45ー2 シュリケへの短い航海
音沙汰なくてごめんなさい……テストなんです。テスト嫌やぁ……
今週で終わるんで来週からは更新テンポ戻せそうです。吟遊詩人のほうも来週からちゃんと書けそうです。
なんだかんだ言ってはいたがここ数日で江原とアインたちは結構仲が良くなっていた。
「シオン、これ見て」
「えっ、あ、凄い。綺麗」
「布染めの一種なんだって。シオンもやってみる?」
淡い紫がベースの花のような絵柄のハンカチだ。
アインが天宮城から習った布染めのひとつである。絵具を水に溶かしながら、
「この船って、いいよね」
「どうしたの、急に」
「ううん。なんか皆楽しく暮らしてるこの環境が羨ましくて」
そう言われてアインも少し言葉に迷い、口を開く。
「私ね、アレクと会う前はずっと独りだったよ」
「そうなの?」
「うん。光の巫女って生贄として使われるから情がわかないようにって誰も私に近付かなかった」
ただ、生活の補助はしっかりされていたので世間知らずではあれどあらゆることへの見識は深かった。
本だけは妙に充実していたので。
「アレクってね、凄いの。いつもちょっと弱気だけどたった数ヵ月で小さなお店をここまで大きくしたんだもん」
「凄いね」
「頑張りすぎちゃうところはあんまりよくはないけど」
白い布に色がジワジワとついていく。
アインは江原に教えながらまた新しい絵具を取り出す。水にそれを溶かし、かき混ぜる音が突然に辺りを支配する。
何故なのかはわからない。ただ、ふたりとも少しだけ声を出すのを躊躇ったのだ。
数秒、もしくは数十秒の後。恐る恐る江原が口を開いた。
「……アインちゃん。笑わないで聞いて欲しいんだけど……」
「なに?」
「私ね、人間なの」
「………」
ここでアインが黙ったのは人間という種族が天宮城以外に存在していた、という驚きもあったのだがそれ以前になぜそれをたった数日一緒に暮らしただけの自分に明かしてくれたのか理解が追い付かなかったのだ。
天宮城と自分が出会ったときは、本当に偶然だったし。シーナの場合は明かさないとこの先やっていけなかったからどちらにせよ、いつかはそうするつもりだった。
だが今回は違う。自分の身を一番に考えるならこれからも一緒に過ごすわけでもないアインに明かすなんてありえない。
信頼してくれている、と考えるべきなのか。それとも、今まで生きてきた中で信頼できる人がいなかったから明かすタイミングを間違えたのか。
はたまた、違う理由なのか。
アインに心を読む力はない。シーナとは違って魔力を持っているだけの、普通の人狼族だ。
だから、本当のところはわからない。
それでも。
「……ありがとう。教えてくれて」
勇気を出して告白してくれたのは間違いないのだ。冗談かそうでないかなど目を見ればわかる。
「信じてくれるの?」
「勿論。友達、でしょ?」
「……うん!」
江原は江原で、今まで誰にも言えぬ苦しみをわかってもらえたような気がして嬉しくて仕方がなかった。
江原には友達と呼べる友達はほぼいない。幼馴染みの男子が数人いるが、中学、高校と年を重ねるごとに疎遠になっていって、いまでは会ったとしても挨拶すら代わらさない間柄になってしまっている。
だから、気付かなかった。いや、気付けなかった。
ここまであっさりと人間だと信じてくれるのは異常だということに。そして、なぜそんな異常な状況ができているのかも。
この時はまだ、考えもしていなかったのだ。
「……やっぱりか……」
外にいる二人に昼食ができたと伝えに行くために甲板に出た天宮城だったが、話を盗み聞きする形になってしまい、今出たら明らかに怪しいので一旦自室に戻る。
天宮城は江原が人間であることは最初からわかっていた。99%人間だろうな、と思いつつ残りの1%はもしかしたら違うかもしれないと思っていたが。
普通に考えて色々と江原は怪しいので気づくのも早かった。
それも、日本に住んでいる人だということも重要だ。果たして、帰すことは出来るのだろうか? あちらから人を呼んだことはあれどこちらからつれていこうと思ったことはない。
そうなった場合、あちらが夢の世界、ということになるのだろうか? 疑問がつきない。
もし本人が帰りたいというならば直ぐに試してあげたいが、その場合自分も人間であるということを明かさなければならない。
「まだ時期が早いか……」
アインが江原を信頼している、していないに関わらず、迂闊に情報は漏らせない。
もっと信用に足ることを見つけなければ。
「もう少し……このまま放っておくか」
甲板の上の二人が全く違う会話に移行したのを見てから二人に声をかけるのだった。
「おい、どうする気だ」
「なにが」
「あの女だ」
「シオンさんか」
カタカタというミシンの音をBGMにしながら琥珀と天宮城が二人で作業を続ける。
琥珀は流石に服は作れないので小さなブローチにリボンを結んでいる。意外とこういう作業がうまかった。
「どうもしない」
「いいのか? 恐らく同郷だぞ」
「それぐらいわかってる。けど、それを俺から明かしてどうする? 一緒に帰りましょうとか? 方法が定かでもないのに?」
「それはそうだが……」
確証のないことは嫌いだ、と呟いて糸を切る。出来上がった薄い青のマフラーに雪の結晶の刺繍を普通に絵でも描いていくようなスピードで施していく。
そんな激しく動き続ける手とは対照的に口はあまり素早くは動かなかった。
「……彼女が何を思っていようが、何をしようが、俺には関係ない。全て彼女が何とかするべき案件だ」
「いつになく厳しいな」
「かもね。けど……生半可な覚悟じゃ直ぐに死ぬ世界だ。自分の面倒を見れないような人は助ける価値すらないと言われる。それは日本でもなんらかわらない」
出来上がったマフラーをたたんでからまた次のマフラーを縫い始める。カタカタと途切れることのないミシンの音が響き渡る。
「辛いかもしれない。痛いかもしれない。苦しいかもしれない。でもそれを乗り越えるのを俺が手伝っちゃいけない」
「自分が乗り越えられなかったからか?」
「………ああ、そうさ」
半分だけ赤い目が伏せられる。作業中は隠す必要もないからと耳も人間のものだ。
「俺は死にかけても抵抗しようとしなかった。いくら抵抗しようとしても無駄だったし、これで死ねるならそれでいいとすら思ってた。……しかも母さんを逃げ道にしてしまった」
「それは悪い判断ではないと思うが」
「いいや。アウトだ。母さんが余計に自分を追い詰める理由になってしまったからな……気付けなくて、当然なのに。俺がそうしていたのに」
母親の苦労をわかっていて、心配させまいと必死に取り繕ったのが仇になった。
小さな限界集落と言えるくらいの村での出来事だ。世間がそこまで反応しなかったから良かったものの、ずっと子供を隠してきた母親のことが浮き彫りになってしまう可能性があった。
じゃあどうすれば良かったのか?
警察は頼れない。叔父はもっと頼れない。母親には知られたくない。友達と呼べる存在も、最初は誰ひとりといなかった。
今でもずっと迷っている。悩んでいる。
あの時どうするべきだったのか。
その答えはどこにもない。
「転んでも許される内に転んでおいて、痛みを学ぶのも大切だと思うよ」
「やり過ぎんようにな」
「わかってるって」
もう数時間で、目的地につく。