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「ビクティム、か?」

「これに乗るの……?」

「そうですよぉ。落ちないように気を付けて」


 そこに居たのは、みるからにおぞましい生き物だった。背に羽根は付いているが無理矢理くっつけた感じが凄い。それに、様々な魔物を無理矢理縫い合わせたような体。


 合成獣……キメラ。


 それが透明になって目の前にいる。


 先程まではハッキリと視認できたのだが、光魔法で見えないように出来るらしい。


「くふふふ。いきますよぉ」


 キメラが三人を乗せて飛び立った。海面に向かって。


「ちょっと、ハクアはここから出られないのよ?」

「それは問題ないですぅ。ほら」


 外れない筈のブレスレットがいとも簡単に外されてしまっていた。この人は想像以上にヤバイかも知れない。そう思い、サラは白亜の手を話さないように確りと握った。


 白亜の手は冷えきって氷のようだった。









「着いたよぉ」


 いつの間にか眠ってしまっていたサラは寝惚けた状態でぼんやりと先ほどの事は夢であったのではと考える。


 しかし周囲を見れば先程までの事は夢などでは無かったと断言できる。


「地上……?」

「ああ、人魚は外に出ないんだよねぇ?地上だよぉ。今は夜だから見えにくいけどねぇ。上を見てごらん」


 サラは言われた通りに上を見上げる。


「ぅわぁ!」


 どんよりと曇ってはいたが、無数の蛍が飛び交っている。白亜の書いていた夜の絵と同じ、いや、それ以上だとサラは感じた。


 それと、周囲が暑かった。魔族の国も人魚の国も海の中で年中季候などはない。こっちは、とても暑かった。


 7月の始めなので、これからもっと暑くなるのだが、サラはこれがピークだと思っている。


 気温や蛍に驚きながらぼうっとしていると男が白亜を再び抱き上げた。


「行くよぉ。ついてきてねぇ」


 車イスを土魔法で下に降ろし、キメラと別れる。サラは無意識に体を強張らせていたようで、キメラが見えなくなったところでほっと息をついていた。


「ここは?」

「ここは俺っち達の研究施設ですよぉ。新人育成なんかもここでやるんですぅ」

「新人?」

「暗殺の基礎から応用、詐欺なんかの方法も教えますねぇ」

「あんさつ!?」

「くふふふ。需要はあるんですよぉ?」


 白亜は相変わらず目覚める気配がない。中心部分が撃ち抜かれた翼には一応包帯等が巻かれてはいるがやはり魔法で治した方がいいだろう。


「そう言えば名乗ってなかったですねぇ?俺っちは捕獲、拉致担当のキッドですよぉ」

「サラよ」

「フルネームは教えてくれないんすかぁ?」

「信じられないもの」

「そっかぁ。別にいいですよぉ。俺っちの名前も本名じゃないですしねぇ」


 奥の方から誰かが走ってくる音がして反射的に身構えるサラ。


「キッド!お疲れ!おわったのか」

「終わりましたよぉ。毒物使ったのに殺されかけましたぁ」

「そんなにヤバイのかこいつ……お前がここじゃ一番の実力者なのになぁ」

「くふふふ。人質をとってなんとかやり過ごしましたぁ」

「ところで使った毒物って?」

「ヒチクツリですよぉ」

「はぁ!?あれは副作用が出る可能性があるから使用禁止の筈だろ」


 その言葉に目を見開くサラ。


「副作用って言ったって一番危険なものでも数年寝ちゃうだけでしょ?」

「そうだが、それもなんだかんだ言って危険なんだ。他のじゃ駄目だったのか」

「試しましたよぉ。毒物にとんでもなく耐性が高いのか全然効果出なかったですけど……」

「化け物だな、それは。……ところで後ろの嬢ちゃんは?」


 車イスをまじまじを見ながらキッドと話していた男性が声をかけてくる。


「サラ、ですよぉ。世にも珍しい人魚族ですよぉ」

「確かに珍しいが……希少さで言ったらその腕の人間の方が高いだろう」

「そうなんですよねぇ。生まれは普通の農村なのにどうやったらこんな天才が生まれるんでしょうねぇ」


 サラは車イスの持ち手をグッと握り、


「ハクアはあんたたちの思い通りにはさせないから」

「くふふふ!気の強い女の子ですねぇ」

「ふっ。無闇に手を出すつもりはない。私は、だがな」


 他のやつは知らない。暗にそういわれ、少し身構えるサラ。


「私はもう言った方がいいな。……サラとやら。自分は稀少値の高い種族というのを確りと理解するように。ではな」


 そう言って去っていった。


「あの人は?」

「諜報担当のリーフですよぉ。俺っち達の中で一番の常識人ですよぉ」


 そう言ってから再び歩き出すキッド。サラもリーフに興味を無くしたのかすぐに後を付いていった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーー







「っ……ここは」

「起きたかい?」

「チカオラート……じゃないな。誰だ」

「ふふ。僕はジャラル・リドアル。邪神って呼ばれることもあるかな」

「ここはどこだ」

「まぁまぁ。折角だからゲームしない?」


 ジャラルは立ち上がってパチン、と指をならす。白亜の目の前に机と椅子、ボードゲームのような盤と様々な色の珠が入った駒の様なものが並んだ状態で出てきた。


「ビクティム、か?」

「そうそう。折角だからこれでもやろうよ」


 ビクティムはこの世界のボードゲームで、チェスや将棋のような王取りゲームだ。


 赤、青、緑、黄、、白色の駒があり、白色の駒をとられたら終了。各々の駒には相性があり反対相性の駒でないと数を減らせない。


 赤と青、緑と黄、白はどの色でも攻撃可能、反対に撃破可能。


 このゲームは相手の駒をどれだけ減らせるか、というのが肝である。王手を取りに行くよりも、反対色を如何に相手に攻撃されないように敵陣に踏み込ませられるかが鍵になるゲームだ。


 白亜はジュードがやっているのを見たことがある程度でルールのみを知っているだけである。


「そんなことより、俺が今どうなってるのか教えて欲しいんだが」

「だから、だよ。僕に勝てたら君の事を教えてあげる」

「……俺が負けたら?」

「そうだな……その時のお楽しみってことで」

「俺は……」

「従えとかそんなことじゃないよ。命の危険も全くないしね。僕の自己満足だ」

「……?」


 ジャラルの意図がよく判らない白亜はジャラルをじっと見る。


「受けるかい?」

「……受ける」

「そうか。ああ、心配して。負けたからって情報が二度と手に入らないわけじゃないから。僕に勝てば提供してあげる」

「エンドレスかよ……」


 白亜が椅子に座る。


「「お願いします」」


 軽く挨拶を済ませ、ジャラルがサイコロを振る。2がでた。この場合はジャラルが親になる。


 カツ、カツ、とまるで初心者とは思えないスピードと対応力で駒を動かしていく白亜。


 しかし、これが相手も初心者であれば問題なく勝てただろうが、ジャラルはこのゲームの熟練者だ。


 あっという間に赤の駒が消え、黄色の駒が白亜の白の駒に触れた。


「……参りました」

「ふふ。じゃあ……これから僕の事を兄さんって呼ぶように」

「は?」


 唖然とした白亜の椅子の下に何らかの魔方陣が広がる。


「え?」


 そのまま強く光って……消えた。


「ん?なにが?」


 自身の状態を確認する白亜。特に変化は見られない。今のはなんだったと不思議に思い、訊ねてみる。


「今のはなんだったんだ」

「僕の事をあんたとかお前とか名前以外で呼んでみて」

お前(兄さん)?な!?」

「ふふ。僕が掛けた魔法だよ。僕の事を話すときには全部そう変換されるから」

「なんで」

「僕、下の兄弟が欲しかったんだ」

「あ、そ……」


 最早魔法ではなく呪いである。突っ込む気力も失せたらしい白亜がもう一度駒を並べ始める。


「もう一回だ。兄さん」

「ふふ!いいよ。僕に勝てるかな?」

「次で勝つつもりだ」

「ふぅん……本気みたいだね。どんな手で来るのか楽しみだよ」


 駒を並べ終わり、先程勝ったジャラルが親なので再びジャラルが駒を動かす。


 白亜は一瞬の迷いの後、先程とは打って変わって防御の陣を張り出した。


「成る程」


 ふふ、と笑いながら突破口である攻撃の型にジャラルの駒が移動を始める。


 ジャラルが白亜の黄色の駒を崩した瞬間、白亜が防御を全て捨てて全部の駒で勝負をかけてきた。王の駒である白の駒まで攻撃に回す。


(なんて方法だ……)


 ジャラルは白亜の指揮能力に舌を巻き、防御の陣を即席で張る。


 それに気づいた白亜はそのまま数を減らすのにも構わず前進させ続ける。


(まさかこんな攻め方があったなんてね)


 白亜の攻め方は、簡単に言えば今まで大技の為に力を溜め続けていたのに急にそれを放棄して素手で突っ込んでくる様なものだ。


 白亜の駒は数を減らしつつ、敵陣へ見事に入り込み、


「参りました」


 一番の弱点であるはずの王の駒で敵将を取った。


「まさかこんなことをしてくるとは思ってなかったよ」

「俺もだ。正直全部防御を捨てるつもりはなかったんだが」

「どういうこと?」

「最初から勝てるとは思ってなかった。一戦目は兎に角、癖や駒の動きを予想できるようにするためだけに使った。二戦目の前に予測できる限りのゲームの進め方をずっと考えてた」


 白亜はビクティムをゲームではなく計算で解いてしまったのだ。


「兄さんが動いたときにその都度予測するのは結構大変だったけど、これが将棋とかの数が多い駒だったら難しかったかな」

「こんな奇抜な方法で来られるとは思ってなかったからね。正直守りを全部捨てたときから負けたと思ったよ」


 パチン、とジャラルが指をならすとボードが綺麗に消える。


「さて、君の話をしようか」

「ああ。俺は今どうなってる」

「寝てる」

「じゃあここは夢ってことか?感覚ならあるが」

「うん。夢っていうか精神世界というか。普通の人間は入れない場所だけどね」

「原因はチカオラートか」

「そう。僕の兄だね」


 兄弟だったらしい。


「兄弟なのか。似てたからそうだとは思ってたけど」

「うん。双子だよ。君は兄の子供だろう?実質僕は君の叔父なんだけどね」

「じゃあ叔父で良いだろ」

「いや、兄さんって良い響きだと思わない?」

「あ、う、うん」


 別にどうでも良いと思っている白亜。


「で、話は戻るが。俺は今寝てるんだよな?襲われた気がするんだがそれも夢か?」

「あれは現実だよ。それにしても寝起きだと感覚が鈍るんだね」

「っ……油断しただけだ。あそこに堂々と入ってこられるなんて思ってなかったし」

「ふふ。そうだね。それにしても驚いたな。君ほどの強さを持っていても扉に付いてた針は刺さるんだね」

「………」


 白亜が捕まった理由の大本にドアノブに仕込んであった毒針に気付かずに触れてしまった事がある。羽根をその後真っ先に潰されたのでそれの修復に追われていたというのもあるが。


「俺はいつ起きるんだ」

「そうだね。一年くらい後かなぁ」

「いちっ!?」

「君の体にヒチツクリは合わなかったみたいでね」

「ヒチツクリ……?麻酔の一種と聞いたことがあるな。でもそんなに強いものだとは聞いたことがない」

「うん。普通ならね。けど君みたいに体に適応し過ぎると逆に身体中の細胞に麻酔がかかって起きられなくなるんだ」


 白亜はよくも悪くも適合力がある。そのお陰で生き延びれていたりするのだが、ヒチツクリには抵抗をしなければならない筈の所を適合させてしまうために身体中が麻痺し目を覚ましたところで体は全く動かせない状態になるのだ。


「一年……長い、な」

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