35ー3 帝国
店の扉を開けたのはやけに袖の長い服を着た少し(?)太った男性だった。
「町中ケルン様とコピシュ様で大騒ぎになっているというのに、この服屋は暢気に営業中か」
「ええ。この店は自宅も兼ねているので盗まれでもしたら我々生きていけませんので留守番が必要なんです。なにをお探しですか?」
軽く睨まれても笑顔で対応する天宮城。
男は天宮城の服を掴んで、
「おい。つい最近人狼族にあっただろう」
「? なにをお聞きになりたいのです?」
「人狼族と会わせろと言っているんだ」
「私では不満ですか?」
帽子をとって見せると男はフンと鼻をならす。
「男の人狼には興味はない。女だ」
「……なぜ、探しておられるのですか?」
「こちらの問題だ」
「そうですか」
そう言って突き放される。勢いで袖が破れてしまったのでその場で服を直す。
「どちらにせよ、お客様にはお伝えすることはございません」
「これでもか?」
じゃらり、と目の前に袋がおかれる。隙間から見えるそれは金貨が大量に入っているのが見えた。
天宮城は笑顔でそれを男性に押し付け、
「誰であれお客様の個人情報は漏らしません。それが私の……商人としての意地でございます。お引き取り願いたい」
「そうか、ならしかたないな」
一瞬で相手の敵意を感じとり、とっさの判断で手に持っていた針形態の神解きを鉄扇に変化させる。
そこに男性の両刃剣がぶつかり、火花が散る。
男性も殺す気は無かったらしく、刃の部分ではなく剣の腹の部分が天宮城に向けられてはいたが当たって無傷では済まないだろう。
「ほう? それなりに気配の察知は得意なようだな」
「ああ、折角徹夜して作った服が……」
今の一瞬で数枚切り裂かれてしまった。その事実にがっくりと肩を落とす天宮城。
「よそ見をしていていいのか?」
「それ以前に場所変えてもらえません? これでは大損害です」
「なに、さっきの金貨をくれてやるさ」
「あれくらいじゃ半分にもなりませんよ。そもそも人件費を大幅に削減しているだけで儲けなんてあまり無いんですから」
天宮城もかなりイラついているようだ。
作るのにあれだけ時間を費やしたのにそれが一瞬でパーになってしまって、キレ始めている。
「……まぁいいだろう。そんなことで本気が出せなかったと後でぶつくさ言われても面倒だ」
「じゃあお店閉めるんで待っててください」
直ぐに全室の窓や鍵を閉め、看板をとる。
ついでに書き置きもしておいた。ここに誰もいないと思わせるためである。
「では行こうか。近くに公園があったはずだ」
「……」
「なんだ、浮かない顔だな」
「お客様のせいで商品ズタボロですからね。あれ全部僕が一枚一枚手作業で作ってるのに……」
それどころかそもそも戦闘員ではない。
「まぁいいではないか」
「よくありません。大損害です。それに僕戦えないのに……」
その呟きを聞いた瞬間、男は顔を傾ける。
「では何故そんな物騒な鉄の塊を持っている?」
「好きでこれ使ってる訳じゃないです。僕本当は後衛なんですよ?」
「では武器を変えればいいだろう」
「人間相手にはちょっと……それに今壊れてて使えないんです」
一番使い慣れているバズーカ形態は未だ砲身がグニャリと変形している。大分戻ってきたほうだがこのまま使うのは無理だ。
不馴れな武器で戦うしかないこの状況をひたすら呪いたい。
いつの間にか広い原っぱに来ていた。
「では始めるか。武器は本当にそれでいいのだな?」
「よくはないけど……何とかします」
「その言葉嫌いじゃないな‼」
上段から降り下ろされた剣を受け止めて滑らせ、軌道を逸らす。昔知り合いに教わった護身術の応用だ。
だが、天宮城が習っているのは護身術と簡単な合気道のみ。要は攻められないのだ。
ずっと剣の軌道を逸らすことのみに専念する天宮城に飽き始めたようで、
「いつまでも突っ立っているだけでは勝てんぞ‼」
「そういわれても攻め方なんて……」
剣の柄の近くを無理矢理神解きで殴って突きを止めさせる。
だがそれほど力の入っていないものなので直ぐに体勢を整えられる。一向に試合が進まない。
「ふざけているのか」
「ふざけてないです。そもそも近接戦闘とか習ったことないのに……」
「では普段どうやっているのだ」
「かなり遠くから遠距離攻撃で。近接戦闘は全部仲間に任せてます」
天宮城も男性も疲れてきた。天宮城は慣れないことをしているのでその消耗が大きいのもある。
「では、人狼の情報を吐いてもらおう」
「それはお断りします」
「ふっ、意地を張るな」
剣閃を逸らした瞬間、突然目の前に土壁が現れた。
「「なっ⁉」」
互いに驚いているのでどっちがやったわけでもないだろう。
「ま、まさか貴様が⁉」
「いや、僕こんな器用にできません」
それ以前にそもそも魔法が使えない。
「こんなところで喧嘩は駄目ですよ!」
少女が近付いてきた。
「あ、ご、ごめんなさい」
反射的に謝る天宮城と、
「なんだ、貴様は?」
かなり上から目線でそう問う男性。
「ここは皆の公園だから確かに訓練に使う人もいますが、貴方が一方的にいじめてるだけではないですか!」
どうやらいじめられていると思ったらしい。
「勝負の邪魔をするな」
「いいえ、します。弱いものいじめは駄目です!」
「弱いものいじめ……」
徐々に落ち込んでいくのが誰なのか少女は気づかないようである。
「そもそも何故こんな時間から乱闘騒ぎになっているのですか。酒ですか」
「こいつが人狼の情報を隠し持っているからな」
「ですから、お客様の個人情報は漏らさないと何度も申し上げておりますよね?」
剣呑な雰囲気の両者。それを見て少女は頭を抱える。
「そういうことですか。事情は理解できました。ですがこんな場所で死人が出るのはいただけません」
「いや、別に殺す気はないんですが」
「殺したら情報が聞き出せねぇだろう」
そういう二人の口元に人差し指を突き立て、
「ならば私が貴方達のお相手を見つけます。私が中立の立場から判定を下しましょう」
「情報が聞き出せるならなんでもいい」
「……それ、僕に勝ち目ないですよね?」
手を出せないので負けるのは確定なのではないだろうか?
「はい。今のままならですが」
「っ!」
見抜かれている。一瞬でそう悟った。
この鉄扇、実は使い方は本来こうではない。今の状態が守りの形なら攻めの形も存在するのだ。
ただ、今まで一度も使ったことはない。
「では、そちらの袖の長いお太りになられているおじさんから」
「ガキ、覚えておけよ……」
直ぐにでも殴りかかりそうな言い方だったが目の前に召喚魔方陣が現れたので直ぐに視線を前にする。
「では、始め!」
中から出てきたのは亀のような魔物だった。