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43 乗船希望者

 やっと港についた。後数日も期間が延びていたら本気でヤバかったかもしれない。


「み、水先に買ってくる……」


 入港許可を得ると同時に水の補給もしてもらった。本当ならもう少し時間がかかるのだろうが、琥珀の尋常ではない気迫に他の買い手が静かに道を開けたのである。


「や、やっと風呂に入れるっ!」

「私一番!」

「あ、ずるい」


 誰が最初に風呂に入るかで数分揉め、店の掃除とかもあるからと言いくるめた天宮城が一番風呂に入った。ついでに凛音も一緒に入っている。


「いやー、やっぱ風呂は入らないと気持ち悪いわ」


 さっさと着替えて店の掃除を始める。風呂に入っただけでモチベーションは大分変わったようだ。


「~♪」


 鼻歌を歌いながら服の陳列をする。納品分も昨日のうちに出来たので今は仕事から離れられる最高の時間……だと思ったのだが。


 何かしらとてつもない威圧感を背後から感じ取って恐る恐る振り向くと扉の小窓から誰かがこっちをじっと見てくる。ちょっと……いや、大分怖い。


 が、表情を取り繕うのは得意中の得意。息をするのよりも慣れている。


 直ぐ様笑みを浮かべて入り口の横にある窓を開けて話し掛けた。


「お客様。誠に申し訳ありませんが本日は準備の為にお休みをいただくのでお店はやっていないんです」

「えっ、あ、ごめんなさい……気になっちゃって……」

「いえ。そう言っていただけてとても嬉しいです。流石に他のお客様に失礼に当たるので商品を売ることは出来かねますが……ここまでいらっしゃったんですし、誰もいない店内、見学いたしますか?」


 女性はやや戸惑いつつ、小さく首をかしげて、


「いいんですか?」


 と控えめに聞いてきた。


「ええ。勿論です。そろそろお茶の時間ですし、私共がいつも食べているものでよろしければ、そちらもいかがですか?」

「そ、そんな、悪いです」

「いえいえ。お客様がいらっしゃることがこの店を支えてくださるんですからそれくらいはさせていただきますよ」


 直ぐに鍵を開けて店内に入るように促す。


 女性の目付きが少し変わった。今までのように少し怯えたものから、柔らかい目付きに。


「これ、生地が柔らかいし、ごわごわしない……凄い服ですね」

「そう言っていただけて光栄です」

「ここまでの服ならもっと高い値段でも売れるんじゃないですか?」

「かもしれませんが……この店はごく普通の一般家庭を目安に作ったものなのでこれ以上はあげない方がいいかと。それに、この店は趣味でやっているようなものなので特に儲けはなくても大丈夫なんです」


 そもそも生きることだけが目的だったのなら海になんて出ていない。女性の茶色の髪がふわりと揺れた。


「あの、一つ聞いても?」

「はい」

「帽子、とってくれませんか?」

「? はい」


 帽子をとって見せる。獣耳がピンと立った自分の姿が反対側の鏡に映った。


「何て言う種族なんですか?」

「ご存じありませんか? 僕は人狼です。まぁ、混ざりものですけど」

「混ざりもの?」

「竜人と人狼の。双子の弟には竜人がハッキリと出てしまっているので普段はこうやって隠しているんです」

「なんで隠す必要が?」

「……差別の対象になるんです」

「ごめんなさい……」


 天宮城は困った表情になりつつ、


「いえいえ。バレなければなんと言うことはありませんから。それよりそろそろお茶にしましょうか」


 ポットから注がれた紅茶は透き通って、白く湯気を漂わせている。お茶菓子はスコーンだ。


「紅茶、今まで飲んだことないくらいに美味しいです……!」

「そう思っていただけて嬉しいです」


 葉山達に散々茶の入れ方は扱かれた。なぜか料理はド下手なのにお茶をいれるのだけは異常に上手い。


「あの、お願いがあるんです」

「なんでしょう?」

「次の島まででいいので。この船に、乗せてもらえないでしょうか?」

「ここに、ですか?」


 予想もしていなかった展開に、表情を取り繕うのを一瞬忘れそうになる。即座に気づいて違和感が無い程度に取り繕った。


「なぜ?」

「えっと……別の島に行ってみたくて」


 天宮城は危険を感じとることの次に、他人の感情を読むことを得意とする。


 初対面の相手でも嘘をついているかどうかは一瞬で見抜けてしまう。彼女の場合、ほんの少し目が斜め上を向いた。


「なにか言いづらい理由があるのはわかりますが、流石になんの事情も知らないまま他人を家にあげることは家主としては不味いので……本当の理由を教えていただけますか?」


 天宮城は根掘り葉掘り理由を聞くつもりは全く無い。ただ、その言葉に嘘がないかどうかだけ確かめたいのだ。


「あそこには、もう、居たくないんです……」

「……そうですか」

「え、意味がわかったんですか?」

「いえ。なにも。ですが嘘をついていないことくらいはわかります。それでどれだけ窮屈に思っているか、ということも」


 紅茶を口に含んで数秒黙り、なんどか首をかしげた後に顔をあげる。


「明後日。明後日の明朝に荷物を持ってきてください。人が多いとそれだけ乗船した人がいるという噂が広まるのは早くなるので。それとこの船はシュリケへ向かいます。それはよろしいですね?」

「は、はい!」

「食べ物や着るものはこちらで用意します。無くしたくないものだけもってきてください。なるべく少ない方がいいと思います」


 天宮城は目を細めて、


「それと、身分証の方は大丈夫ですか?」

「身分証……あ」

「ですよね。いえ、こちらで手配します。一番怪しまれないのは冒険者ギルドですので、そこで。お名前を伺っても?」

「し、志織です」

「志織……さん、ですか。珍しいお名前ですね」


 取り繕うのに必死である。日本人でよくありそうな名前だからだ。実際友人にいた。


「シオリだと恐らくここを出るときにバレてしまうので……何が偽名を考えては?」

「ぎ、偽名ですか」

「偽名で登録する方もいらっしゃいますので大丈夫だと思いますよ」

「じゃ、じゃあシオンで」

「それなら多分」


 バレるバレないはさておき、日本っぽい感じは減った。


「それと、この船に乗るに当たって条件があります」


 ピッと指を一本たてて、


「まず、家事の手伝いをお願いします。いつもは僕がやっているのですがここ最近は仕事が重なって正直ぎりぎりなので」


 二本目の指をたて、


「次に、この船の中で見たものは誰にも言わないこと」


 三本目をたてて、


「最後に、住民と仲良くすること。この三つを守っていただけるなら乗せても構いませんよ」


 一本目はわかる。この店が来るという情報が伝わっただけであれほどの人が噂をしていたくらいのお店である。


 そのぶん家事の時間がないのも当然だろう。


 三つ目も、まぁ、理解できる。始終険悪ムードは誰だって避けたい。


 気になるのは二つ目である。この船の中で見たものは誰にも言わないこと。一体どんな秘密を隠しているのだろうか。


「わ、かりました。よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いいたします」


 断ることができない状況でこの謎なルールを持ち出されたら気になって仕方なくなるのが普通である。


 承諾はしたが、どこかモヤっとした江原だった。

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