45ー1 シュリケへの短い航海
「じゃあまず自己紹介しましょうか。少なくとも数日は一緒に航海する仲間ですから。はい、琥珀から」
「……竜人の琥珀だ。アレクの兄弟でもある」
「私はアイン。アレクと同じ人狼だよ」
『凛音』
「キュイ【拙者はスラ太郎で御座います】」
「鬼族のシーナです」
天宮城の周囲に浮いている精霊たちも声こそ出せないがチカチカと点滅して自己紹介をする。
「えっと、シオン、です。よろしくお願いします」
「「「よろしく(お願いします)」」」
船の内部は城の中よりもハイテクだった。まるで現代日本と比べても大差ないくらいの生活水準である。
風呂も完備されていて、そこら辺の貴族なんかよりよっぽどいい生活をしているのだろうということがわかる。
「あの、アレクさん」
「なんです?」
「何故この船の内部を秘密にしろと?」
「庶民がこんな豪邸に近い船で暮らしてるって世に知れたらプライドの高い貴族から叩かれそうじゃないですか」
この船は世界一の商人に用意してもらったものなんです、と付け加えながら恐ろしい早さで服を縫い上げていく。
「型紙もなしで縫えるんですね……」
「慣れですかね。服を見ただけでどんな構造か何となくわかるようになるんで」
仕事の邪魔をしてはならないと、そのまま甲板に出る。シーナが洗濯物を干していたのでそれを手伝う。
「ここの一番偉い人ってやっぱりアレクさんなんですか?」
「ええ」
「じゃあ用心棒とかって……」
「琥珀様が筆頭ですね。ですが有事の際には全員が戦えますよ」
「アレクさんも?」
「勿論。アレク様は対人格闘は苦手ですが魔物相手となればその強さは世界で見てもトップクラスだと思います」
世界でトップクラス。そんな人が何故服屋なんかやっているのだろうか。
「対人格闘が苦手って言うのは?」
「簡単な話、手加減が出来ないのです。一撃が強すぎて生身の生き物なら大抵吹き飛ばされるか首を跳ねられるか、のどちらかになるでしょう」
いったいどんな戦いかただ。
「遠距離戦なら天才、ですが接近されれば一般人です」
「遠距離なら、天才?」
「ええ。そろそろ見られると思いますよ」
シーナが水平線に目を凝らして近くに置いてあった鈴をならす。数十秒して天宮城が甲板に出てきた。
「アレク様。そろそろです」
「ああ。少し離れていてくれ」
なにがなんだかわからない江原を数歩下がらせるシーナ。天宮城は手の中に一本金色の縫い針を持っていた。あれで、なにをするつもりなのだろう。
その瞬間海面が一気に盛り上がって数メートルのカジキのような魚が飛び出してきた。
しかもヒレがあって数秒空を滑空してくる。
一直線に天宮城を串刺しにするために飛び出してきたカジキ擬きだが、勝敗は一瞬で決した。
天宮城の手の中の針が突如巨大なブーメランになり、弧を描きながらカジキ擬きの首をスパッと両断したのだ。
あまりの早さに言葉がでなかった。
あのバカ四人組はこちらに来てから相当強くなったと騒いでいた。実際強かった。数秒で建物を崩壊させることができるくらいの漫画みたいな膂力を持っていたから。
だが、そんな彼らも天宮城の前では全くの力不足、歯も立たないというのはこういう状況の事なのだろう。
この人の強さは異常だ。それを肌で感じる。
お城の騎士団長だって天宮城には敵わない。あれだけの事をして涼しい顔をしていられるような力は彼らにはない。
何者なのだろうか。
この時既に江原の中で天宮城がただの服屋ではないという言葉ははっきり確定していた。
「あ、あの、あれって一体?」
「この辺りに縄張りを持ってる魔物です。ここを通る際は絶対に襲われるって有名で……おっと」
説明しながら見事に首を狩っていく天宮城。ちょっと不気味である。
「尖端には毒があるので触らないようにしてください。あと、普通に跳んでこられたら貫通するので気を付けてください」
気を付けてください、っていう次元ではない。普通に考えて即死だ。
6匹斃した後、十分に周りを警戒しながらも海に背を向ける。
「それなりに派手に暴れたから暫くは寄ってこないと思う。それとそろそろ風向きが変わりそうだから操舵室行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
これだけの事態を『何もなかった』で終わらせるこの人たち、ちょっとヤバイかもしれない。考え方が。
「す、凄かったですね……」
「アレク様は遠距離に関してはほぼ無敵ですので」
「流石にあれは防げませんよね………」
あれほど固そうな鱗がバターみたいに滑らかに切断されていたのだ。生半可な防御では武器と一緒にお陀仏である。
「なんでこんなに凄い人が服屋さんを?」
「アレク様は戦いが好きではないので……。それに、スキルが服作りに特化しているので、ということだそうです」
「強いのに、好きじゃない?」
「あの方も、ご自分の意思で強くなられたわけではありませんから」
風の向きが突然変わった。既に船の進路は天宮城が少し弄ったので突然揺れることもなく静かに飛沫をあげながら進んでいく。
江原は先程とは打って変わって穏やかな海をただ見つめていた。
どこまでも広がる海がこの世界の果てがないことを示しているように感じて少し怖くなった。
「家に帰れるのかなぁ……帰りたいな」
帰ることができるのなら今すぐに日本に帰りたい。こんなわけのわからない世界をただただぼんやり暮らしているなんて真っ平ごめんだ。
その場の勢いであの町を出ると決めてしまったけれど、あんな場所でも自分の居場所は存在していた。
帰る宿はあった。世話を焼いてくれた人もいた。それを全部捨ててまたゼロからのスタートをするという決断をしたのは早すぎたのではないか、とも思う。
もう今さら悔やんでも意味がないが。それでも考えずにはいられない。
こんなことをして、本当に自分の為になっているのだろうかということを。
こんな様子で、家に帰れるのだろうかということを。
誰もいない甲板の上で悩んでいてもなんの解決にもならないのは重々承知だ。それでもなにか考えずにはいられない。
今、自分がとるべき行動のベストはなんなのか、それを自分で見つけなければならないのだ。
「メソメソなんてしてらんない……」
絶対に帰る。そのために。