「君、僕の弟子にならない?」
「どうにかならないのか」
「無理かな。君の体の問題だし」
「…………!サラは!?スピンは!?」
「人魚の子とアラクネの子だね?無事だよ。ただ、人魚の子の方は連れてこられちゃってるけどね」
「な……?なんで」
「君が動かざるをえない状況を作るため、だと思うよ」
白亜はその場に座り込む。相当気が滅入ってしまっているようだ。
「サラ……どうすれば」
「僕の方から手を出さないように言ってあげるよ。君が起きたらどうなるかは僕には判らないけど」
「頼む。俺ならどうなっても構わない」
「……本気?」
「本気に決まってるだろ」
「そっか。まぁ、今の君は全身痺れて全く動けないか弱い女の子だからね。君にも手出しはされないと思うよ」
ジャラルは少し目を瞑り、ぶつぶつと何かを唱えている。
「よし、これで大丈夫な筈だよ」
「そうか。有り難う、兄さん」
「ふふ。怒ってないのかい?」
「何が」
「君を拐ってきてって言った人の中には僕も居たんだよ」
「拐われ慣れてる。問題ない。……心配なのはサラとジュード達だな。ジュード達は多分俺がどこにいるか突き止めてると思う」
「判るのかい?」
「勘だ。多分当たってるけどな」
白亜は暫く黙った。するとジャラルが突然話し出す。
「君、僕の弟子にならない?」
「………は?」
突然の申し出に固まる白亜。
「君を拐ってきてなんだけど、これを伝えるためだったんだ」
「いや、俺動けないんだろ?」
「ここで修行するんだよ」
「え、でも体は伴わないんだろ?修行の意味はあるのか?」
「あるよ。魔法も覚えられるし、ここで鍛えることによって魔力総量も上がる」
白亜はジャラルを見る。目は死んでいるが、ジャラルの意図を探ろうとしているのだろう。目は死んでいるが。
「ふふ。別に断っても良いよ?眠り続けている一年間をどう過ごすかは君次第だ」
「……そうだな。頼む」
「良いのかい?」
「どうせ動けないんだろ?なら動けないなりにやれることだってある筈だ。それに、俺はあっちを見れないしな」
「人魚の子を間接的に見守ろうってことだね?ふふ。良い心がけだよ」
白亜は一瞬言おうか迷ってから、
「シアンの声がしないんだが、シアンはどうなってる?」
「ああ、君の能力かい?能力は流石にここに入れない。インテリジェンス・ウェポンも同様だ」
「……そうか。俺が起きたら人格が無くなってましたとかないよな?」
「それはないよ。起きたら眠ったときのまんまだ。あ、背とか髪とかは伸びるけどね」
白亜はジャラルをキッと見据える。
「これから頼む。兄さん」
「ふふ。しごいてあげるから覚悟するんだよ」
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「この子は、どうやら一年間眠ったままになるみたいですねぇ」
「どうして!?」
「ヒチツクリが合わなかったのでしょう。まさか本当にここまでの副作用が出るなんて……」
キッドも流石に予想していなかったので若干声色がしょんぼりしている。ショックを受けたのは勿論サラだが。
「ハクアはどうなるのよ!」
「回復魔法を毎日一回掛ければ問題ない筈ですねぇ。貴女に手を出すなとも言われていますし、この子も流石にこの状態では……」
「じゃあ今は大丈夫なのね?」
「一年は問題なく」
「そう。私が回復魔法を掛けるわ」
「使えるのですかぁ。将来有望ですねぇ」
回復魔法は稀少な魔法と言われている。絶対に属性さえあえば使える属性魔法とは違い、素質が無いと使えない。
因みに教えたのは白亜だ。
「くふふ。ここの長にあっていただきますよぉ。俺っちの雇い主でもあるんですけどね」
「……判ったわ」
白亜を小部屋に寝かせてキッドの雇い主に会いに行く事になった。車イスはキッドが押している。
「それにしてもこの椅子画期的ですねぇ。素材もどうやらクリスタルではなさそうですし」
「渡さないわよ」
「くふふ!判ってますよぉ」
やけに長い廊下を進んでいく。曲がる場所が多く、よく迷わないものだと感心する。
「キッドですぅ。連れて参りましたぁ」
「……入れ」
無駄に大きい戸をノックすると、少し間を置いて中から声が聞こえてきた。
「失礼しますぅ」
「……?人魚か?子供はどうした」
「全く毒物が効かなくてヒチツクリ使ったら起きなくなっちゃったんですよぉ」
「神託では時間はどれ程かかると?」
「一年って仰っていましたぁ」
「一年か。まぁいい。許容範囲だ」
本棚が大量に並ぶ部屋の奥から聞こえる声とキッドが会話する。向こうからサラは見えているようだがサラは姿を見ることが出来ていない。
「人魚か……」
カツカツと靴の音をたてて声の主が見える。
「………!」
「少々私の体は刺激的だったか」
「なんなの……あなた」
「さぁな。私が知りたいな」
右腕が金属、左腕は熊と思われる獣の腕、顔は人間で下半身は馬、背からは蝙蝠のような羽根が生えている。
ケンタウロスに蝙蝠の羽と、腕を金属と熊に変更した。それが一番正しいだろう。まさに異常。人間のキメラだ。
サラはゾッとして、車イスを強く握りしめる。
「キシシシ。まぁよい。もてなそう。こい」
正直行きたくないサラだったが今車イスを動かしているのはキッドである。本棚の道を進むと少し開けた空間に出る。
雇い主らしい人がお茶を注いでいた。
「それぐらい俺っちがやりますよぉ」
「お前に任せるとカップが幾つあっても足りん。飲むと良い」
良い香りのするカップがサラの前に出される。白亜がたまに淹れてくれるラベンダーティーの匂いがした。ここで飲まないのも危険な香りがするので意を決して口をつけ、ほんの少し口に含む。
「あ……おいしい……」
「キシシシ。良い茶葉を仕入れているからな」
カツカツと足音をたてながらサラの正面に移動していく。
「む……自己紹介もまだだったな。これは失敬。私はここを纏めているビートだ。ボスと呼んでくれ」
「ここはなんなの?どうしてハクアを拐うの?」
「キシシシ。まぁ待て。順番に答えてやるさ。先ず、ここは人体移植研究所だ。表向きは汎用武器の製造販売所だ」
「キメラの研究所ってこと?」
「そうさ。私を見ろ。こんなことになるのさ」
「おぞましいことこの上ないわね」
「キシシシ!正直な娘だ」
キッドは棚の方へ歩いていく。
「ああ、そこにクッキーがある。折角だから食べようか。……私は強くなる。強くなければならん」
「意味が判らないわ。その為にそんな体にまでなって……何が良いの?」
「キシシシ。君には判らんさ。次の質問に答えよう。あの子供を拐った理由だが、見当くらいはついているのではないか?」
「ハクアが特別だから?」
「それもある。それ以上に私は体に興味を持っている」
「………!」
キッドが棚から持ってきたクッキーを摘みながらそう言うビート。サラはその一言で理解した。
「ハクアで人体実験でもするつもり?」
「そのつもりだ」
「なんでよ!どうしてハクアなの!?自分達でやれば良いじゃない!」
「実験に犠牲はつきものだ」
「その犠牲がハクアだって言うの!?おかしいじゃない!ふざけないで!」
「ふざけてなど居ない。こちらは真剣だ。研究を完成させるためには必要不可欠なのだ」
「あり得ない!何がしたいの!人の命を弄んで、何が―――」
一瞬でサラの目の前に移動し、首にナイフを突き立てて来る。
「君は綺麗な世界に生きている。私の世界を知らぬからだ。知らぬからそんな戯れ言が口から出る」
「―――っ!」
「ああ、安心しろ。殺す気はない。私を支援してくださるジャラル様も君に手を出すなと仰っているようだからな」
サラは金属の腕で拘束される。その時に見たビートの目を、
(ハクアと同じ目だ……)
直感的に判った。白亜と同じ、絶望し、全てを捨ててでも自分を保とうとしている人だ。と感じた。
「ハクアと同じね」
「何が……」
「ハクアは小さい頃に何もかも失くした。それを取り返せもしないのに、もう二度と会えないのに復讐の為に自分の寿命まで大幅に削って。まるで目を瞑ったまま暗闇を怖がってるみたい」
「……?」
サラは手に魔力を流して一時的に強化し、逆にビートを後方に投げる。これを教えたのも勿論白亜だ。
「なんで目を開けないの?なんで人を受け入れないの?私、正直ハクアの昔を聞いてゾッとした。私だったら、自分を保てなかったと思う」
投げられたことにショックを受けたのか、サラの言っていることに衝撃を受けているのかわからないが、ビートは倒れこんだままサラの方を見て固まっている。
「怖いのに、悲しいのに、頼れる人も物もない。あるのは、恐怖と復讐心だけ。そんな状況になれば、皆ああなっちゃうのかな。だから私はハクアと一緒にいる。ハクアが自分を保てなくなったとき止められるように強くなる」
思い出すようにひとつひとつの言葉を噛み締めながら話していく。
「だから私は貴方には従わない。ハクアが自分を信じれるまで私が付いてないといけないんだ。ハクアは今、皆に慕われてる。それでも過去は消えない。その過去と向き合って自分を信じれるようにならないといけないの。自分の力でね」
サラは一呼吸置く。
「自分の力じゃなく人の力を頼ってちゃ駄目なんだよ。ハクアはその一線は絶対に越えなかった。貴方はハクアと同じギリギリの状態。いつ落ちてもおかしくない綱渡り。そこにハクアを巻き込まないで」
ビートに向かって言い捨てるように言う。
「貴方と私達は関係ない。特にハクアは強すぎる力のせいで色んな所から狙われてる。これ以上ハクアを追い詰めないで」
そう言って扉の方に進んでいった。キッドはビートの様子を気にしながらもサラの後に続いて出ていった。
ビートは暫くそこから動けなかった。




