「それでいい!振りかえるな!」
白亜はアンノウンを一本だけ持ち、魔力を流す。紋様が淡く光を放ち、周囲に拡散する。
「防音魔法使った?」
「なにやるの?」
白亜は手を前に出す。二人が何事かと見つめていると手の中に大きな箱のようなものが現れた。
「わ!創造者?」
「ああ。これは俺の前世にあった楽器で、アコーディオンって言うんだ」
箱からアコーディオンが出てきた。蛇腹状の部分が勝手に広がらないようにボタンで止まっている。
白亜はパチン、と音を立てながらボタンをとり、両手でしっかりと構える。
「それで戦うの?」
「楽器で戦ってどうする……。こう、するんだよっと」
右手で鍵盤部分を押さえながら左手を斜め上に突起を押さえながら引っ張りあげる。
蛇腹の部分に空気が入ってアコーディオン特有の音が出る。
「「わ!」」
突然目の前から発された大きな音に驚く二人だが、白亜の指の動きをみるのに真剣になっていく。リン達も指ばっかり見ていたな、と思いつつ簡単に一曲弾いた。
「どうだ?」
「凄い凄い!こんなに面白いものがあったなんて!」
「やりたい!スピンも!」
キラキラした目で白亜を見つめる二人。
「和音をつけるのは難しいかもしれないけど、メロディ位ならいけるか。落とすなよ」
ずっしりとしたアコーディオンを二人に渡す。
「お、おもい」
「思ったより重いね」
鍵盤を押してみる二人。
「あれ?でない」
「左手を引っ張ってみろ」
「んー!できたぁ!」
ぶぉーん、と少し不抜けた音がする。
「そうだ。ここがC、D」
最初からドイツ音名で教えるらしい。ハードルが高すぎる。
しかし、日常生活ではあまり音楽に馴染みのないこの世界、ドの音がこんな感じ、とまで記憶している人は殆どいない。
それならば最初からドイツ音名で教えればいい。という感じである。因みにドイツ音名とは、日本音名のドイツ語バージョンの事だ。
つまり、ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド、がC、D、E、F、G、A、H、C、(読み方はツェー、デー、エー、エフ、ゲー、アー、ハー、ツェー)なのだ。
「はい、ECDE」
白亜がそう言うと、二人がミドレミと弾く。
そんな感じで結局三人でアコーディオンを練習し続けていた。
アコーディオン練習は割りと体力を使ったようで次の日サラとスピンが筋肉痛になった。白亜はいつも通り平然としていた。
これぐらいで筋肉痛になってどうする。とでも言いたげな顔だった。
「ハクア君!他にもなんか弾けないの?」
三人がアコーディオンをやっていたことを知ったレイゴットが他にもやれとせがみ、白亜が何となくチェロを弾いたら心底やりたそうに見つめていた。
白亜は無視した。いや、気付かなかった。
その後、夜にたまに弾く白亜が魔族国内で有名になり魔族たちがレイゴットの所に度々訪れるようになった。
中でも人気だったのはピアノだった。何音も一度に出る楽器が珍しいのだろう。
白亜もそろそろストレスが溜まっていたので度々バルコニー等で弾くようになった。たまに拙いながらもサラとスピンもアコーディオンを弾くようになっていた。
朝は訓練、昼は白亜の魔法講座、夜は研究、たまに演奏。そんな日々が過ぎていった。
そんな生活が、何ヵ月も続いた。
白亜はザークの一件以来外に出なかったので音信不通状態のままである。しかし白亜は確信していた。
もう既に自分の居場所はジュード達は判っていると。
白亜の配下にケートスが居る。ケートスは海の怪物で耳がとんでもなく良い。
夜、白亜の楽器の音が聴こえない筈は、無いのである。
そして、その白亜の読みは当たっていた。ジュード達は一ヶ月程前に白亜がどこに居るのか引き当てたのである。
この世界はとんでもなく広い。それも、太陽よりも大きいくらいだ。
世界一周するのに船を使ったら途中障害が無くとも人の一生分は確実にかかる。
障害無しでそれなのだから普通に渡ろうと思えば200年近く掛かってしまうと言われているほどだ。
その中からたった一人の人間を探し当てられるのだから白亜の配下は物凄い優秀軍団なのだ。抜けているところもあるのだが。
白亜はいつも通りの時間に目を覚ました。毎度のごとく耳をスピンに噛まれていたので引き剥がして体に浄化を掛け、着替えてからスピンを起こして部屋を出る。
因みにレイゴットとラグァは用事があったということで昨日の夜から出掛けている。午前中には帰ってくる筈だ。
「おはよう、ハクア」
「サラ。今日は早いな」
サラと会話しながら朝食の準備をする。そこで白亜は何らかの違和感を感じた。
「……?」
「どうしたの?」
「いや、何か……?気のせいか。なんでもない」
スピンは白亜を不思議そうに見つめていたが、よくあることなので特に気にしなかった。
サラとスピンで人数分の椅子を持ってくる。
「持ってきたよー」
白亜の返事がない。いつもなら喩え「ん」だけでも返事くらいはする。違和感を覚えつつ机に向かう二人。
「ハクア!?」
どちらが言ったのだろうか。スピンが言ったのかサラが言ったのか。その辺りは不明だが、二人揃って持っていた椅子を放り投げた。
白亜の翼が全部ど真ん中をぶち抜く形で一部分無くなっていた。
4枚とも、である。白亜はぐったりと羽根を下に下ろしたまま荒く息を吐いている。
「来るな!」
白亜が発したのは二人が今まで聞いた声の中で最も怒気の籠ったドスの効いた声だった。その声の迫力に圧されて動きが固まる。
「逃げろ!裏のバルコニーから外に出るんだ!こいつ……もしかしたら俺とレイゴットでも対処できないかもしれない!」
「嘘……!」
「スピン!お前の糸で梯子くらい作れるだろ!早くここから出ろ!何度も言わせるな!」
スピンは固まってしまった。サラもスピン程ではないが状況の理解が出来ずにその場で止まってしまっている。
「ぐふっ……」
白亜が血を吐いた。それを見て、サラの顔が真っ青になる。
「ハクア!」
「来るな!けほっ……てめえ、毒物とか卑怯だぞ……」
「くふふ!そんなこと言われましてもぉ。俺っちとしてはぁ、優しくしてるんですけどぉ?傷付けずに拐ってこいって結構難しいんですよねぇ」
暗がりから一人の男が出てきた。一見すると人間のようだが醸し出している雰囲気が本能的にヤバいと直感させてくる。
サラの手は震えていた。
「逃げろ!何突っ立てるんだ!こいつの事が終わったら俺もすぐに……」
言っている途中で咳き込んでしまう。顔色はどんどん酷くなっていく。スピンはサラの車イスを押してバルコニーに走った。
「それでいい!振りかえるな!」
男の高笑いが響き渡る。
「くふふふ!いいですよぉ!かなりの腕だと聞いていますぅ!精々足掻いて下さいよぉ!」
「黙れ」
一言そう言ってから白亜がアンノウン片手に走り出す。
「おぉ!それは!インテリジェンス・ウェポンですかぁ!?こんな珍しいものをお目にかかれるとは!今日はラッキーですぅ!」
白亜はアンノウンを二本ずつに分解し、先端から気力の刃を出す。
「くふふふ!どれだけ持つか、楽しみですぅ!」
白亜が男に斬りかかる。男は避けもせずそのまま棒立ちになる。アンノウンにあっさりと切り裂かれ体が上下に分かれる。
異様な光景に白亜の動きが一瞬止まってしまう。
『マスター!』
シアンの声で我に返るも少し遅かった。
「くっ――――っ!」
斬られた腕がそのまま動き出している。右手に握られていたナイフが白亜の顔めがけて飛び、反応が遅れた白亜の頬を浅くではあるが切り裂いた。
白亜はそのままバックステップで遠ざかる。
「くふふふ!良い判断です。今のまま一秒でもここに居たら心臓が破壊されていたかもしれませんねぇ?」
「ふぅ……」
白亜はアンノウンをしっかりと握りしめる。
『シアン。俺はあとどれくらい持つ』
『耐えきって30分と言ったところでしょうか』
『不味いな……』
身体強化を使い、体を保護する。
「くふふふ!面白いものが釣れましたぁ!俺っち感激ぃ!」
斬られたパーツが再びくっつき人の形を取る。それならば、と白亜はアンノウンを地面に突き立て、魔力を流す。
男を取り囲むように地面から蔦や蔓が生えてくる。しかも全部棘だらけだ。触れただけで皮膚が切れてしまうほど鋭い。
「くふふふ!無駄です!俺っちの体には一切の攻撃は効かないのですぅ!」
「化け物……!」
白亜はアンノウンを一本にし、薙刀のような形に刃を出す。
一斉に蔓や白亜の攻撃が襲いかかる。蔓で縛り上げられ、強化された白亜の斬撃をまともに喰らう。
「効かないのですぅ!」
「うっ……!」
白亜は胸を押さえて荒く息を吐きつつ後ろに下がる。
「くふふふ!教えて差し上げましょうかぁ?俺っちの能力は絶対不死!名の通り、どんな攻撃でも死ぬことはありませぇん!その代わり、俺っちは一切攻撃できないんだぁ」
「なんだと……?じゃあこれは何なんだよ……」
白亜の目の焦点があわなくなってきた。限界が近いな、と悟りながら必死でアンノウンを支えにしながら立つ。
「俺っちは間接的になら出来るんですよぉ。近づきすぎると内臓がやられますぅ。これは邪神様……ジャラル様に特別にいただいた力ですけどねぇ」




