38ー2 キラト
「ところで……神精霊ってそんな簡単に会えるものなのか? そもそもどこにいるんだ?」
『?』
「え。ちょとまって凛音。まさかその辺り何にも知らない感じ?」
『ん。知らない』
じゃあどうやって会いに行くんだよ、と軽く頭を抱える天宮城。ルペンドラスの知識にも無かったので手掛りは今のところはゼロである。
「じゃあニルバート様に連絡とれる?」
『樹からならとれる』
「要するに?」
『今は無理』
樹に行けばなんとかなるのか? という疑問しかないが、とりあえずアフェンドラに進む。
確かに、ルペンドラスの方が大きい……ような気がする。そう変わらない気もするが。
「あ、ここから先は進めないみたいだ」
アフェンドラには実が実る。熟すと落ちてくるのだが、天辺が見えないほどの高さなのだ。そこから落ちてくる実は最早凶器である。
実際に何人もの重軽傷者が出ていて、運良く死人はいないものの中々の危険地帯なので下手にそういった事故が起きないようにとかなり遠いところまでしか近付けない。
実だけでなく葉や枝、樹液にも価値があるので下手に盗人が入れないように、という理由もある。
因みに、実は皮がぶ厚めのトマトに似ている。当たった瞬間破裂するので死者は出ていないというわけだ。
「どうする? これ以上行けないぞ?」
『周り見てみる』
本当に大丈夫なのか? という不安を隠せないまま木の周りをグルっと一周する二人。
すると数分歩いたときに樹に寄り添うように隣接する教会のような場所を見つけた。
「お?」
『なんかそれっぽい』
「行ってみるか」
中は大理石で出来ていて、どこもかしこもピカピカだった。掃除は行き届いているようだ。
奥の方から何かの声が聞こえる。
三重にもなっている扉を開けると、広い空間に出た。壁には絵が何枚も掛かっていて、ステンドグラスからは色のついた淡い光がキラキラと輝きながら射し込んでいた。
凛音はステンドグラスが気になるのかまじまじとそれを観察している。
天宮城は壁に掛かっている絵を一枚一枚見ていった。
(………なんか見覚えがあるな……そういえば帝都でも教会の絵を見たっけ……)
そのうちの一枚に、なぜか全体的にぼんやりしていてハッキリと細部がかかれていない物を見つけた。
ただはっきりしているのは恐らく白竜と思われるドラゴンを従えているのは赤い目の男性だということ。
目元までフードを被り、口元すらほぼ見えない。どうみても怪しい風体の男の目はどこか優しげに目の前の白竜を見つめている。
天宮城はアインが言っていた自分と間違えた神様なのだろうか、と一人で納得しつつその絵から目が離せずにいた。
「その絵、気に入られましたか?」
「あ、すみません。前に陣取ってしまって」
「いえいえ。私はここの司祭をしておりまして、貴方のような方は大歓迎ですよ」
恐らくここの管理人であろう狐の獣人が柔らかい笑みを浮かべてこちらに来た。耳と尾を隠せば人間に見えるほど変化が上手かった。
(教会関係者は化けるのがうまいのかな……)
アインなど耳すらも隠せるのでそういうものなのだろうか。
「竜神様の絵です。お気付きになられましたか?」
「ハッキリと描かれていないことですか」
「そうです。どうも、これ以上描けるほどの情報がないのだとか。なのでこれが最もハッキリと描かれている絵になりますね」
ここまでぼんやりしていたらそりゃ間違われるだろうな、と思いつつ目の前の白竜にも目をやる。
「これって、どこの絵なんですか?」
「確か……オルフィニウスの平原だったかと。あそこが竜神様の決戦の場ですので」
「オルフィニウス……」
どこかで聞いた覚えがある気がする。
「どこの、国です?」
「クラスリア皇国です。ご存じありませんか?」
「知ってはいますが、行ったことはないですね……」
アインとこの世界の勉強をしていたときに習ったのだろうか?
悶々と考えているとステンドグラスを見て回っていた凛音が戻ってきて、天宮城の手を引く。
『アレク。ニールは?』
「あー……あの、司祭、さん? 世界樹に神精霊様がいらっしゃるかもしれないと思ってこちらに来たのですが、お会いすることは不可能、でしょうか?」
その言葉に、司祭の尻尾がピタリと止まった。
(あ、訊いちゃ不味い事だったのかな……)
一瞬肩を竦めた天宮城。すると司祭は、
「ええ。可能ですよ」
「本当ですか」
「はい。ニルバート様もお喜びになるでしょう」
どうやら喜んでいるらしい。尻尾が止まった代わりに耳が高速で動き始めた。
「ところで貴方は一体どちらから?」
「シュリケからです。この国を目指して船旅をしてきました」
「それはそれは遠いところを」
外に出てから中庭を通る。色とりどりの花々が道や樹に鮮やかな飾りをつけている。
『綺麗』
「綺麗だな……」
歩きながら庭を観賞していると時々兎くらいの大きさの動物がいるのか、わさわさと花が揺れる。
「あの、司祭様。兎でもいるんですか?」
「兎はいませんが、運が良ければ精霊達が歓迎してくれますよ」
世界樹の周りというだけあって精霊は多いのだろうか。
そんなことを考えながら歩くこと数分。やたら重厚な扉の前にまで来た。
「ここにニルバート様がいらっしゃいます。どうぞ」
「ありがとうございます」
扉に手をかけて引っ張ると司祭は目が飛び出しそうなほどまでに目を見開いて驚いた表情をした。
幸か不幸か天宮城も凛音も前しか見ていなかったので司祭の様子には気づかなかったが。
「失礼します」
凛音と手を繋いで中に入ると、何故か司祭が爆弾の上でも通るかのように慎重に中に近づこうとして、眉を潜めて足を引っ込めた。
「あの、司祭様?」
「あ、あの、私は用事を思い出してしまいましたので、その、ここから先はお二人でお願いできますか?」
「? はい、わかりました……?」
天宮城はそう答えたし、表情も不思議そうなものだったが、内心では相当疑っていた。
本心を隠して振る舞うのはお手の物なのだ。
(なんかおかしいな……)
天宮城はそそくさと帰っていく司祭にルペンドラスの魔力をほんの少し纏わせた。これでどこにいっても場所がわかる。
とはいっても天宮城しか気づけないほどの効果の薄いものなのであくまでも保険だ。
扉を閉めて奥へ入っていく。
「どうする? 気配はないけど……」
凛音にそう小声で伝えると、凛音も頷いて、
『ニール! 遊びにきたー』
少し大きな声でそう言った。その瞬間、周囲の空間が光りだす。いや、周囲に蛍がちっているかのように細かな光が空に浮いているのだ。
ぼんやりと光を放つそれを物珍しそうに天宮城が見ていると、奥から足音がした。
『ニール?』
『久しぶりやなぁ、ドライアドちゃん』
『ん。今は凛音。アレクにつけてもらった』
ショタ……少年である。この会話を聞く限りは彼がイフリートのニルバートなのだろう。
『ほうか。そらよかったなぁ』
『ん。この人アレク』
「えっと、はじめまして」
『はじめましてやな。僕はイフリートのニルバートや。よろしゅう』
握手し、ケラケラと笑うニルバート。
どうやらつかみどころのない性格のようである。