39ー2 力の意味
「お待たせしてしまって、申し訳ない」
「いえ。それほど時間もたっていませんので、お気になさらず」
部屋に入ってきた男性は天宮城の横に立つ川瀬を見て、
「初めまして、寺町と申します」
「川瀬です」
そう声をかけて名刺を交換する。
天宮城は一通り自己紹介が終わったタイミングを見計らって整理してある資料の束を寺町に渡す。
「では、早速本題に入らせていただきますね。これが前回の話で出ていた資料です。企業秘密に関わる物もありますので、捨てる場合はシュレッダーにかけていただけると有りがたいです」
パラパラと資料を捲った寺町の表情は堅かった。
「これでどうにかなるとは到底思いませんな」
資料を閉じてため息をつく。
天宮城も困ったような表情になる。
「ええ。申し訳ありませんが『どうにかする』ことはこれでは不可能です。これはあくまでも『持ちこたえる』為のものでしかないんですから」
「それで死人が出ては話にならないと」
「今の物よりは遥かに良いと思いますが」
ピンと張り詰めた空気が辺りを支配する。
その時、川瀬がおずおずと口を開いた。
「あの、それって一体なんの話ですか……?」
「「えっ」」
何言ってるんだ、と今まで冷たい声色だった二人が少し呆けたような声を出す。
「みいな……俺説明したよね? なんなら資料も全部渡したよね?」
「あ、はは……忘れちゃった」
盛大なため息をつきながら寺町に向き直り、
「では良い機会ですのでもう一度この件について説明しましょうか」
どうせ今のままでは互いに一歩も引く気はないので無駄に時間を浪費するだけである。
ならば、と川瀬にもう一度レクチャーするついでに最初からまた話し合おうと決めた。
寺町も今の時間が無駄だということはよく解っていたのでそれを了解する。
「まず最初に、警察と協会の取り決めの話から入りましょう。色々と取り決めはありますが、大本は『警察の仕事への介入は原則禁止。ただし、犯罪者が能力者だった場合協会側が拘束、場合によっては処罰をくだし、身柄は警察に引き渡す』という物が殆どです」
結局、国が動かしているのは警察で、能力者協会の部隊は特殊なだけでただの警備会社と似たようなものである。
「その為に、警察が身柄を引き渡せとこちらに求めれば我々はそうしなければならない義務が存在する。ですが、二年前の事件でそれはかなり危険な物だということも判明しました」
「二年前……脱走事件のこと?」
「そう」
二年前、レベル5のサイキッカーが町で大暴れする事件が起こった。その時は藤井が現行犯で捕まえた。
死者は出なかったが落下してきた看板などで数人が重軽傷を負い、本人の気性の荒さからとりあえず警察に引き渡すのは危険だと判断した藤井が協会で捕らえておくことを決定した。
警察側もその事件で起きたことの後始末などに追われていて承諾、身柄は協会側に。
協会には能力者を捕らえることのできる最新の設備が整っている上、当時独り暮らしをしていた天宮城を呼べば記憶さえ見ることも出来る。
その判断は正しかった。男は目を覚ましてすぐは暴れたものの藤井達によって押さえ付けられ、取り調べなども嘘のつけぬようテレパシー系の能力者に頼んで行い、もしも何も言わなかった場合は天宮城の出番になるかもしれない。
そう、なる筈だった。
だが、取り調べの数時間前。突如現れた警察がその男の身柄を引き取ると言い始めた。
当然藤井もこちらが取り調べをする権利はあると主張したのだが結果的に男は署に連行されていった。
危険だから協会の誰かをつけようという話も出たのだが『問題ない』の一点張りで許可された拘束するものは能力を抑える手錠のみ。
それどころか、今回の件は全て警察が受け持っているということにし、協会は一切介入していないということにしろとまで要求してきた。
所詮出来て数年のまだまだ弱い組織でしかなかった協会はそれを受け入れるしかなく、手柄は全て警察が持っていった。
だがこの後、手柄などとは言っていられない状況になっていく。
「元々あのとき作ってた手錠はまだまだ開発中のもので……僕が波長を見て直接調整したものならまだ良かったのですが汎用品の物ではどうしても扱いきれなかった。それもレベル5の能力なんてやろうと思えばビル一つくらいは崩壊させられる威力がありますので……」
倒壊でなく崩壊である。この言葉自体からどれだけのものだったのかが伺えるだろう。
事件が起こったのは引き渡して直ぐだった。
取り調べ室の椅子に座った瞬間に手錠が破壊され、刑事が壁に叩き付けられて重傷を負い、光を取り込む為の天窓から逃げられた。
その際、取り押さえにかかった10名の警官も容赦なく叩きのめされて一人の死者が出た。
あまりにも被害が大きく、マスコミもこれを大々的に報じた。その為に協会側が拒否したにも関わらず引き渡しを無理矢理強要した数名の警官が降格、若しくは退職処分になった。
「あれって犯人……」
「まだ捕まってません。探知の能力者は少ないですし、そもそも協会にいた時間が短すぎて僕が呼ばれた頃にはもう波長も残っていなかった。仲間も恐らくいるでしょうからほぼ捕まえるのは諦めていると言ってもいいでしょうね」
それから話し合っているのが今回の話です、と一呼吸置いてから資料を捲った。
「これは僕が中心となって開発した新型の能力抑制機です。とは言っても僕には効かないんですが……レベル5までの能力なら汎用型で抑えられますし6以上もある程度はなんとかできます」
「ある程度、か」
「はい。長時間は不可能です。ですがそこにいる川瀬をはじめとした部隊隊長全員には効果がありました。藤井の力でも破るのに3時間はかかったので普通の能力者なら24時間は恐らく大丈夫だと思われます」
お前も実験参加しただろ? と川瀬に目を向けるが川瀬は完全に忘れているようである。
「これを提供する代わりに『本当に危険だと思われるレベル5以上の能力者の身柄』の権利を求めるというのが今回の件です」
天宮城は鞄から鈍い光を放つ手錠とその鍵、それから警棒のようなものを取り出す。
「手錠はお分かりかと思いますが、この警棒も対能力者用です。これに触れているものには能力が及ばない効果があります。ただし、スイッチを入れなければ反応しませんし三十分入れっぱなしにすれば充電が切れます。また、効果範囲を広げるほど電力の消耗は激しくなります」
それから、ともう一つ鞄から取り出したのは眼鏡だった。
「これを使うと僕がいつも見ているような景色の一部を見ることができます」
「何故一部か聞いても?」
「常人なら発狂してしまうと言われまして。どうやら他人の波長が常に目に入ってくるのは相当気持ち悪いそうなのです。ですのでこれは能力を使っているかどうかしか見ることができません」
寺町に眼鏡をかけるように言い、川瀬に能力を使うように言う。
「こう見えているのか……」
川瀬を中心に水面に水滴が落ちるように能力の波長が広がっていくのがレンズ越しに確認できる。
「因みに、僕にはこう見えてます」
天宮城が軽く眼鏡を弄ってもう一度寺町に渡す。それをかけた瞬間に即座にそれを外して口を押さえた。
「なんだこれは……」
「僕も最初は吐いてました」
笑い事じゃない。百人に聞いたら百人がそう答えるであろうことを笑顔で言い放つ天宮城。
寺町にはこのほんの少し幼ささえ見える男がどれ程の者なのか、想像することが出来なかった。