「お前……蜘蛛?」
「地脈魔法は、その名の通り地面に流れている力を借りて使う魔法だ」
白亜は地面にアンノウンを立て掛け、なにかを念じて引き上げる動作をする。
すると地面から青い光の粒子が飛び出してアンノウンに巻き付くようにして収まる。
「今の光が力そのものな訳だ。これは魔力を必要としない特別な物だ。魔法って言うより能力っていった方が近いかもしれない」
アンノウンを四本にバラして腰にしまう。
「この魔法は竜……それもエンシェントドラゴンクラスのドラゴンが使ったりするから竜脈魔法とも呼ばれている。地脈自体を竜脈とも言うけどな」
「はーい」
「サラ。どうした?」
「ここ海の中だけど使えるの?」
「いい質問だな。端的に言えば、使える。地脈の力を借りるだけであって地脈を操るわけでは無いからな」
つまり、魔力で普段なら補うものを地面に交渉して地脈を使わせてもらう物なのだ。
「それじゃあ先ずは地脈を視るところから始めよう」
「さっき見えたのは?」
「あれは可視化しただけだ。普段から見えてたら地面全部光って見えると思うぞ」
「それもそうか」
白亜のスパルタ講座その弐である。
「見えない!」
「目に魔力を流してみろ」
「無理だよぉ。イメージできない」
「問題はそこか……」
目に魔力を流すというのは白亜のような魔眼持ちなら判るのだが、魔眼がない人にとっては理解しがたい事なのである。
例をあげるならば、金管楽器をやっている人に習うときに、「唇を震えさせて音を出すんだよ」と言われても理解できないような感じだ。
ちょっと偏りすぎたので別の例をあげると、カレーを出されて「この中には何のスパイスが何種類入っているかわかる?」と聞かれているようなものである。
どういうことか理解はできるけど、非常に判りにくいのである。
「目の奥から突き抜けるように魔力を放出する感じだ」
「余計わかんなくなった」
「じゃあ聞くなよ」
白亜が呆れていると、蜘蛛が寄ってきた。
「キチキチ!」
「やりたいって言われても……お前言葉話せないから詠唱のしようがないぞ」
「チチチ!キキチチキチキチ!」
「気合いでなんとかなるかよ」
しかし次の日、本当に気合いで蜘蛛が魔法を使えるようになるのだが、この話はもう少し後だ。
「見えた気がする!青いのがふわーん、って!」
「あ、それはさっき俺が出した分の残りカスだ」
「なぁぁあああ!紛らわしい!」
暫く目を酷使した三人だった。因みに蜘蛛も交じっていたのだが、目が大量にあるのでえらく大変そうだった。
「はい。今日はここまで。これ以上やると目が逆に悪くなるからな。俺が居ないときに練習するなよ」
目頭を押さえている三人+一匹を置き去りにして白亜は風呂に向かった。
風呂は元々小さい樽のような物しかなかったのだが、白亜の現代式お風呂を見たレイゴットとラグァが興奮して白亜が居ないときにも入れるように作ってしまった。
技術力恐るべしである。
白亜は人避けをし、頭と体を洗って湯船に浸かる。盗られる可能性も無いわけではないので村雨とアンノウン、懐中時計も持ち込んでいる。
『マスター。解析終了しました』
『そうか。やっぱりハズレか』
『アタリです』
「え?」
白亜は予想外の返事につい、声が出てしまった。
『どうだったんだ?』
『結論から言うと、実現可能です』
「おっしゃあああぁぁ!」
白亜が叫んだ。あの白亜が。いつも、「ん」とか、「えー……」位の返事しか返さない白亜が感情を表に出した。
『流石シアンだ!』
『ふふ。お役にたてて光栄です』
『何れくらい資料は見えたか?』
『レイゴットに注文した分で事足りるかと』
白亜は大きくガッツポーズをとる。
『先程から、一体どうした?』
『アンノウン!見付かったんだ!後は計算だけだ!』
『普通はそれが一番大変なのだがな……』
呆れてはいるがアンノウンもどことなく嬉しそうだ。白亜の記憶を試練の時に覗いたので粗方の事は知っている。
『そうと決まれば今すぐにでも開始しよう!』
『ふふ。落ち着いてください。時間はたっぷりあります』
『まるで子供のようだな』
シアンは先走る白亜を宥めながら解析内容を話していった。
「ハクア君。これ朝言ってた資料ね。それとさっきお風呂場からなんか叫び声が……」
「そうだな。ちょっと部屋に籠る。何かあったら呼べ」
「え、うん……どうしちゃったの?」
レイゴットを無視して資料を引っ掴んで部屋に入っていった。後には首をかしげるレイゴットと資料を用意した紙袋が残されていた。
白亜は蜘蛛を追い出して床一面に黒い布を敷く。その上に資料や今まで書き溜めたノートやメモが広げられる。
右手には鉛筆、左手には消しゴム、背の翼はノートを一冊ずつ広げている。
「さて、やるか」
恐ろしい勢いで鉛筆が動いていった。
「ハクア君?入るよ?」
何時間か経ち、レイゴット達が部屋の戸を開ける。
「凄い……これ全部計算式だ」
書類に埋もれて眠ってしまっている白亜。書類には目がチカチカするほど数字や文字が書き込まれている。
「なんて書いてあるのか全然わかんない」
「ハクア君って本当に頭の中どうなってるんだろうね?」
「ん……」
「ハクア君。おはよ」
「あ……寝てたか」
ぐぐっと羽根を伸ばす白亜。肩や首がバキバキ音を立てているのは気のせいだろう。
「……見た?」
「みたけど、意味わかんない」
「そっか……ならいいや」
「何計算してたの?」
「秘密」
何かをメモ帳に書き込むと、近くの紐を全部引っ張って切った。プツプツと音をたてながら紙がどんどん消えていく。
「ん……もうちょいかな」
一同が首をかしげるなか、白亜だけは少し嬉しそうな顔をした。
「ハ……クア」
「んぅ……」
「ハク……ア!」
「何……。………!?!?!?」
白亜がうっすらと目を開けると、赤い髪、黄色の目の見たこともない女性が上半身裸の状態で白亜の上に被さるように乗っかっていた。
白亜が驚いたのはそっちではない。その女性は、下半身が蜘蛛だった。
「ハクア!」
「え………?」
首をそのまま横にスライドし、蜘蛛がいないことを確認。
「お前……蜘蛛?」
「キチキチ!」
何故蟲語なのか。
「どういうことだ……?アラクネ……?」
「キチキチ!」
白亜はレイゴットに発見されるまでフリーズし続けていた。疑われたことは、言うまでもないだろう。何がとは言わない。
「ハクア!それ、誰なの!?」
「蜘蛛らしい」
「え?あの蜘蛛?」
「キチキチ!」
取り合えず復活した白亜は蜘蛛に服を着せ、自分も着替えた。
「お前メスだったんだな……」
と呟いてはいたが。
「ハクア」
「何でそれしか言えないの?」
「キチキチ!キキチチキチキチ」
「その言葉しかまだ覚えていないらしい……なんでだよ」
朝食を食べながら観察する魔族組。
「アラクネとは。初めてみました」
「僕は2度めだね。でもここまで理性的じゃなかったよ」
「珍しいのか?」
「それはもう。神の使いと言われるほどです」
「神の使い……」
白亜はじっと蜘蛛をみる。
「……ないな」
「キチ!?」
その後、白亜が聞き出したところによると、白亜の「お前は言葉話せないから無理」って言われたので進化してしまったらしい。
進化とはそんな簡単なものなのか。否だ。
普通は何らかの儀式なんかを終わらせ、十分に成長した魔物がするもので、この蜘蛛はそれにしては若すぎる。それどころか儀式もやっていない。
イレギュラーな存在ばかりが白亜の周りに集まるのは何故なのだろうか。
この蜘蛛、元がよく判らない特殊個体だったのでアラクネになって数倍強くなっている。白亜やレイゴットの足元にも及ばないが。それだけこの二人が異常なだけである。
「サラよ。サラ」
「サ……リュ」
「おしい!サラ」
「サ……ラ」
「そうよ!」
「なにやってんだ」
サラが蜘蛛に一生懸命言葉を教えていた。声の出し方が問題なだけで、意味自体は理解している。覚えるのもそう遅くはないだろう。
「キチキチ!」
「ん?あー。……ハンバーガーでどうだ」
「キチキチ!」
「何が?」
「覚えたらご褒美欲しいんだってさ」
意外と子供な性格のようだ。




