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35ー5 帝国

 落下した板を拾い集めている天宮城のところに二人が歩いてきた。


「お疲れ様です」

「もうこれ二度とやりません……怖い……」


 高所恐怖症になりかけている。


「で、勝負は?」

「お兄さんの勝ちですよ」

「不本意だが、あれを見せられて文句を言っているようでは男が廃るからな」

「文句言いましたよね今……」


 要で扇形に固定して責で留める。もうただの金属の棒だ。


「そんな武器どこで見つけた?」

「これ専属武器で」

「随分と運が良かったんだな」

「それは本当に思います」


 神解きがなければ今頃数回は死んでいる気がする。


 これのお陰で異世界でもなんとかなっているので。


「じゃあ自分は店番に戻ります……」

「店番、ですか?」

「僕これでも服の店を経営してるんです」


 なんだか興味のありそうな目をしたので、


「もしよかったら見ていきますか? まぁ、幾つか在庫は無くなりましたけど………」

「わ、悪かったな……」


 ジロ、と軽く睨むと長い袖をプラプラさせながら目を逸らした。


「見たいです!」


 というわけで。


「これ可愛い……けど私には大きすぎますね」

「もしよければ手直しすることもできますよ」

「でもお金が……」

「では次にお店にいらっしゃったときにまた来てください。これ、直ぐに作り直しますね」


 レジの横の椅子を持ってきてその場で布を裁断、手縫いでどんどん作りかえていく。


「見事なものだな」

「これが仕事ですので。戦いは専門外なんです。だからもうやりません」

「そこまで頑なにならずともいいだろう……それに鍛えれば相当な腕になると思うぞ」

「……僕には荒事は向いていませんから」


 一瞬返答が遅れたのは自分が小さかった頃に何をしたか思い出したからだ。


 山ひとつ消し飛ばすだけの力を弱いとは言えないだろう。だが、本人の力量が全く追い付いていない為に宝の持ち腐れになってしまっているのはこちらの世界でも変わらない。


「ふぅ、どうでしょうか? そこで試着も出来ますよ」

「き、着たいです!」

「どうぞ」


 セーラー服を象ったワンピースを着てご機嫌な様子。


 その微笑ましい様子を見ていると、


「その、服の件だがすまなかった。これで足りるだろうか?」

「いえ、大丈夫です。今日またここを出て航海を続けるので直す時間はいくらでもありますし」

「迷惑料としても受け取って欲しい」

「他にお客様がいらっしゃったときにあれをやっていたら流石にそれを頂いたとは思いますが服が数着斬られただけで僕ならすぐ直せますので」


 どうせ見てた人いませんしね、と付け加えて自分の口元に指先を当てる仕草をする。


「さてと、仕事しますか……」

「……また来るといい。その時に服を買ってやろう」

「はい。ありがとうございます」


 最後までかなり上から目線だったが、何となく照れ隠しであることがわかった天宮城だった。


「これ、本当にいいんですか」

「はい。どうぞ持って帰ってやってください。その服も楽しそうに着てくれる人がいたら喜ぶと思いますし」


 元々着ていた服を袋にいれて持たせてやる。


「ありがとうございます。それと」

「なんでしょう?」


 屈んでいる天宮城に耳打ちをした。


「……貴方様の望みがこの店ならば、シャルル様にはお伝えしないようにしておきます。逃亡の手助けが出来ず、本当に申し訳ありません。ですが何かあれば遠慮なく我々を頼ってください。では」


 早口で捲し立てられ、なんの話か理解するまで数秒かかった。


 理解できても意味はわからないが。


「それっていったい……? いない………?」


 目の前に居た筈の少女が消えていた。キョロキョロと見回すも、影も形もない。


「逃亡ってなに……?」


 たった一人の店内に天宮城の独り言が虚しく響いていた。









 興奮した表情で天使と会ったときのことを話すシーナの話を右から左に聞き流しながらずっと頭から消えないあの少女の言葉を反芻していた。


(なんであんなに突然態度が変わったんだ……? 呼び方もお兄さんから貴方様になってたし……)


「――く! アレク!」

「えっ?」


 我に返るとアインが天宮城を覗きこんで手元を見る。


「そんなに要るの?」

「え、あっ⁉ 分量ミスった……」


 目の前のボウルに小麦粉が大量に投入されていた。こんなに要らない。


「大丈夫? お昼頃からずっと上の空だけど」

「ああ、問題ない……と言いたいところだけどちょっと疲れた……」


 魔力を扱いなれていない天宮城が魔力を使うと体力を一気に消耗する。大分眠そうだ。


 徹夜して仕事をしていたというのもあるだろう。


 現に今、普段ならしないミスを連発している。


「じゃあもう休んだら? ご飯ならレシピくれれば私作るし」

「ああ、うん……ごめん、そうさせてもらおうかな……」


 なんだか窶れてげっそりしている天宮城からレシピと材料を貰い、シーナと一緒に夕食作りを始める。


「なんだか私が天使様を見たいと我が儘を言ったせいでアレク様が酷くお疲れに」

「違うわよ。ただ単にここ数日本当に忙しかったから疲れてるだけだって」


 ホットプレートを余熱しながら材料を交代でかき混ぜる。


「なんか最近のアレクって焦ってるようにみえるんだよね」

「焦っている、ですか?」

「うん。慣れない場所だから戸惑うことが多くてその分余計に力入っちゃってるだけかもしれないけど。なんか急激に疲れていっている気がするんだよね」


 無理をしている訳ではないだろうが、無理する一歩手前まで来ているというのが正しいだろうか。


 タネを丸い形に乗せて焼きながらアインが小さく呟く。


「今まで面倒くさいことは全部アレクに任せてたじゃない? だからそれで一気に疲れてきちゃったのかな、って思うの。なんていうか本人も迷子の子供みたいに必死だし」


 大抵のことは出来てしまうので余計にたちが悪い。


「少なくとも私たちで手伝えそうなことは手伝ってあげないとね」

「そうですね」


 フライ返しでひっくり返し、蓋を閉めて数分焼く。


「「できたー」」


 ソースとマヨネーズ、青のりと鰹節を振り掛けて完成だ。


 お好み焼きである。


「アレク呼んできて」

『わかった』


 凛音に天宮城を呼んでくるように頼むと、とてとてと歩いていき、数秒後すぐに戻ってきた。


「すぐ来るって?」

『ソファで寝てたからそのままにしてきた』

「そっか。じゃあこれは一枚とっておこうか」


 アレクの分、と書いた紙を貼ったラップをかけて冷蔵庫にしまった。

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