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6 卒業

「今日で卒業だって?」

「ああ。………念のために言っておくけど、来ないでよ?」

「………行くわけないだろ」

「なんだその間は」


 天宮城は最後になると思われる制服の袖を通して、薄い鞄を持つ。


「こう見るとやっぱホストにしか見えない」

「なんでホストだよ!」


 藤井に突っ込みながら部屋を出る天宮城。


「気を付けろよ」

「………何を急に」

「いや、別に?」


 なにかをはぐらかす藤井に違和感を覚えながら天宮城は部屋を出た。


「…………」


 藤井は暫く天宮城の出ていった扉を見詰めて、溜め息を吐いた。


「隠しきれてないぞ、あの馬鹿………」









「なんで式なんて面倒くさいことやるんだろ」

「それをなんで俺に言う」

「いや、なんとなく」


 胸にピンク色の花をつけた天宮城と柏木が話す。この花は卒業生がつけるもので、なんとなく卒業の実感がわいてくる。


「告白回数はどうだった?」

「数えてないけど……」

「……聞かなきゃ良かった」


 天宮城の場合、告白した回数ではなく告白された回数である。しかし、自身の能力のこともあってどうしても付き合うということにはなれず、いまだに彼女いない歴=年齢である。


 いつでも作れるのだが。


「これで後は長い春休みだ!」

「だな。まぁ、俺は割りと早い時期から仕事入ってるけど……」

「御愁傷様です」


 もう既に働かされている身なので。


『卒業生の皆さん、体育館に入場してください』


「「お」」


 スピーカーから放送部の女子生徒の声が聞こえ、クラス全員が緊張の面持ちで廊下に出る。


 こうやって並ぶのも最後なのかな、と考えると、なんだか年を取ったおっさんみたいな感想だと気付き、少し苦笑した。


「こういう喋っちゃいけない場面って喋りたくなるよな」

「言いたいことはわかるけども」


 こいつも変わらねぇな、と再び笑った。









 卒業式も無事に終わり、クラスに戻る、のだが。


「………泣きすぎ」

「だ、だって後輩が……後輩が」

「はいはい。泣くな泣くな」


 柏木が大号泣である、式の間気になって仕方がなかった。


「教室戻るぞ。はい」

「ありがと……」

「鼻水つけんなよ」

「割りと酷い……」


 ハンカチを渡して軽口をたたく。


「煩いから泣き止め」

「だから酷いって……」


 とは言っても。このクラス、涙脆い人たちが集まったのか少なからず一度は涙を流している。天宮城以外。


「それにしても俺たちもこれで卒業か」

「やっとって気もするし、もうって気もするよな」

「そうだな」


 クラスに戻ると、皆自分のスマートフォンで写真を撮っている。


「龍一君。はい、ポーズ」

「え、突然……」


 急に写真を撮られた。


「今度大学の友達に元彼って自慢する」

「やめて!」


 いかにもそれっぽい写真である。ツーショットな上に自撮りの要領で撮ったので距離が物凄く近い。


「はいはーい、皆撮るよー」


 皆写真大好きだな、と苦笑しつつちゃんと写り込む天宮城。


 しかし、誰も気づかない。


 先生が一枚も写り込んでいないことに。









「お疲れ」

「お疲れ様です。何事もなくって良かったです」

「…………今日で、約束の二週間だ。もうこれ以上は延ばせないぞ」

「はい。判ってます」


 近藤の運転する車のカーテンを閉めて後部座席の更に後ろに潜り込んで着替える。


「よくこんな狭い場所で着替えられるよな」

「慣れただけですよ」


 学校の制服から、能力者協会の制服へ着替え、学校の制服を紙袋にしまっておく。


「………本当にいいんだな?」

「はい。もう時間の問題でしたから」


 協会の制服は受け持つ役割によって色や形が微妙に違う。天宮城の場合、黒の生地に紺の刺繍が入っている物だ。


 最初の10人と呼ばれる天宮城達には各々自分の部隊を持っている。その部隊のメンバーは所謂エリート達で、天宮城達自らが勧誘する。


 各々役割が決まっていて、例えば風間の場合、連絡の伝達に優秀な部下が集まっていたり、上田の場合、戦闘の中でも攻撃力が高い部下が集まっている。


 天宮城の部隊は少し特殊で、『暗部』と呼ばれる裏で動く部隊だ。表にはあまり出てこないものの権力はかなり強く、実質天宮城は協会の中でナンバー2の権力者である。


 そして何故か天宮城の場合、制服にあわせて帽子も作られている。何故か暗部にのみ帽子があるのだ。何故なのかは天宮城も知らない。


 実はこれ、もしも天宮城が赤髪状態になったときに隠せるようにという無駄に細かい藤井の配慮だったりする。


 その事に誰も気づいていないが。


「とりあえず世間にはドリーマーの話だけをする。石やその他の話は一旦伏せるそうだ」

「了解です」


 黒い帽子を被って車の外に出る。到着したのはテレビ局だ。


「確か……4階だったかな」


 ボタンを押すとエレベーターが上昇していく。横を見ると、肩に乗っている琥珀が緊張の面持ちで固まっていた。


「やっぱ緊張するよな」


 フッと笑って琥珀を撫でる仕草をする。


 ピンッと電子音が鳴り、エレベーターが止まってドアが開く。


「―――。―――」

「――――。―――――」


 会議室と書かれた部屋の扉の横に、【能力者協会 記者会見】と丁寧な時で書かれた紙のボードが置いてある。


「すぅ……はぁ」


 深呼吸をして自分を落ち着かせる天宮城。そして、意を決してスマートフォンのトークアプリを操作する。すると、すぐに既読が付いて、中に入れ、と指示が出た。


 どう入れば良いのか一瞬迷い、取り合えずこっそり開けてみた。


「「「……………」」」


 全員と目線がピタリとあう。どうすれば良いのか、と中央に座っている藤井に助けを求めると、藤井は天宮城の席を引いた。


 扉を閉めて歩き始めると、カメラマンが一斉に撮り始めた。


 フラッシュがチカチカして目のやり場に困る。


 天宮城がお辞儀をして席に座ると、藤井がマイクを持って話し始める。


「彼は、天宮城(うぶしろ) 龍一(りゅういち)。今まで明かしていなかった、最初の10人の最後の一人です」


 そう。天宮城はここで、自分の素性を明かすのだ。今まで隠してきた能力を。その理由を。


「はじめまして。天宮城と申します。藤井会長からご紹介があった通り、僕は最初の10人の一人です―――」


 その後自己紹介が続き、記者からの質問の時間に入った。


「天宮城さん。あなたの能力レベルは幾つなんですか?」


 まだ設定していないレベルなので答えようがない。


「能力レベルは僕が見て全て判断しているんです。しかし自分の能力ほどレベルが見えづらいものはないほど、判断に困るレベルなんです。体調でレベルが変わってしまうこともあります」

「体調で変わる、というのは?」

「疲れや気温、気分でも変わってしまいます」

「不安定、ということですか?」

「そう考えてくださって結構です」


 天宮城は出される質問に淡々と淀みなく答えていく。


「どうして今まで世間に隠してきたのですか?」

「力が不安定……というのは建前でして」

「?」

「高校に行きたかったんです。勿論、力をうまく扱えないから、という理由もありますが」

「勉強が好きなんですか?」

「嫌いではないです。好きでもないですけど……」


 苦笑しながらそう言う。


「それに、この力が嫌いでした。危なっかしくて、とても好きにはなれません。消そうとしても何故か消去が反発してしまい、取り消せなかったんです」


 思い出すように、一句一句ハッキリと話す天宮城からは先程までの緊張したようすは微塵も感じられない。生き生きしている。


「それでも、この力を使ってやれることがあるなら、やってみようと。そう思ったんです」


 月並みな言葉。咄嗟に出てきた言葉を並べかえたらこうなったのだが、それでも何か響くものがあったのだろうか。その後は誰も質問しようとしなかった。









「お、終わった……」

「初めてとは思えない堂々ぶりだったね」

「それはどうも」


 机の上に突っ伏す天宮城。不意にスマートフォンが着信を伝える。そのまま画面を見て、小さくため息をつく。


「早速かい?」

「だな。ごめん。暫く多分ずっと鳴るわ」


 応答を押して耳に当てる。


『龍一。どういうことだよ』

「あー……怒ってる?」

『当たり前だろ』

「ですよね」


 その割には静かな声色だ。


『何で言ってくれなかったんだよ』

「なんとなく」

『嘘ばっかり。なんか事情あるんだろ』

「ばれてら」


 軽く笑う。


「それで? 晋也はどうしたいの?」

『どうって』

「俺に電話かけてきたって事はなんか聞きたいことあったんじゃない?」

『………。だから頭良いやつは嫌いなんだよ』

「酷いな」


 天宮城の携帯を持つ手は、少し震えていた。


「俺のこと、嘘つきのろくでなしって思うか?」

『思うさ。当たり前だろ』

「そっか」

『……それでこそお前だけどな』

「へっ?」

『黙って誤魔化して、それがお前だろ。能力があったとかなかったとか、それぐらいどうだって良いし』


 天宮城の手の震えが、止まった。


「ふ、ふふ……。ちょっと泣きそうになったわ。屈辱」

『うっわー、慰めてやってんのによぉ』


 軽く笑みを浮かべて携帯に向かって話し続ける。


『で? 本当のところは?』

「隠してた理由か?」

『ああ』

「俺さ。能力なんて大嫌いなんだよね」

『なんでだよ』

「いや、少し違うな………自分の力が恐いんだよ」


 掌を見つめながら静かにそう言う。


「俺の力……結構な頻度で暴走するんだ」

『危なっかしいな。それってどうなるんだ?』

「一番ヤバかったのは………山ひとつ飛ばしたかな」

『空に?』

「そんな生易しいのじゃないよ。消し飛んだ(・・・・・)んだよ。文字通り消滅。山が中腹からごっそり消えた」

『…………』

「なんでそうなったとか、どうやったとか全く覚えていない。気づいたら、山が消えた跡に寝てた。そこにいた中での生存者は俺一人。あと全員死体も残さず消えた」


 話すにつれて声の調子が低くなっていく。息をするのさえ忘れて当時を思い出しながらゆっくりと一言一言話していった。


「俺が暴走する時は決まって何かに本気で怒ったときだ。ストッパーが外れれば味方だろうと攻撃する。わざわざ誰にも言わないでいたのは距離を取っておきたかったからだ………。いつ、誰を巻き込んでもおかしくないんだから」


 目を伏せて自分に言い聞かせるように話す。


 すると、耳に当てているところから大きな溜め息が聞こえた。


『はぁ………。そんだけ?』

「は?」

『そんだけかって聞いてんの』

「や、そんだけって結構大事な話してるんだけど」

『相変わらず鈍い。鈍すぎるぞお前』


 何故説教されているんだ……と内心で思いつつも特に口には出さない。


『そんなどうでも良いこと知らねーよ』

「どうでも良いって……普通に生死懸かってんだぞ」

『だってピンと来ないし。それにお前がやりたくてやった訳じゃないんだろ?』

「当たり前だろ。何が楽しくて山消し飛ばすんだよ」

『じゃあ良いじゃん。お前とは関係のない話(・・・・・・)ってことだろ?』


 関係、無い。柏木はそう、ハッキリと言った。


「関係大有りだろ………俺がやったんだから」

『お前がやりたくないって言ってるのに勝手にやっちまってるなら無いだろ。それに、お前がやった証拠もないんだろ?』

「それはないけど……状況的に完全に俺だろ」

『はぁ………』


 再びため息をつく柏木。


「なんだよ」

『………お前はそんなことしない』

「できるんだよ………! やりたくなくても、そんな事が」

『しないね。龍一はそんなことしない。龍一の体はそれができても龍一自身はやらない』

「っ………!」


 キッパリとそう言われて言葉を失う。


『もう、いいじゃん。別に。お前とは関係無いんだから。龍一はそんなことしないって信じれるやつらが俺含め沢山いるからさ』

「…………晋也」

『あー! 慣れないこと言ったから体が痒い!』

「ふっ…………ばーか」

『またバカって言ったな』

「何度でもいう。感謝なんてするか」

『ああ。それでこそお前だ。また遊びに行こうぜ』

「……おう!」


 堪えきれなくなった涙が、天宮城の目から溢れ出ていた。


「泣き虫」

「…………」

「やーい」

「…………」

「ばーか」

「…………朝飯と晩飯抜くぞ」

「ごめんなさい」


 風間に苛ついたので飯抜く発言である。これで大抵は大人しくなるのだ。昼食は作ってあげるという小さな優しさが見え隠れしているのを誰が気づくだろうか。


「落ち着いたか?」

「大分前から落ち着いてる」

「嘘つくな。さっきまで生まれたての――――」

「そんなに飯抜かれたいなら早く言ってくれればいいのにな」

「ごめんなさい。嘘です。調子に乗りました」


 藤井が天宮城に土下座をする。それほどまでに食べたいのか。


「龍一。これで正式に仕事に入れるね」

「まぁ、そうだな。………あんまり嬉しくないけど」


 風間と藤井の茶番を横で見ていた葉山が天宮城にそう話しかける。


「改めて宜しく」

「凄い今更な感じがするけどな。宜しく」

「なんで会長抜いてそんな話するわけ?」

「「会長がポンコツだから」」

「反論できない!」


 皆考えることは同じなようだ。会長がポンコツな組織というのもどうかとは思うが。


 天宮城は、今日正式に協会の一員になった。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーー







「これで良かったのか?」

「ああ、良いんだ。俺が蒔いた種だ。ちゃんと枯れるまで見ておかないと」

「熱心なのもいいが……」


 天宮城と瓜二つの白髪の男が天宮城の目を真っ直ぐ捉えて射抜くような目付きで言う。


「いつかその覚悟が呪いに変わるぞ」

「……分かってるって」


 期待や覚悟。そんな言葉はいつしか頑丈な鎖に変わっていく。鎖はよりキツく痛い場所を締め上げ、崖っぷちへ追い込んでいく。


 それを救ってあげられる者は殆どいない。


 もしそれを成したなら助けられた者はその者に依存してしまう。


 これを、呪いとそう呼ぶのだ。


「お前に死なれては困るのだから」

「自分も死ぬから?」

「それもある。が、違うな」

「なんで? それ以外になんかあるのか?」

「………約束、したのだ」

「約束?」

「お前を、守ってくれと。そういわれたから」


 その瞬間、天宮城の足元がガラガラと音をたてて崩れ始めた。体勢を保てずにゆっくりと地面に引きずり込まれていく。


「ちょ、誰に言われたんだよ!」

「…………」

「琥珀!」


 掴んでいた草が根本から千切れ、天宮城は地の底へと落ちていった。


「!」


 掴むものがなにもない空間をただただ落ちていく。落ち始めた所から大分遠ざかり、もう入り口の光さえ見えない。


 突然、衝撃が走った。


 何かに押さえ付けられるような、そんな感覚。


「―――ってて」


 そんな声が、聞こえる。今自分が落下している最中なのか止まっているのか、それさえも判らない闇のみがある場所。


 自分の声すら反響しないのでここがどれ程の広さなのかも、人がいるのかも判らない。


「もう、少し――――で――から」


 なにかが聞こえる。聞いたことの無い声の筈なのに、妙に懐かしく感じている。


「おね――――無い――」


 まるで電波ギリギリのテレビ電話のようにいちいち途切れる上に妙なノイズが邪魔をする。


「待ってて。絶対に――――迎えに行くから」


 そう、ハッキリと聞こえた瞬間、天宮城の意識が一気に浮上した。

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