「随分と人間離れしてんな」
「久し振りに死んだな……」
「ん。勝ったぞ」
血の痕も一切なくなったジャラルが立ち上がる。
「寸止めで良かったんじゃない?あそこまで綺麗に切らなくても」
「だって兄さんだったら切ってたし、寸止めじゃまた戦闘再開になりそうだったから」
「そうかもしれないけどさ」
怖すぎる会話を真顔でする二人。白亜の目は、最近死人から滅茶苦茶やる気無い人にランクアップした。
だから以前よりかは柔らかい目付きになっている。恐らく。
「ふふ。弟子が師匠を追い越すってやっぱり良いもんだね」
「どういうことだ?」
「僕もなんだか訓練する気になったって話だよ。次は負けないからね」
「ふっ。今回は偶然も重なったから次も勝てるか心配だが。またここに来たらやろう。兄さん」
こつん、と拳をあわせる二人。顔付きは違えど同じ顔をしていた。晴れ晴れとした笑顔だった。
「最後に。君の体はまだ麻痺が抜けきってない。数日で抜けるだろうけど激しい運動は駄目だよ」
「ああ。判った。色々助かった。ありがとう」
「ふふ。僕も良い弟子を持てて光栄だよ。また遊ぼうね」
「ん」
白亜の意識が遠のいた。白亜はこれからの事を考えると同時に、ここでの生活は楽しかったと心から思っていたことに苦笑した。
「ん……ぁ」
白亜の意識が急速に覚醒していく。久し振りだからだろうか、寝起きが非常に良いようだ。
首を動かそうとして痺れを感じ、目だけを動かして周囲を見る。
小さい部屋で、白亜が寝ているベットと小さな机があるだけの所である。時計もないので時間も判らないな、と考えながら適当に周囲を観察する。
カチャ、と音をたてて扉が開く。サラが桶をもって部屋に入ってきた。白亜は呼吸でサラだと気づき、ちょっとした悪戯心で寝ている振りをする。
白亜が悪戯心を持っていることが少々不思議でならないが、ジャラルの性格にかなり似てきているので。
「よっと……」
サラは白亜が起きていることに気付かずにいつも通り布を絞って白亜の横に置こうとする。ここらで良いか、と目を開けた白亜とバッチリ目が合う。
「キャアアア!」
「………う」
パニックに陥ったサラが白亜に盛大にお湯をぶっかけた。自業自得である。
「え?え?……起きたの?」
「サラ……開口一番に悲鳴は酷いだろ……」
ビショビショになった白亜が独り言のように呟く。長らく喉を使っていなかったせいか、声が嗄れた。
「嘘……!」
「起きちゃ悪かったか」
「ハクアァァァアアァァ!」
「ぅぶ!ちょ、息が。息が出来な」
サラが白亜に泣きながら抱き付いた。顔に抱き付いたので気道が塞がれ、若干白亜が焦った。
「落ち着いたか」
「うん……。本当に良かった」
サラは数十分泣き続けてようやく落ち着いた。
「起きなかったらどうしようって、怖くて怖くて」
「まぁ、それは、すまん」
「まだ、起きれない?」
「麻痺が残っててな……数日は掛かりそう」
「そっか。でも大丈夫なんだね」
「ああ。もう大丈夫だ」
すると、
『マスター。やっとですか』
「シアン。すまなかったな」
『すまなかったじゃないですよ。連絡回路は切れるし魔力が無くなっていくしで本当に大変でしたよ』
「申し訳ない」
『まぁ、無事だったのでよしとしましょう』
「ふふ。ありがと」
「ハクアが笑ったぁ!?」
盛大に驚いている人が一人居る。
「っていうかハクアなんか雰囲気大分変わったよね」
「そうか?毒されただけかもしれないけどな」
「誰に?」
「それはおいおい話そう。………聞いてるんだろ、後ろのやつ」
白亜の目付きが少し変わった。扉の方をじっと見る。
「まさか私が見つかるとはな……」
ビートが出てきた。その異様な体に白亜の目が一瞬細くなる。
「随分と人間離れしてんな」
「礼儀がなってないようだ。今どういう状況か判ってるか?」
「判ってるさ。ただ、麻痺が残ってても戦う手段など幾らでもある。こっちもいつでも手を出せるのを忘れない方がいいぞ」
「キシシシ。怖いな。良いだろう。ハクア・テル・リドアル・ノヴァ。私に従え」
「誰が人攫いなんかに従うか」
かなり好戦的な白亜の態度にサラは少し驚く。いつもならなるべく穏便にすまそうとするのだが。と考えているようだ。
「無理にでも従わせる」
「どうせサラを人質に取るんだろ」
「ごもっとも。しかし今ならハクア。君に勝てる」
「何を馬鹿なことを。確かにそうかもな。けど、俺も一年ただ寝てた訳じゃない」
ジャラルと鍛え、普通の人間の何十倍も何百倍も増えた魔力を解放する。なにもしていないただそれだけで部屋が軋み、壁に大きくヒビが入る。
「っ!なんだ、この魔力は……!」
「いっただろ。一年間、鍛え続けた結果だ。勿論体は伴ってないから動かないが、戦い方なら十分学んだ」
サラに重圧がいかないように調節しながら放出する魔力を増やしていく。
「くっ!起動!」
「なっ―――!?」
ビートが叫ぶようにそう言うと白亜の居るベットの下から魔力を封じる鎖が飛び出てきて白亜の首に巻き付く。
「体が……痺れて、くっ―――!」
「ハクア!?ビート!やり過ぎよ!」
「そうは言われてもな。正直こうでもしなければこいつは押さえられない」
白亜は鎖を引き千切ろうと力を込めるが、麻痺で殆んど動けない上に魔力も使えないため全く効果がない。
「ぅ……!」
「苦しそうよ!やめてあげて!」
「自業自得だ。これでこいつを捕らえられる」
ビートは何かを懐から出す。どす黒い液体の入った注射器だった。
「……!それ」
「安心しろ。死にはしない」
「やめて!本当にどんな副作用があるのか判んないんでしょ!?」
「黙れ」
「っ!!」
サラの首についているゴーレムが命令に従いサラの首を絞める。
「や……め」
「キシシシ。良い実験材料になりそうだ」
薄れる意識のなか、サラが最後に見たのは白亜の首に注射器を刺すビートの姿だった。
「ハクア!」
サラが目を覚ますと魔力を封じる鎖で磔状態になっている白亜がぼんやりとどこかを見ていた。意識がはっきりしていないようできょろきょろと目だけで辺りを見渡す。
「ハクア!大丈夫!?大丈夫なの!?」
白亜はサラの方を見る。口を開いて動かすが、全く声が出ていない。口の動きから大丈夫、と言っているようだ。
「今すぐそこから―――」
「サラ。それは無理な話だ。彼奴は麻痺で体が動かない上魔力も封じている。それに、喉が使えないようだ」
「喉が……?」
「二度と声は出ないだろう。あの薬の副作用だな」
「ふざけないで!治してよ!」
「治せない。そういう薬をボスは使ってしまった」
後にいたリーフに掴みかかるサラ。
「本当に、ハクアは……」
「十中八九ボスはやるだろうな。その準備でもあるし」
「なんで」
「そういうお方だ」
涙の溜まった目でハクアを見るサラ。するとビートがどこからか現れて白亜の前に来る。
「先程はどうも。殺されるかと思い先に奥の手を打たせてもらった」
「―――――」
「声が出ないようだな。好都合だ」
ビートがニヤリと笑い、白亜に向かって手を出す。
「命令だ。動くな」
「―――!」
ピクピクと動いていた指先がまるで時間を止めたかのように固まった。
「ちゃんと効いているな。こっちに移動させる。絶対に抵抗するな。命令だ」
「―――!――!」
苦しそうな顔をする白亜の鎖が一瞬で解かれ、白亜の体は動けるようになったはずなのだが、白亜は全く動かない。
これが、あの薬の効果。あの薬は奴隷印の数十倍の拘束力を持っているもので、重罪を犯した犯罪者に使われるものだ。
拘束力は抜群なのだが、登録した一人の命令しか聞かずなにかしらの副作用がでる。
「キシシシ。大人しくしろ」
「!」
全く動かない白亜を持ち上げて別の部屋へ移動するビート。震えているサラと何事も無かったように立っているリーフがその場に残されるが、誰も追おうとはしなかった。追えなかった。