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42 節水事情

 海に出る上で最も危険なのは食料不足になることだ。


 水も同様である。節約しても減るものは減る。


『ごめんなさい……』

「「「………」」」


 今回ばかりは誰一人フォローの言葉すらかけられなかった。


 凛音が飲み水のタンクの蓋を閉め忘れて海に全部流れ出てしまったのだ。


 家族全員分の生活水だったのでその量は10トンを越えていた。


 もう過ぎたことはどうやっても取り戻せないが、これはキツい。


「……どうされますか」

「……とりあえず水出せる人に水つくってもらってから、次の補給場所のある島まで節水するしかない」


 海水から水を作るのも限度がある。やろうとは思うが、この人数分は賄えない。


 陸に上陸できれば天宮城の能力でタンクまるごと作ることも可能だが周辺に停まれそうな島影はない。


 節水生活がはじまった。


 極力手は洗わず、体は濡らした布で拭くだけにとどめる。正直このメンバーで魔法が使えるのはアインとシーナだけなので作れる水の量はそんなに多くない。


 凛音は水系統の魔法が苦手なので火をおこしたりする方に魔力を使ってもらうことにする。


 困るのが仕事をしている時だ。


 天宮城は自分の思い通りの色の布が売っていなかったとき、白い布を自分で染めて作る。


 粉状の染料を水に溶かして染めるのだ。


 服数着分の染料の水は予想以上にキツかった。


「どうしよう……でもこのままじゃ向こうに着くまでに仕上がらないし……」


 早いところ染めておかないと色ムラが出てしまう。乾かす時間も含めてそれなりに余裕をもって仕事をしなければいけないのだ。その矢先に今日のハプニングである。


 どちらも不味いのは事実ではあるが、このままでは本気で間に合わないので今はギリギリの量の水で布を染めるのを優先した。


『ごめん』

「気にしなくていい。次気を付けりゃいいんだから」


 凛音が落ち込むのを宥めながら服作りを進めていく天宮城。


 いつも以上に海が荒れているからか、思うように針が進まなかった。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







 何故、こんなことになるのだろうか。と江原 志織は考えていた。


 居眠りをしていて目を覚ましたら見たことのない場所に座り込んでいたなんて、誰が信じるだろう。ただ、床の冷たさが夢ではないことを明らかにしていた。


 周りを見回すとクラスで本当に苦手な四人組がキョロキョロと忙しなく辺りを観察している。


 江原は趣味特技が漫画の所謂オタクだったのでこの状況はなんとなく理解できていた。だから余計にこれは夢だと思い込みたかったのかもしれない。


 前に立った男性が口を開く。どう見ても外国人なのにすんなりと言葉が理解できた。


「貴殿方に、この国を救っていただきたいのです」


 執事風の格好をしたその人は、江原たちにそう言った。ラノベでよくある、というか使い古された鉄板ネタ。


(異世界召喚ってやつなの……?)


 頭痛が痛いとはこの事を言うのだろうか。








 この世界の説明をされた。が、現実味が全くない。


 あまりにもリアルすぎるので夢ではないのだろうが、かといって直ぐに適応できるほど単純でもない。


 しかも、一緒に来た人たちがまた面倒な面子だった。


 女三人男一人のクラスカーストのトップグループ。全員性格は明るいが馬鹿で有名なのだ。


 クラスカースト最下位に位置する自分の名前すら覚えられていない上に空気以下のものとして扱われている。


「ってゆーか、何この服。ありえないんだけどー」

「だよねー、ウケる」


 何が面白いのか不明だ。彼女達の会話は最早別次元の難易度である。


 家に帰りたいと控えめに申し出たところ「そもそも君たちが何故この世界に来ることになったのか我々にはわからない」と言われた。


 ただ、人間なら出来るだろうという謎の理由で国を救えと言ってきたらしい。


 そんなの信じれないというのが江原の考えだ。実際相当胡散臭い。色々と。


 帰れないにしてもここはなんとなくだが嫌な予感がする。なんとかしてここから逃げ出す算段を考えるがそもそも常識が根本から違う時点でもう無駄かもしれない。


 女性は女性部屋へ、という部屋分けでもされたら最悪だったが運よく個室が用意されていたので思ってた以上にゆっくりと夜は過ごせた。


「どうしよう、これから……」


 唯一ある持ち物は鞄で、中には教科書と漫画、筆記用具。それとスマートフォンくらいだ。


 もしここから逃げ出すならスマートフォンを売ればある程度は生きていけるだろうか。いや、この世界ではこれの価値がわからなくて二束三文で買い叩かれるかもしれない。


 かといって他のものは価値の低いものばかりで売ってもそれほどの値になるとは思えない。


「なんとかしないとな……」


 一緒に飛ばされた人達とも今日は一度も言葉を交わしていない。その点でも江原は今、一人なのである。


 バカ四人組は江原が勉強している間、色々と好き勝手やっているらしい。あまりいい評判はきかないのだ。


 商品を横取りするわ物を壊すわ本当にやりたい放題である。


 周りは人間には逆らっていけないと思い込んでいるせいで怒られることがないので余計にやらかすのだ。


「三日目かぁ……」


 まだ帰ることのできる目処はたっていない。この世界の勉強は続けるつもりだが、長居する気もないので溜息しかでない毎日である。


「ねぇ、聞いた? 『首狩り』がくるんだって」

「本当? やった! じゃあお金貯めとかないとね」

「だねー」


 周囲の会話からなんだか物騒な名前が出てきた。


 極力かかわり合いになりたくない二つ名である。


 だが、その物騒な人が歓迎されているようなので少し話を聞いてみた。


「ええっと、その『首狩り』? って人の話、教えてもらえませんか?」

「ええ、いいですよ。『首狩り』のアレクっていう人狼族の男性がやっている船上服屋さんがあるんです」


 人伝に聞いた話だから確証はありませんが、と付け加えているところを見ると一度も行ったことはないが相当人気のお店なのだろう。


 ここで江原が気づいてしまった。この国から出る方法に。


(乗せてもらえないかな……)


 船上の服屋さんなら人の出入りも激しいから出港に紛れてもバレないのではないか? と。


 完全に密出国だが聞いてみて損はない、と表情に笑みを浮かべる江原。


 ちなみにこのとき当の本人である天宮城は喉の乾きに必死で耐えていた。

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