「私よりも大きいじゃない!」
「ゥグッ―――」
「力を使わずに!使うとそれになれて力に頼りきるようになるよ!」
ジャラルの指導は白亜の訓練以上にキツいものだった。しかも、白亜は手も足もでない状態である。
白亜のスピードは本当に速い。レイゴットも白亜のスピードには敵わないから実質世界最速だろう。しかし、流石は神と言うべきか、ジャラルの速さは白亜の更にその上をいく。
「はっ!」
「おお、その動きはいいね。でも遅いよ」
「くっ―――!」
白亜は初めて手も足もでない状況というのを理解した。確実に手加減されている感覚、得意の魔法も剣術も全く通じない。一瞬入ったと思ってもそれは直ぐにいなされる。
敗北感を存分に感じながら、白亜は喜んでいた。
(戦闘が楽しいとか……レイゴットに毒されたかな)
白亜にとって戦闘とは生き延びるための所謂延命措置でしかない。その日その日を遣り繰りしていくために見つけた方法でしかなかった。
それが、圧倒的強者を前にして戦闘が楽しいと高揚感を覚えるようになった。
白亜は、今まであまり自分よりも格段に強い相手というものが無かった。レイゴットはほぼ同じ強さなので格段に、というわけではない。
前世の方では、最後死んだときは消耗戦の末に、という結果だったため、強者の位置から降りたことがなかった。
それが今、自分は足元にも及ばないと思える相手ができて、自分の立ち位置を一歩後ろから観察できるようになっていた。
「ふっ」
白亜はゲーム感覚でやっているわけではない。死の恐ろしさも自分が死んだことがあるため人一倍知っている。だからこそ楽しむ余裕など全く無かったのだが。
この人にいつ勝てるのだろう。とその時が訪れるのを待ちわびている。
「けほっ」
「はい。君の負け」
白亜は首を掴まれ、捻られる。そのまま崩れ落ちた。確実に殺しに来ているが、精神世界では体がないので死ぬことはない。痛いものは痛いが。
数秒して白亜が復活した。首の位置が納得いかないのかしきりに頭を動かしている。
「もう一本いく?」
「いく」
こきこきと関節をならしながらジャラルに飛び込んでいく白亜。その顔は少し嬉しそうだった。
血だらけになりながら地面に倒れる白亜。
「少しは成長してるんだね……僕の腕が傷付いてるし」
「成長するために訓練やってるんだろうが……」
「ふふ。ごもっとも。お風呂入る?」
「もう少し後で……今入ったら最悪な事になる」
傷口に滲みるどころではないだろう。くっつきかけた傷が開く。
「ふふ。そうだね。じゃあ僕先に入ってくるねー」
「はぁ、はぁ……」
荒い息を吐きながら天井を見上げる白亜。血溜まりや傷が逆再生のように戻ってなくなっていく。
「ふぅ……便利だよな、これ」
手を握ったり開いたりして状態を確かめる白亜。この世界では汚れる事は絶対にないのだが気持ちがいいからという理由で風呂に入っている。
精神体で実体はないのに。
「皆……大丈夫かな。特にサラ」
白亜の体の魔方陣はもし解明されると悪用なんて簡単にできるので今は肌の色と見分けがつかないようになっている。それは実は大分前に開発していた隠蔽魔法だ。
白亜の意識が体にない今はシアンが隠してくれている筈だ、と思いながら、
「ジュード達には悪いことしたなぁ……」
自分を見つけただろうに、いつの間にか別のところに移動しているのである。可哀想、というか不憫だ。
「ま、なるようになるか」
やはり白亜は適当だった。
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「体を……拭く?」
「回復魔法や浄化魔法だけではやはり汗は防げませんから、体を拭くのは大切ですよぉ?」
「私がやるの?ハクアの体を拭くの?」
「俺っちがやりましょうかぁ?」
「私がやるわ」
お湯の入った桶とタオルをもって部屋に入っていくサラ。
「ハクアは女、ハクアは女、ハクアは女……」
呪文のようにぶつぶつと呟きながら白亜に近付いていく。若干ホラーだ。
「そう言えばハクアの服脱いだ所見たことない……」
タオルを絞って白亜の横に置いて服を脱がせる。完全に脱がしてしまうと消えてしまうので体の一部分が触れさせながら。
「なにこれ。どうやればいいのよ……」
袴がどうなっているのか理解できていないらしい。試行錯誤しながらなんとか前開きの状態にすることができた。
「かなり強く巻かれてるわねこの布……」
サラシをとっていき、息を飲んだ。
「私よりも大きいじゃない!」
心からの叫びだった。
「大きすぎるでしょ。ハクアがこれとか。おかしいでしょ」
ぶつぶつと再び独り言を言う。今度は白亜を妬み始めた。
「なによ。どうせ私はまな板ですよ。絶壁ですよ」
心の闇が垣間見えてしまったが。なんとか拭き終わり白亜の袴を着せることにまた苦戦しなんとか着せ終わったときには部屋に入ってからすでに二時間ほど経過していた。
サラは疲れでため息をつきながら白亜を見る。
全く動く気配がない。息も機械的で本当に生きているのかさえ不安になる。手をよく見ると傷だらけで豆が潰れた痕が幾つも残っている。
手だけではない。大きく目立つものがないだけで顔や首もと等、細かい傷が沢山見える。
ピクリとも動かない白亜の手を持ち、サラは回復魔法を使う。少し寝息の音が楽になったように感じた。
「ハクア……ごめんね……」
白亜の冷えきった手を自らの手で暖めながら、そう呟いた。
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レイゴットとラグァ、スピンは魔族の国を出てある場所に向かっていた。
スピンは下半身を幻覚魔法で人間の足に見えるようにしていた。レイゴットとラグァも同様だ。
「それにしても大胆すぎませんか?」
「大胆位が丁度いいでしょ。時間もそんなにないみたいだし」
「………」
レイゴット達は現在、人間国の王都に来ていた。
「それにしても本当にばれないのですな……」
「ハクア君みたいに上手く出来ないから見破られる可能性もあるから。一応隠してね」
三人は真っ直ぐ王城に向かっていく。今から、国王に会いに行くのだ。
「ハクアの弟子探す?」
「そうだよ。敵陣に入り込んで交渉っていうのは怖いね」
「レイゴット様がそれを仰いますか……」
裏門に向かう三人。白亜からよく正門だと手続きが面倒になると言う話を聞いていたからだ。
「何者だ?見かけない面だな。国王様に何か用事か?」
「そうなんですよ。正確には第二王子様に会いに来たんですけどね」
「そうか。身分証明は」
「いえ、会いに来たっていうのは語弊がありますね。言伝てです」
「……?私でいいのか」
「はい。ただ、情報が漏れるのは正直困るので此方で」
「受け取った。魔法使用の痕跡が見つからなければ第二王子様に渡そう。痕跡があればどんな理由であれ燃やすぞ」
「大丈夫です。お願いします」
一通りそんな会話をして王城から離れていくレイゴットにラグァとスピンも続く。
「レイゴット様。あれは一体?」
「ハクア君の事を知りたければ来てって書いた紙だよ」
「それで来るの?」
「わかんないねー。でも来ると思うよ?ハクア君の言ってた通りの人なら、ね」
白亜から預かっている金で串焼きを3本買い、適当にぶらつくと見せかけながら町の外へ歩いていく。
「転移ってやっぱり羨ましいなぁ………」
等と呟きながら。




