしょうがないだろう】
いつもなら眠ることで行き来できる日本と、この世界。
だがここ数日は眠ろうがなにしようが戻ることができない。
いままでにも何度かあった。
【あっちの体が起きれる状態じゃないだけだろ】
「それが問題だろう。一体何度拐われれば気がすむ」
【好きで拐われてる訳じゃないんだけど】
何らかの薬で眠らされている以上、自力で起きられないのだから戻れないのだ。向こうではずっと眠り続けていることだろう。
「あのバカ兄貴達が気づけばいいが」
【流石に気付くでしょ】
一瞬小さくため息をついてから床に置いてあったケースを持つ。
「行くのか」
天宮城は頷いて扉を開ける。そこには既にアインが立っていた。
「私も行くよ。喋れないのは大変でしょ」
天宮城が首を振ってやんわりと断るが、天宮城が言葉を話せなくなっているのはアインの怪我を治したからで。罪悪感を感じているのだ。
「私がいきたいの。いいでしょ?」
またふるふると首を横に振る天宮城。ケースを床に置いてメモ帳を取り出して筆談を開始した。
【アインは顔を見られてる。しかも敵対までしている以上、行かない方がいい】
「で、でも」
【相手は人間だ。人狼が人間に歯向かったって言われたら言い逃れの機会すらもらえないかもしれない】
アインはグッと押し黙ってしまった。
人狼と人間の扱いの差など歴然としている。人狼がたとえ他の種族よりもある程度地位が高いとしても、人間はそれを遥かに上回ってくる。
この世界では人間は神と同義なのだから。
「わかった。待ってる」
天宮城はポンポンとアインの頭を優しく叩いて再び歩き始めた。すると今度はシーナが出てきた。
「私も同行します。私なら顔も見られておりませんし、声も出ます」
許可を出してもいないのだが、即座に天宮城のケースを奪うことで拒否できないようにし、しかも先に歩きだした。
いつもならここまで強行突破はしないのだが、今回はそうもいかない。喉は使えないし、無茶をしたせいで体力も万全ではない天宮城を放っておくという選択肢はないのだ。
天宮城自身もそれはわかっていたので大人しく同行を許可した。
なんということはない。今日はただ出来上がったドレスを届けに行くだけなのだから。
「決闘だ、この糞野郎が!」
………そう、ドレスを届けに来ただけなのだが。
彼らが滞在している王城に着いた途端の第一声がそれだった。
この世界に飛ばされた人族唯一の男性(天宮城を除く)の鈴木だ。
「突然どうされましたか?」
「俺の仲間がこいつのせいでワイバーンに殺されかけたんだよ!」
天宮城が軽く眉を潜める。ワイバーンに殺されかけたのは人間族の彼女らではなくアインだし、そもそも天宮城はワイバーンが現れたことについては関係ない。
運が良く、偶々アインたちを見つけていたからそれで済んだものの寧ろ助けた方だろう。
一言も言葉を交わしていないが。それどころかアインと江原以外は全く目に入っていなかった。
「アレク様。どうなのですか?」
そんなことするわけない、と首を振る天宮城。
「しらばっくれてんじゃねーよテメェ!」
胸ぐらを掴まれて揺すられるが、天宮城は無抵抗を決め込んでいるので反応は皆無だ。
「っていうか喋れ‼」
「アレク様は現在声を発することができないのです。怪我で」
半分正解で半分違うが、まぁ大体合っているのでそうすることにする。厳密にいってしまえば怪我ではないし、声を発することは不可能ではない。滅茶苦茶痛いので出さないだけだ。
「ちょっと待ってよ!」
「うちら助けて貰ったって言ってんでしょ?」
騒ぎを聞き付けてかあの二人組が来た。
どうやら鈴木が勝手に勘違いしているらしい。
「お前らこいつに騙されてんだよ。いいから俺に任せろ」
「だから、なんでそう決めつけんの⁉」
「よくあんだろ。わざわざ敵を用意して危ないところに登場して金を巻き上げようとするって話がよ」
マッチポンプと勘違いしているのだろうか。だが残念ながら天宮城とあのワイバーンに面識はない。それどころか何発も弾丸撃ち込んで殺してしまった。
「俺が勝ったら今すぐ死ね」
どんなルールだ、と天宮城が頭を抱える。それよりもシーナが本気でキレそうなのでとりあえず宥めて紙に文字を書く。
パッと見せると、
「読めねーよ」
と返されたのでシーナに読み上げてもらった。
「その決闘、こちらのメリットは?」
「そんなもん無いに決まってんだろ」
「流石にその決闘は受けることはできません。……双方が同意しなければ決闘は成立しませんので」
天宮城の言葉にシーナが補足をしてくれる。
「ちっ……じゃあ俺が負けたらこれをやる」
ぽいっと無造作に投げたのは儀式用の礼剣だった。恐らく、相当値の張るものなのだろう。
だが、天宮城はそれに魅力を感じなかった。まず剣が扱えないので持っていても意味がないし、売ったところでこれくらいなら数日で稼げるという自負がある。
「お断りします」
「なっ⁉ これでも嫌か⁉ 我が儘か、お前⁉」
「アレク様は剣を使いませんので、持っていても意味がないですから」
剣を突き返してシーナが天宮城の後ろに回ろうとした瞬間に、鈴木が突如その剣を抜いてシーナの首にあてた。
「っ⁉」
「いいのか? 俺は人間だから殺してもさして大きな罪にはならねぇ。本気で殺るぞ?」
「………」
一瞬、天宮城の目が両目とも真っ赤に染まった。それと同時に地震でも起きていると錯覚するほどに地面が細かく振動した。
周囲の空気が凍り付いたように、息をするという動作でさえ苦しい程の圧倒的な存在感を放つが、それに気づいてすぐに引っ込める。
だが、天宮城が普段無意識に行っている演技が剥がれ落ちるくらいには激怒していた。
笑みを浮かべてはいるが、目が全く笑っていない。
シーナの首に突きつけられた剣を刃があるのにも関わらず躊躇なく握って後方に放り投げた。どうやら怒りで身体能力は赤目の時以上にまで高められているらしい。
相当力を込めて握っていた剣をいとも容易く抜き取られたことに少し驚きつつも、鈴木は天宮城が乗り気になったことに内心笑みを浮かべていた。
この世界に飛ばされた時、人間離れした怪力をスキルによって手に入れた。今は発動していなかったのでこんな貧弱な野郎に剣を抜かれるという事態になっただけだろうと。
だが、天宮城の掌を見た瞬間に自分の顔がひきつったのがわかった。
刃を握った掌が、逆再生するくらいの速度で綺麗に治っていく。魔法を使っている挙動は一切なかったのに、だ。
鈴木は自分の足が震えていることに最後まで気付かなかった。