36 制御不能?
それなりに早起きだという話は聞いてはいたのだが、どうやら起きるのはまだらしい。
床で布団を敷いて寝ている天宮城を見ながらそう考えるエミリア。まだ朝の5時なので天宮城も起きていないのだ。大抵起きてくるのは6時である。
女の子を床で寝させるわけにはいかないといって自分のベッドにエミリアを寝かせて布団を買ってきた。近所の大型ショッピングモールの半額のやつを購入した。未だに貧乏性が抜けないらしい。
高校時代に夕御飯を水で済ませる天宮城からしたら布団一式はそれなりに高価だったようだ。
十分金に余裕はあるのだが。
「やっぱり目がそっくり……」
天宮城の母親と天宮城の似ているところは目だ。それ以外は実際そうでもない。
単語帳を取り出して日本語の勉強を始めた。
紙をめくる音だけが静かな部屋に響いていた。
三十分ほどその状態になったと思ったら突然天宮城の息が乱れ始めた。何事かと床を見るとじっとりと汗ばんだ天宮城が苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。
ベッドから降りて首に手を当てると相当暑かった。風邪かもしれない、と一瞬狼狽えて洗面所に走りタオルを濡らしてから天宮城の額に乗せる。
たまに呻く天宮城の汗を拭いてやりながらどうしようかと悩む。
誰か呼びに行くにしても早すぎて誰も起きていないだろう。だがこのまま寝かせておいていいのだろうか。
「ぅう……ぁ……ぁああ」
激しく魘される天宮城の声に呼応するように周囲の物が小刻みに振動しはじめ、徐々に揺れが大きくなっていく。
否、周囲の物だけではない。地面そのものすらも揺れはじめたのだ。
「っ、これが地震……!」
今まで地震とは縁のない地域に住んでいたエミリアはどうしたらいいのかわからずとりあえず天宮城の上に物が落ちないように自分が覆い被さる。
「ぁあ……やめ……ぅ」
とりあえず天宮城を起こそうと思い立ち、直ぐにそのまま天宮城を揺する。
「リュウイチ! リュウイチ!」
「―――っ……? エミ……リア……?」
揺らして直ぐにカッと目を見開いて洗い呼吸を繰り返す。
目が覚めた瞬間から地震もおさまっている。
「リュウイチ、凄い魘されてた」
「……変な寝言とか言ってた?」
「呻ってた」
「そうか……煩かった?」
「いや、起きてたから」
ずるりと額の物が落ちる。
「これは?」
「暑かったから、冷やそうと」
寝汗ヤバイな、と呟いて起き上がろうとした瞬間に部屋の扉が開いた。
「龍一! 今地震が………お楽しみ中失礼しました」
「待て待て待て違うから!」
誤解を解くのに時間がかかった。
地震で全員が起き出していたので先に朝食を作ろうとキッチンに行くと、
「手伝う」
「え、いいよ。そんなに難しくないし」
「ううん。手伝う」
「そう? じゃあ卵6つ割ってかき混ぜて」
慣れた手つきで卵を割り、溶き卵を作るのを見て、
「エミリアって料理するんだ?」
「お兄ちゃんたちのご飯作ってる」
「たちってことは母さんも?」
「うん」
自分でやれよ。と内心で母に突っ込む。
その直後に思い出した。母は家事がド下手だったことを。
「俺の幼馴染ほぼ全員料理出来ないから助かるよ」
「そうなの? ミスズも?」
「あいつは……一緒に作っても作れないからなぁ」
きっと確実に料理に失敗するという能力でも持っているのだろう。そうでなければあの料理成功率の低さは説明がつかない。
不味いどころではないのだ。もはや錬金術の類いである。
「そうなんだ……」
葉山を目の敵にしているエミリアはいい話を聞いたとばかりに口の端をつり上げる。
その表情をみた天宮城は、
(女って怖……)
他人事のように考えていた。問題の渦中に自分が入り込んでいることも知らずに。
手際よくトーストや卵焼き、サラダを皿に乗せて全員分運ぶ。
「冷めちゃうから食べれる人から食べといて」
まだ数人覚醒しきっていない目のままもしゃもしゃとパンを食べはじめた。
「それにしてもさっきの地震はびっくりしたな」
「ねー、突然ぐわんって揺れたもんね」
地震の話を聞いて首をかしげる天宮城。
「地震なんてあったんだ?」
「お前あんなに揺れてたのに気付かなかったのか?」
「すっごい揺れてたよ。あ、テレビつけよ」
一人、エミリアは小さく目を逸らしていた。
地震が誰のせいなのか何て言えない。
ニュース番組では先程の地震の話で持ちきりだった。
「震源地この辺じゃん、怖……」
「ホントだ」
地図の赤い点が協会本部のある地域を指している。
「リュウイチ、悪夢でもみたの?」
「え? ぁあ……? どうだったかな、忘れた」
なんでそんなこと今聞くんだ? と首を捻りつつトーストにサラダを挟んで食べる。
エミリアは最後まで言わないでおいて食器を流しに置いたときに天宮城の袖を引っ張って天宮城の部屋にまで入り込む。
「どうしたんだよ」
「じ、地震のことなんだけど」
「なに?」
「リュウイチが、やったんじゃないかな……?」
ポカンと口を開ける天宮城。
「いや、俺の能力は殺傷性はないって言ったろ?」
「で、でもリュウイチが魘されはじめたら揺れたしリュウイチを起こしたら止まったよ?」
「いや、まさか……」
そんなはずはない、と口にしかけてその言葉を引っ込める。
暴走したときは地震くらい簡単に起こせる。だが体への負担が大きく、体温が急激に上昇する。
さっき起きたときにエミリアはリュウイチが暑かったから、と言っていた。もし、もしも。
寝ている間に赤目や赤髪状態になってしまったとしたら。
それは本当の意味で制御不能だ。
「エミリア……俺、やっぱりなんか寝言とか言ってなかった?」
「んーと……あ、やめてって言ってた」
「やめて? ………思いだせないな」
本当に能力を使ったかどうかは調べることはできないのでなんとも言えないが、もしも寝ている間に勝手に発動してしまうとしたら。
今回のようにエミリアに起こされなければ、
「被害がでるかもしれない……?」
自分の掌を呆然と見詰めながらそう呟くのだった。