5ー2 新種の能力
「う、天宮城君に?」
「嫌でしょうか?」
「い、良いけど……」
「では、どうぞ」
「今ここで!?」
心の準備ができてない小林に天宮城が近付く。
「え、えっと」
「どこでも大丈夫ですので、どうぞ」
右手を出す天宮城。あ、そっち? と一瞬ガクッとなる小林だが、気を取り直して天宮城の手に触れる。
葉山は既に機器を構えて記録を取っている。
「ん!」
羞恥で顔を真っ赤に染めながら天宮城の手に軽く口吻をする。
「ぁ………」
「え!?」
突然天宮城の体から力が抜け、地面に倒れ込む。小林は受け止めようとするも、現代女子の筋力はたかが知れている。そのまま同時に座り込んでしまった。
「う、天宮城君!?」
「………………」
天宮城がぼんやりと焦点のあわない目を小林に向けた瞬間、目付きが一瞬で変わる。
「小林さん……!」
「ひゃっ!?」
突然、小林に抱き付く天宮城。小林の顔はもう真っ赤である。
「僕……貴女がいないと生きていけません……!」
「「はぃぃぃいいい!?」」
何故か葉山も叫んでいたが、二人とも考えていることは同じようなことである。
「龍一!? 一体どうしたの!?」
「大好きです、小林さん……!」
「ええぇぇぇぇえ!?!?!?」
葉山の声が全く届いていない。天宮城は未だ抱き付いたまま、頬擦りしそうな勢いである。小林はそろそろ気絶しそうだ。
「そうだ、小林さん! 龍一にもう一回キスを!」
「へ?」
「おかしくなってるのは能力のせいですから!」
「そ、そっか!」
抱きつかれたままなので気が動転しているのか、それとも早く離れたかったのか判らないが天宮城の頬に急いで接吻する。すると、天宮城の頭がガクッとしたに下がり、前向きに倒れる。
すると必然的に小林が下敷きになり、かなり二人の体勢が凄いことになった。
「ん……? あれ? 今……?」
「龍一。大丈夫?」
「え? なにが?」
天宮城、全く覚えていないらしい。そして今の状況を見て把握し、
「す、すみません」
「だ、大丈夫よ………」
取り敢えず小林に謝ったのだった。
「成る程。思ったよりずっと効力が強いみたいですね」
「まさか我を忘れて飛び付くなんてね」
「それは忘れてくれ」
切実に葉山に頼む天宮城。
「小林さん。凄い能力でした………。効力がここまで強いと協会も無視できないものかもしれません」
「え、それってここで働けって?」
「いえ、そこまでは。ただ、能力を普段は押さえていただくことになるかもしれません」
「そんなこと出来るんだ」
「はい。能力者用のブレスレットとかも作れますので」
天宮城は書類に何かを書き込みながら話を続ける。
「立会人が僕と美鈴なのでそうそう情報漏れは気にしなくて大丈夫ですよ。一応立場は最上位ですし」
「それなら良いんだけど」
「それに漏らしても僕らにメリットないですしね。優秀な人材を逃すなんてあり得ませんし」
優秀な人材、というところを強調して天宮城は話す。
「でもこれで判明しましたね。小林さんの新しい力が」
小林が帰った後、天宮城はバイトに行く為に荷物を鞄に詰めていた。
「いいのか?」
「はい。今まで隠してるのが心苦しくて。良い機会ですし」
天宮城は今日でバイトを辞める。そして、店長に自分の事を明かすのだ。
「色々とありましたけど、これで終わりですし」
「バイトをすると言い出したときは相当焦ったからな」
「そうですね。全員反対してきましたし」
天宮城にバイトができないと思ったわけではなく、バイトをするなら協会で働け、と言われていたのである。天宮城は反対を押しきってコンビニでバイトを始めたのだ。
何故コンビニを選んだかと言うと、単にここが嫌だったから。実に適当である。
「じゃあ送る。乗っていけ」
近藤が運転する車の後部座席で鞄を握りしめながら天宮城はゆっくりと呼吸を繰り返す。なんだかんだ言って世話になった人に全て説明するのは緊張するのだ。
「落ち着け。お前ならきっと理解してもらえる」
「だと………良いんですけど」
近付くいつものコンビニを目にしてふぅ、とため息をつく天宮城。肩の上では琥珀が挙動不審になっている。キョロキョロと落ち着きがない。
それを見た天宮城はその様子が面白く感じたようでクスリと笑った。緊張の色は、消えていた。
「こんにちは」
「天宮城君。今日最後だよね?しっかり頼むよ!」
「はい」
帰りに言う事にしたらしい。それまで近藤は待機である。
「いらっしゃいませ」
いつものように、ここで頭を下げるのも今日で最後なのだ。
「お疲れー」
「お疲れ様でした。それで、店長。お話ししたいことがあるんです」
「話し?」
「その………」
一瞬言葉が出なくなったが頭を振って覚悟を決める。
「僕、実は能力持ちなんです」
「ええ! 凄いじゃない!」
「す、凄いのかな………?」
若干話の方向がずれそうなので一旦話を戻す。
「ええと。僕、最初の十人って呼ばれてるんです」
「最初の十人?」
「ご存じないでしょうか……? 割りと有名だと思ったんですが」
「でも、天宮城君ならあり得るよね」
「まさかの肯定!?」
この子ならあり得るよねー。みたいなノリだ。
「よく考えてみたら年齢合うしね」
「あっさり信じすぎじゃないですか……?」
「信じて欲しくなかった?」
「いえ、その。疑われる確率の方が高いと思っていたので」
「へぇ?」
ニヤニヤとからかうような笑みを向けられて天宮城が肩をすくめる。
「ここまであっさり行くと悩んでた僕が馬鹿みたいじゃないですか………」
「ははは! まぁ、君だしね。なんでこの話を今日?」
「今度正式に能力持ちって発表するんです……。その時に言ってなくて、とか心苦しくて」
「律儀だねぇ」
本当に面倒くさい性格してるよね。と笑いながら言われ、否定できない天宮城。
「そこがいい所なんだけどね。いい? いつか彼女ができたら精一杯アピールするんだよ?」
「なんか話変わってませんか!?」
そう言う天宮城の顔はどこかホッとしていて、同時に嬉しそうだった。
「ちゃんと言えたか?」
「はい。ご迷惑おかけしました」
「いや、当然だ。……龍一」
「はい?」
「お前は普通の生活に憧れてるだろう?」
「……はい。でも、良いんです。これで。僕の力は人様の役に立てるかもしれないって小林さんの顔を見ていたら、そう思えたので」
「……そうか」
車の中で静かに会話をする二人。天宮城は窓の外を見ていると、近藤が、
「お前に、普通の暮らしをさせてやりたかった」
「いえ。近藤さんは何も悪くないですよ。寧ろ僕が問題なんです。この力を制御もできないとか……情けない」
「お前の力は強いからな……。発作時の力が出せればとんでもないことになりそうだが」
「勘弁してくださいよ……それに赤髪状態の時は何も覚えていないんですから」
天宮城が暴走したのは過去に三度程ある。軽いものを含めれば更に増えるだろう。
雑踏を車の窓越しに聞きながら、天宮城はシートに体を預ける。
その隣では琥珀が窓の外を見てはしゃいでいる。
「眠いのか?」
「はい、少し……」
「寝てもいいぞ? 着いたら起こすから」
「じゃあ、少しだけ……」
余程疲れていたのか、車の振動に揺られながらすぐに眠りにつく天宮城。それを琥珀が横で眺めながら周囲から天宮城を守るように見張るのだった。
「ちょっと龍一」
「んぁ?」
「んぁ? じゃなくて。私の手帳知らない?」
「理紗……なんで俺に一番に話してくんの?」
「いいじゃん。龍一なら知ってるでしょ?」
「俺は探し物のレーダーじゃないんだけど……」
椅子でうたた寝をしていた天宮城を強制的に起こしたのは、足立理紗である。
感覚支配の能力者で、痛覚を刺激して傷みを感じさせたり、視覚を刺激して目を一時的に良くするような力を持っている。
人にも使えるのでかなり有用性の高い能力だ。
「どうせ理紗のことだから脱衣所の籠の中じゃないの?」
「えー?」
パタパタと風呂場の方に走っていき、暫くして帰ってくるとその手には黒い手帳が握られている。
「いやー、あったわ」
「いつも言ってるだろ? 理紗のなくしものは基本、脱衣所か机の上だって」
「さっき探したんだよ? サラーッと」
「籠の中まで探せよ。俺だって眠いのに………」
ふぁ、と大きく欠伸をしながら天宮城が言う。
「ごめんって。でさ、龍一。いつから正式に働くの?」
「さぁ……?」
「卒業式の後?」
「さぁ……?」
寧ろその辺りの話を一切していない天宮城と藤井である。
「早く一緒に働こうよ」
「それはそれで嫌なんだけど」
「なんでー」
「秋兄はじめ俺の幼馴染で運営しているところがどれだけ窮地に陥ってるか知りたくない」
「酷いなー。ちゃんと出来る部下たちだから問題ないですぅー」
「はぁ………」
天宮城は9人の事をよく知っているが故に心配でしかたがないのだ。過保護ではない。危険だと察知しているのだ。
「最初とか酷かったもん。金の扱い下手すぎ」
「いまではちゃんと使えるもんね」
「いい大人が使えなきゃ困るだろうが」
天宮城はいつでも誰よりも年下の癖に保護者的な立ち位置だったようだ。
「でも今週で学校終わりでしょ?」
「うん。そうだな」
「だったらこれでもう協会に入れるね!」
「もう入ってる気もするがな……」
苦笑いしか出てこない。
「それじゃ私も寝るねー。おやすみ」
「おやすみ」
天宮城が足立にペンが見つからないと起こされるのはこれから30分後のことである。
「龍一。朝御飯のリクエスト聞いてくれるんだよね?」
「だからこんな早く起こしたのか……まだ5時なんだけど」
「いいじゃん。ね、ワッフルがいいなぁ」
「あの面倒くさいやつか?」
「聞いてくれるんでしょ?」
「はぁ。判ったよ」
まだ少し寝惚けているのか何故かぬいぐるみを抱いたままキッチンへ歩いていく天宮城。
顔や手を洗い、生地を作り始める。手付きは慣れていて、片手で卵を割りながらかき混ぜたりしている。
「なんで正面で見てんの……?」
「暇だし」
「じゃあ手伝ってよ。………いや、嘘。なにもしなくて良い」
「なんかその言い方トゲがあるんだけど」
葉山の料理は最早物体Xを作り出す作業である。
天宮城と同じ材料、同時に調理をして見たこともない黒々しいおおきな塊が出来上がることは想像に容易い。
天宮城以外の幼馴染みメンバーで唯一料理ができるのが藤井である。女子陣はどうなった。
「おおー!」
「疲れた」
数十分後、葉山の前にはベリーソースとホイップクリームのかかった見た目も美しいワッフルが皿に乗せられて置いてあった。
天宮城、最早職人である。
「いただきまーすっ」
「いただきます。……朝からこんな重いもの食べれるかな」
自分で作っておいてよく言う。天宮城は少食なのだ。葉山は……。女子の名誉の為に黙っておく。
「美味しかったー‼」
「早!?」
天宮城が三分の一食べたときには葉山の前から綺麗に消え去っていた。
「おかわりないの?」
「すると思ってなかったから生地がないよ。……これ食べろ」
「いいの?」
「俺はもう腹一杯。お粗末様でした」
三分の二残っているワッフルを葉山の皿に移し、自分の食器を流しに持っていく天宮城。葉山はにやっとして、
「いいの? 間接キスだよ」
「そんなん気にする間柄じゃないだろ?」
「まぁ、それは確かにそうだけど」
思春期とは思えないね、と呟きながら追加されたワッフルを頬張るのであった。
「はぁ」
「なにため息ついてんの?」
「いや、お前にはこんなに来るのに俺には全く来ないことに腹ただしく思っている」
「何が?」
「これだよ、これ!」
柏木が前に突き出したのは天宮城の机の上に大量に積み上げられている紙である。
「なんで俺には来ねぇんだ、畜生!」
「来てるじゃん。後輩のだろ?」
「男から来てもなぁ」
今二人が話しているのは在校生から卒業生に送るメッセージカードである。これは、在校生が自分が決めた卒業生にカードを送るもので、本来大半は部活の後輩が先輩に送るものである。
それが、天宮城の場合になると、
「全部ラブレターじゃねぇか‼」
「まぁ、読みきってないけど」
「何枚あるんだよ、これ……」
机に積み上げられている量を見るととんでもないことになっているのは想像に容易い。
「でも、何人か何枚も送ってきてるみたいだ」
「それでもこの量はあり得ねぇ!」
軽く二桁はいっている。もしかしたら100枚以上かもしれない。
「相変わらず凄い人気だよねー」
「ホントホント」
「うわっ、なにその量」
クラスのみんなが集まって天宮城の机のメッセージカードを読んでいる。ラブレターを盗み見することと同義だが、このメッセージカード、廊下に貼り出されるので結局人目につく。
「これ、天宮城スペース出来るんじゃね?」
スペースというのは、部活動や組順に分けて貼り出されるのが、あまりに個人に集まりすぎるとその人専用のスペースが確保されるのだ。
過去にも何度かあったらしい。
「いいなぁ。モテモテで」
「付き合う気ないって明言してるんだけどな……」
「それでも駄目元で行く子は少なくないと思うよ? 何てたって謎のイケメンで通ってる龍一だからな」
「なんだそれは」
あまりの多さに目を回しながらメッセージを読んでいくのであった。
「出来ちゃったよ、俺のスペース……」
数日後、貼り出されたメッセージカードのボードには野球部、3年2組、等と分けられているなかで、唯一場違いな雰囲気を醸し出しているのは天宮城スペースだ。
明らかに他の場所よりも力の入ったメッセージの数々に妙なまでに飾られたボード。
登校してきて教室に向かうまでの廊下で天宮城は呆然と自分の場所を見ていた。しかもそれに違和感を感じない人が多すぎて逆に混乱している。
天宮城は学校では有名人なのだ。毎日のように告白されるも一度も付き合ったことがないイケメンとして。
ただぼうっと見ていると、柏木が飛び付く形で天宮城にアタックする。
「できたねー、天宮城スペース」
「マジで出来ちゃったよ」
「いやあんだけ枚数あったらそりゃスペースもできるって」
そうなのかなぁ、と適当に答える天宮城。いつもの光景だった。