37 目的の土地へ
ブツン、と糸を切って子供に渡す。
「はい、出来たよ。これくらいならサービスしてあげるからもう破かないように注意してね」
「うん! 狼のお兄ちゃんありがとう!」
走り去っていく子供を見送りながら首をコキコキとならす天宮城。琥珀が、
「狼のお兄ちゃん、か」
「なんだよ。一応そういうことになってるんだから客の前で笑うなよ?」
「わかっているさ。それにしても随分と隠すのがうまくなったものだな」
「はいはい。で、売り上げは?」
「少し下がりはしたがまだまだ好調だな」
そう、と呟いて針を布の間に刺しあくびをする天宮城。
大分仕事に慣れたので手元を全く見なくても仕事ができるようになった。
その辺りだけ妙に人間離れしたことができるようである。
「アレク様。302のワンピースを5枚、56のカチューシャを2つ、99のマフラーを6つ。シュリケからです」
「はいよ」
シュリケ、と書いてあるボードに今言ったことを書き込みながらシーナが布を数枚持ってきた。
「カタログシステム作ってから大分空き時間で必要な量作れるようになったから楽だなぁ……」
作る手間は変わらんけど、とぼやく。
【今まではどこに何が必要なのか判らず片っ端から作っておられましたからね】
天宮城の糸屑を消化しながら天宮城のクッションも務めているスラ太郎がそう言う。
天宮城も、そうだな、と苦笑しながらまた新しく布を切っては縫い付けていく。
『人魚から連絡あった』
「なんて?」
『真珠の提供の代わりに下着がほしいって』
「俺が下着作るのか、その条件……?」
正直あまり気が進まない。
『ん』
「わかった……どういうのが良いか聞いておいて」
『わかった』
真珠は高価なアクセサリーに加工できる。申し出を受けないという選択肢はほぼ無いようなものだ。
「アレクー‼ お昼できたけどどうする?」
「直ぐ行くー」
とりあえずキリの良いところまで一気に縫い上げてクッションのスラ太郎と共にリビングに行った。
「お店は?」
「閉めてきた」
お店を開きはじめた頃は客が多すぎてそれどころではなかったので昼休憩がとれる今の状況に若干の感動を覚える。
サンドイッチを頬張りながら店の進路の話になる。
「で、目的地は大分近くなってきたが。凛音と俺は凛音のお仲間のところに行くとして、他はどうする?」
「体動かしたい」
要するに狩りをしに行きたいというメンバー達と、
「店番をしますよ」
「きゅ!」
店番メンバーで分かれた。
「別にそこまで店をやらなくても良いんだよ?」
「いえ、この国にもこのお店の良さをわかってもらえる絶好の機会なので」
「そう……」
最近シーナの方が天宮城よりもやる気をだし始めていると思う。
「じゃあ頼もうかな。凛音と俺で挨拶に行って、琥珀とアインは狩りに、シーナとスラ太郎は店を頼むってことで」
「わかった」
「うん」
「承知しました」
『ん』
【お任せを】
やっと目的地につけるという思いから全員がホッとしたような表情になる。
色々と道中であったせいか数年かかったような疲れ具合だ。
『ん、楽しみ』
パタパタと足を動かしながらジュースを飲む凛音。天宮城はそんな凛音の頭を撫でてから立ち上がった。
「よし、じゃあ今日の仕事を終えたら早速向かうってことでいいな?」
「うん」
帯を直してから帽子を被り、直ぐに店の方へと歩いていった。
「なんかあの姿が板についてきたわよね」
「だな」
着物はそれなりに珍しい服装なのだが、見事に着こなしている天宮城だった。最初は着方すらも判らなかったのに、凄い進歩である。
店を閉め、出港する。操舵室に凛音がきた。
「どうした?」
『なんでもない。ここ、いい?』
「ああ。なんか飲むか?」
『オレンジジュース』
「はいよ」
備え付けの小さな冷蔵庫から瓶のオレンジジュースを手渡しながら進路に異常がないかしっかり前を見る天宮城。
凛音もなにも言わず、ただ外を見ていた。
「綺麗だよな、海って」
ポツリと天宮城がそう言う。
天宮城の故郷は山に面したところだったので海を目にする機会はそれほどなかった。川はあってもそれほど大きなものではなく、小川がいくつも見付かる程度だ。
その代わり水は綺麗だったが。
『ん。綺麗。広い』
水平線を見つめながらそう言う凛音の言葉の少なさに苦笑しながら自分も水平線を見る。
空と海の境目はまるで混ざりあっているかのような綺麗な藍色に染まって、ただただ暗く、それでいてどこまでも広がっているように見えた。
「どこまで行ってもキリがないってのがまたいいのかもしれないな」
『アレクは海、好き?』
「嫌いじゃないかな。かといってそれほど好きでもないけど」
『なんで?』
「見てるだけなのと一緒に暮らすのってまた全然違うから。綺麗なものには棘があるっていうように牙を向くことも多々あるし」
人魚族との一件で溺れ死にそうになったので余計に少し抵抗がある。
まぁ、あれは事故のようなものだったが。
「凛音は好き?」
『ん』
「そっか」
『……見れなかったから』
寂しそうにそう言った。
「見れなかった?」
『世界樹の精霊は、契約するまで動けないから』
知識として海というものは知っていても実物は見たことがなかった。天宮城も似たような感動を昔覚えたことを思い出す。
「じゃあ凛音は海に出てから初めてが一杯なんだな」
『ん。楽しい』
「そりゃよかった」
ポンポンと頭を優しく撫でてから目線をあわせるようにしてしゃがみ、笑みを向ける。
「じゃあ楽しかったこと、友達に自慢しなきゃな」
『ん。アレクも自慢する』
こつん、と額と額を合わせる凛音。
精霊の最上級の信頼の証。
『これ終わったらどうする?』
「そうだな、適当に行ってない国を回ろうか。無理でも折角だから色々と見て回ろう。俺も凛音も世間を知らないからな。きっと初めての楽しいことが一杯あるさ」
『ん。連れてってね』
「勿論」
羅針盤がゆらゆらと振動で揺れながら目的地の方角を指し示す。
新しい国と古くからの友人に心を踊らせながら小さな手で天宮城の手を握るのだった。