4ー2 あやしい影
「ごめん。大人げなかった……」
「いや、お前まだ子供だから……」
一時間たっぷりと説教した天宮城は協会に着いてから我を取り戻し、気まずそうに謝罪した。
謝罪と言っても天宮城が怒ったことは100%事実なので藤井が言い返せることはなにもないのだが。
「それじゃあまた明日な」
「うん」
微妙な空気に包まれながら別れ、自分の部屋に向かう天宮城。部屋はもう大分前から用意してあったようでここに住ませる気満々だったことがうかがえる。
しかも幼馴染全員の部屋がくっついている形になっているのでプライバシーなんてどこかに飛んでいった空間になっている。
天宮城が部屋を開けると予知夢の能力者、片山梨華とサイコキッカーの上位能力の重力操作の能力者、上田弘人が天宮城の部屋に居た。
「あ、龍一。お帰り」
「なに人の部屋でくつろいでるのさ」
「良いじゃない。ここ中間地点で集まりやすいし」
「どっちかの部屋で集まれよ」
何故か大量の縫いぐるみで埋め尽くされているベッドに座る。
「なんでそんなに縫いぐるみだらけなの?」
「知らんよ。結城達がなんかめっちゃ持ってくるんだよ」
「貰い物断れないタイプだもんね」
天宮城は縫いぐるみをもにゅもにゅと弄くる。
「なんで縫いぐるみなんだろ? 今更だけどさ」
「そりゃ、あれだろ」
「あれね」
「?」
天宮城だけが判っていない。
「ほら、昔皆でお泊まり会良くやってたじゃない」
「やってたね」
「そこで龍一が人の枕を取って離さなかったのよ」
「え……」
「それから龍一には枕をとられないようにって縫いぐるみで」
「え、ちょっと待って。全然覚えてない」
寝惚けてやったことは意外と印象に残るものである。
「もしかして、たまにクマを抱いてたりするのも……?」
「枕とられる前にくまちゃんの縫いぐるみ置いてたのよ」
天宮城の顔が真っ赤になる。
「じゃあ俺は縫いぐるみ抱いて寝てるのか……?」
「今でもそう思われてるんじゃない?」
「なんだとぉ……」
羞恥で真っ赤に染まった顔を縫いぐるみの山に埋める。
「縫いぐるみで隠れてたら説得力ないよ、龍一」
「恥ずかしい……恥ずかしすぎる……!」
いい年した野郎が縫いぐるみ抱いて寝るとか恥ずかしすぎる。とブツブツ言いながら縫いぐるみの山に埋もれていく。
「りゅうー、ってあれ? 何やってんの?」
「聞かないでくれ」
「えっとね」
「梨華姉も悪乗りしなくて良いから!」
過去の自分の行動に羞恥していると買ったばかりの新しいスマートフォンが着信を告げる。
「誰だろ」
ロックを解除すると画面にはデカデカと【小林ひなた】と出ている。
「誰?」
「知らないんだけど。小林って誰」
「知らない人なのに登録してあるの!?」
取り敢えず応答を押し、耳に当てる。
「もしもし、天宮城です」
「天宮城君? やっとこっちで喋れたね!」
「あ、病室の……!」
声を聞いて判った。というか今初めて名前を知った。
「なんで僕の電話番号を……?」
「藤井会長がやってくれたの」
勝手に登録していたらしい。天宮城の縫いぐるみを持っている手に力が入り縫いぐるみがどんどん変形していく。なんて握力だ。
「そ、そうですか」
「迷惑だった……?」
「い、いえ! そんなことはないです」
勝手にやられたことに苛ついているだけなのでその辺りはどうとも思わないらしい。
「今度お礼がしたいんだけど、いいかな?」
「お礼なんて……。これは仕事ですし」
「夢の中でお菓子もいっぱいくれたじゃない。私からもなにか返さないと気がすまないの」
「そういうものでしょうか……?」
「そういうものなの。で、空いてる日ある?」
その後も幾らかやり取りをして通話を切った。
「ねぇねぇ、梨華姉。りゅうったら水野さんとデートしたばかりなのにもう二股かけるつもりなんだって」
「それは駄目よね」
「二股とか人間の屑のすることだ」
「二股じゃないから! っていうか水野さんとも付き合ってもないから!」
幼馴染にはとことん弄られキャラの天宮城だった。
「いらっしゃいませ」
「龍一君、一昨日熱が出たって聞いたけど」
「もう大丈夫ですよ。お騒がせしました」
「良かった」
次の日、コンビニでバイト中の天宮城にいつものように入ってきた水野がバイトを休んだ理由を店長から聞いたらしく、そう話しかけてきた。
「それから、少しお願いがあるんだけど」
「お願いですか?」
因にだがコンビニでバイト中では客と店員関係なので敬語である。
「前にお使い様は動物でその人の性格がわかるって言ってたよね?」
「ええ。大体ですが」
「教えてもらえないかな? 何の動物が何の性格なのか」
「構いませんけど……。どうして急に?」
「宝の持腐れも嫌じゃない」
「ふふ。成る程。ではまた今度大雑把に一覧にしたものをお渡しします」
「いいの?」
「はい。僕が撒いた種ですしね……」
どこか遠い目をしながらそう言う天宮城。色々と気にしているようだ。
「あ、それで。ウミウシって何?」
「ウミウシ……。柔軟ですね。そのまんまですが」
「考え方が柔軟ってこと?」
「はい。体も、かもしれませんけど」
その辺は人各々ですので、と付け加える。
「じゃあ琥珀ちゃんは?」
それまでその辺をパタパタと飛んでいた琥珀が、ん? と首をかしげる。
「琥珀はホワイトドラゴン……空想上の動物ですけど。ホワイトドラゴンは強者……だったと」
どうなんでしょうね、と言いながら傍らの相棒を見る天宮城。
「凄いのね」
「いえ、琥珀は好きな形になるので曖昧なんですけどね」
「そういえば空想上の動物をお使い様にしている人、龍一君しか見たことないかも」
「珍しいんでしょうか?」
琥珀が大きく欠伸をしてゴロンと寝そべる。
「………これが強者に見えますか?」
「ごめん。見えないわね」
「捌かれて煮込まれてる方がお似合いな体つきしてますもんね」
琥珀は鶏肉か何かか。
「そういえば、バイト辞めるんだって?」
「はい。後2日で」
「仕事があるから?」
「そんなところですね。水野さんも暇ができたら是非いらしてください」
部屋に、なのか、協会に、なのかいまいち不明である。
「ふぁ……」
「珍しいな。夜更かししたのか?」
「そんなとこかな……」
「何時に寝た?」
「11時?」
「健康的な生活で何よりだね」
今時の高校生は毎日余裕で午前2時まで起きていたりするのだから天宮城はかなり健康的な方である。
「晋也は?」
「昨日は早く寝たから12時30分かな」
「ないわー。不健康だわー」
「皆そんなもんだろ」
「そうだけどさ」
机に座って教科書やノートを机の中に入れようとすると、何か違和感に気付き、机をまさぐる。
バサバサと何枚も手紙が落下した。
「「………」」
一瞬言葉を失う天宮城と柏木。
「わぁ……死ね」
「酷い」
全部ラブレター。しかも、
「靴箱にも何枚か入ってたんだよね……。今日記録更新するかもしれない」
「死ね! リア充なんて滅せれば良い!」
「充実……してるのか、俺は」
天宮城が意識していないのが余計に。
「俺は誰とも付き合う気ないのに……」
「けっ」
「晋也……」
完全にいじけた柏木を放っておいて宛名を見る天宮城。
「やっぱり靴箱は下級生、机の中は同級生……。ま、当たり前か」
「当たり前とか言ってやがるこいつ!」
入れる場所の話なのだが、妙に深読みして自分で自分を追い詰めていく柏木。
「晋也、落ち着け」
「お前には言われたくねぇ!」
怒っていることの元凶に宥められるほど悲しいものはない。
「あれ……? これ名前がない」
「書き忘れたんじゃない?」
「わっ! 咲か……」
「相変わらずのモテモテぶりですなぁー」
にやにやしながら天宮城の机のラブレターを見る。その内の一枚を拾い上げ、
「あ、これ私の後輩だ」
「え、そうなの?」
「まさか龍一の毒牙に掛かっていたなんて………!」
「俺はなにもしてないから!」
天宮城はため息をつきながら封筒を開ける。真っ白な封筒の中に青い便箋と白い便箋が入っていた。
「……?」
取り敢えず白い方を見る。なにもかかれていない。
「なんも書いてない。なんだこれ」
首をかしげながらもう一枚の青い便箋を取り出す。
【怪盗からは逃げられない】
大きい便箋のど真ん中にそれだけ書かれていた。
(学校に忍び込むなんて楽勝だとでも言いたいのか……?)
知らず、冷や汗が頬を撫でる。心臓が早鐘を打ち、息が早く、荒くなる。
「龍一? ちょっと大丈夫?」
「え、ああ……」
「汗凄いよ?」
「なんでもない。ちょっと嫌なこと思い出しちゃって」
「嫌なこと?」
「何年か前に雪に埋もれかけて死ぬかと思ったって話」
「予想の斜め上だった」
青い便箋は皆に見えないようにグシャ、と握りこんでポケットに突っ込んだ。
「そろそろ先生来るよ」
「あ、ヤバイ。まだ荷物も出してない」
慌ただしく席に戻っていくのを見ながら軽く深呼吸をする。
(俺の約束を守るって一応言ってたし、束の間ではあるけど安心できる、かな? 少なくとも皆は襲われないみたいだし、大丈夫だと思うけど……)
ほんの少し寒気を感じて掌に息を吹き掛けた。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは、龍一くん」
「こんばんは。あ、昨日言ってた一覧、完成しましたよ」
「早いわね。急がなくても良いのに」
「いえいえ。早めに終わらせないと気が済まなくて。はい」
少し奥に入っていって細かく文字が大量に打ち込まれた一覧表のようなものを持ってくる。
「凄いよ、こんなものを昨日の内に!?」
「タイピングはそれなりに出来ますので、後は知識ですね」
「こんなものもらって良いの?」
「はい。水野さんの為に作ったんですから、貰ってもらわないとその内廃棄処分になるので」
「じゃあありがたく貰っておくね」
夜中にやっていたのはこれだったのだ。
「結構抜けているかもしれませんが、使ってくれると嬉しいです」
「もちろん使うわよ」
弁当を選びながら雑談をする二人。
「明日でバイトも終わりですから、なんか感慨深いです」
「そうだよね。私ここで龍一くんと会えたんだもんね」
「初めてお話したときは、確か雨が凄かった日ですよね」
「そうそう! 傘が売り切れちゃって予備を貸してくれたんだよね」
「そうでしたね」
適当な話をしながら商品を整えていく天宮城。手つきは完全にプロだ。
「水野さん。ひとつお聞きしたいんですが」
「何?」
「もし僕が明日殺されるって知ったらどう思いますか?」
「え!?」
「あ、いえ。もしもの話ですよ?」
「な、なんだぁ……ビックリした」
一瞬ぎょっとした水野に天宮城が慌ててそう言う。
「そうだなぁ……助けに行くよ?」
「そうですか……。言ってはなんですが僕達は赤の他人ですよ? 僕を助けに来るために殺される可能性だってかなりの確率であるじゃないですか」
「そうだけど、私の知らないところで龍一君がいなくなるのは嫌だなぁ」
ポツリと独り言のように言った水野を暫く無言で見詰める天宮城。
「もし、ですよ。本当にそうなった場合。僕のところには絶対に来ないでください」
「え?」
「僕の力は極めて不安定です。ほんの少しの感情の起伏で爆発してしまう。しかも自分じゃ止められないってのがたち悪いんです」
「それは……聞いたけど」
「水野さんは非戦闘系。しかも波長が合ってしまうから能力の余波だけで殺してしまうかもしれない。もし僕が捕まったら高確率で暴走します。だから、絶対に来ないでください」
天宮城の目は本気だった。勿論、琥珀も同様だった。
水野は嘘だよね、と心の中で繰り返す。
「それは、仮定の話でしょ?」
「仮定です。ですが、十分あり得ることなんですよ。これまでにも5度ほど殺されかけてます。その度に暴走して………地形を変えてしまったことさえあります」
「夢で地形を変えれるの?」
「暴走状態ですから、波長の乱れで周囲を潰せる。それほどの力を未だに制御出来ないのも問題ですが」
胸の辺りを忌々しげに見つめ、目を伏せる。
「………約束していただけませんか? 僕に何があっても関与しないことを」
「それでも、盾くらいには……!」
「水野さんじゃ……盾にも、なれませんよ」
「………っ!」
一番痛いところを突かれ、何も言えない水野。しかし、琥珀のしょんぼりしている態度を見て、天宮城の方が辛いと気付き、わざと明るく振る舞う。
「そ、そっか! そうだよね。うん。私が行っても足手まといだもんね」
「………」
「うん。いいよ。私は君を助けに行くなんてことはしないから」
「すみません、自分勝手で……」
「いいのいいの。判るから」
水野は直ぐに弁当を買って出ていった。天宮城は俯いたまま、小さくため息をついて琥珀を弄るように優しく触る動作をした。
「あー! 面倒臭い!」
「晋也。手が止まってるぞ」
「疲れたんだからいいだろ! なんで金曜の六時間目にこんなことしなきゃいけないんだよ!」
「俺に聞くなよ。先生に聞いてみたら?」
「言えねぇよ!」
柏木はパソコンを前にして頭を抱えていた。
「そもそも! タイピングそんなに得意じゃないのになんでこれなんだよ!」
「くじで負けた自分を恨むんだな。はい、次の資料」
「のぉぉぉお………」
今は授業中なのだが、コンピューター室にいるのは二人だけなので盛大に喋っている。
「なんでこんなことを授業でやるんだよ!」
「俺に言われても困る。はい、次の資料」
彼らがやっているのは、自由研究に近い、ある一つの事を調べて文章に起こし、レポートとして提出する事だ。
天宮城のグループでは班分けをして各々が調べものをして誰か一人が文章に起こす、というものだ。
皆文に起こすのをやりたがらないのでくじを使った結果、撃沈したのが柏木だった。
「全然わかんねぇ。龍一。代わってくれ」
「残念。しめ切ってます」
「何が!?」
天宮城は資料集めなのでめぼしい資料をインターネットから引っ張ってきてコピー、それを資料として柏木に手渡している。
「っていうかなんでそんなに手際いいんだよ」
「慣れたんだよ」
「え? なんて?」
「なんでもない。はい、次の資料」
「早いわ!」
天宮城のタイピング音はカタカタというのも生易しい、ズジャァァァ、という音が断続的に続く。
「よく間違えないよな」
「たまに間違えるよ? たまに」
「数百回に一回くらいだろ?」
「そんなとこだけど」
「やっぱ代われ!」
「やだねー。恨むんなら自分のくじ運恨みな」
軽快におちょくりながらそう言う天宮城。話している間にも手は動き続けている。頭がこんがらがりそうだが。