38ー1 キラト
「灯台が見えるぞ」
そろそろ準備しておけ、と船内放送を流して目の色が赤くないか等を確認する。
『着く?』
「もう少しでな」
『ん』
船が数隻橋の前で停まっている。カランカラン、と灯台から鐘の音が響いた。
「お、丁度いいタイミングだったみたいだ」
この国に入るためには跳ね橋を通らなければならないのだが、例外を除いて三十分に一回橋が上がる事になっている。
橋がおりてすぐに来てしまった場合三十分橋のまえでひたすら待つことになるのだ。
ただ、急な嵐等の緊急事態があったときには上がりっぱなしになる。漁船等の小さな船の転覆を減らすためだ。
大きな船ならまだ三十分はなんとかなるかもしれないが、小さな船で三十分荒波に耐え続けるのは相当辛い。
『橋割れた』
「ああいう構造の橋を跳ね橋っていうんだ。この時間帯は船が通れるようになる」
船がゆっくりと1隻ずつ港へ入っていく。天宮城もその後に続いて船を入れた。
何十隻もいたらまた別だが、数隻程度なら少しくらい時間オーバーしても通してもらえるのだ。
「きゅっ」
スラ太郎がのそりと操舵室に入ってきて天宮城の肩の上に登る。キラトの町並みが気になるらしい。
「世界樹アフェンドラ……確かイフリートのニルバート様って神精霊が宿ってるんだっけ」
『ん。ニール。面倒くさいけどたまに面白い』
「突然毒舌な解説が入ったね……」
凛音の言葉に苦笑しながらも町の中心を見る。
「おお、あれかぁ」
【ルペンドラスとどちらが大きいでしょうか】
『私の方が大きい』
目測ではわからないが凛音曰く精霊が直接魔力を与える時間が長いほど大きくなるらしい。
なので天宮城と会うまでずっと凛音が暮らしていたルペンドラスが一番大きい、らしい。
正直どちらもデカすぎてよくわからない。
「楽しみか?」
『ん。いつも自慢されたから』
「そうか」
自分の町にはこんなものがある、外にはどんなものがあると自慢されていた凛音としてはそれを直接見に行けるのが楽しみなのだそうだ。
港につき、先に天宮城から入国審査に入る。
「名前は?」
「あ、アレキサンダー・ロードライト、です」
未だにこの名前に抵抗がある。
「シュリケの王宮に仕えているのか」
「ほとんど名前だけです。商品を優先的に届けるという契約を交わしただけのようなものなので」
「ふむ。帽子のものを見せろ」
ピンバッチを見せると顔色が変わった。
「これをどこで」
「とある顔見知りの商人にいただきました」
「名前は」
「他人の個人情報はちょっと」
そう言うと一瞬眉を潜めたがこういうことを話すのを強制してはならないと暗黙のルールが定まっているので強くは言えず、帽子を返して、
「入国を許可する」
と商人ギルドのギルドカードを機械に翳した。
琥珀達にも下手に他人の情報を流さないようにしろと言いつけてあるので心配はないだろう。
数分すると全員の入国審査も無事終り、天宮城と凛音、それとシーナで商人ギルドへ向かう。店の商業許可を貰うためだ。
商人ギルドは港のすぐ横にあったので迷うことなくそこに着く。
「すみません。商業許可をいただきたいんですが」
「はいよ。何日だい」
「一週間で」
「一週間ね。なんのお店?」
「既製服やアクセサリーを売る店です。店名は『セ・レノーザ』」
恰幅のいいおばさんが眼鏡をとって天宮城の顔をまじまじと見る。
「あんたもしやシュリケからの人かい?」
「わかるんですか?」
「いや、噂は聞いているよ。なんでもあの弟子をとらないって有名のSランク商人、緑光のイリスのお気にいりなんだって?」
「りょくこう? イリスさんってそんな異名が?」
どういう意味? と首を捻ると、
「知らないのかい? 緑光の異名はどんな攻撃も風魔法でそらすってこととどの時間も営業中のランタンが緑色に光ってるって意味からついたやつだよ。あんたもあったろう?」
「え、僕ですか?」
おばさんはポカンとしている天宮城のギルドカードを見て持っている手帳のようなものと見比べる。
「ああ、ほら。これだろう?」
手帳のとあるページを見せてきた。
大量に人の名前と二つ名が書いてあり、その内のひとつに、
「『首狩り』のアレク………物騒すぎません、これ⁉」
何で首狩り⁉ っていうかこれ誰がつけたんだよ! そう思う天宮城と笑いが抑えきれない後ろの二人。
「私に言われてもねぇ。この情報が来たのはほんの数週間前だよ」
「なんでこんな名前……」
「あんたの持ってくる素材が全部そうだったからってのと、一回店に行ってしまったら絶対に買わされるっていう皮肉を籠めて、だろうさ」
確実に首を狩るってレベルで店の商品買わされるから、とまで言われる天宮城。
持ってくる素材が全部そうだったから、というのは実際そうなのだ。毛皮を加工するためにはなるべく損傷が少ない方が好ましい。なのでブーメランで首をスッパリしてしまえば大分いい毛皮がとれるのだ。
そしてそのスッパリした毛皮以外の部分は大抵売り払っていたために誰かに見られて首狩りだなんだと言われてもおかしくはないのだろう。
「これで益々戦闘員だと思われる……」
火力はあるのだからもう戦闘員でいいのではないだろうか。
そう思うシーナと凛音だったが口には出さない。
天宮城との付き合いが長いので何を言えば落ち込むのかは何となくわかっているからだ。
「で、お店はどこに出すんだい?」
「船の中です。港から直接内部にはいれるようになっているので」
「ソイツは凄いねぇ。さすがは首狩りの店と言ったところか」
「それで呼ぶのやめてください……」
メンタル的にキツい。
『アレク。そろそろ行きたい』
「ああ、そうだな。シーナ、ここから任せていいか?」
「お任せを」
凛音の手を握ってギルドの外に出ていった。
おばさんはそんな二人を見て、
「首狩りは幼女趣味なのかい?」
「いえ、凛音様は恋人ではなく妹のようなものらしいので」
なんだか天宮城の知らないところであらぬ噂が立ちかけたようである。
天宮城が聞いたら気絶しかねない内容だったのですぐにシーナは誤解を解きにかかった。
が、首狩りという異名を変えてくださいとは言わなかった。
なんだかんだ言って似合っているような気がしたからだ。天宮城の気持ちは完全無視であるが、異名を持つこと自体は割りと凄いことなのでシーナも感動していたというのが大きい。
ついた内容はさておき、天宮城も知らず知らずのうちに有名になっていたようだった。