「愛されてるね」
「なんで俺が……」
「ぶつぶつ言ってないで行くよー」
翼や角を隠してスポーツタイプのサングラスをかけされられた白亜。ヤンキーみたいな格好ではあるが、元の素材がいいので寧ろかっこよさが際立っている。
「なんでサングラス……」
「その目誤魔化しようがないでしょ?」
「見えづらい……」
因みに髪色も変えて、薄い青色である。レイゴットも同じなので兄弟にしかみえない。
「それじゃあ、行ってきまーす!」
「……行ってくる」
「キチキチ!」
「行ってらっしゃーい」
「こちらはお任せをー」
すぐ帰ってくると言うのに、かなり大袈裟なやつらだった。
「ハクア君。それかして」
白亜がブレスレットがついた手を前にだすと、ほんの少し光った。
「これで一旦ここから出れるけど……」
「逃げない」
「そっか!ならよかった!」
ため息をつきつつ、白亜は上を見上げる。ドーム型の膜に覆われたここからどうやって地上に行くのか、少々興味があったからだ。
ここに来るときは気を失っていたので、当然と言えば当然である。
「ここからどうやって地上に出るんだ?」
「船だよー。海の中も進めるんだ」
「潜水艦があるのか……」
「何そのかっこいい名前!じゃあこれから潜水艦って名前でいくことにしよう!」
「適当すぎるこの人……」
心なしか髪の毛もしんなりしている。サングラスの奥の目がほんの少し細くなった。
「……どれくらいかかるんだ?」
「二時間くらいかなぁ」
「遠いな」
「そう?寧ろ早いと思うけど?」
馬車で行くのと比べると例え同じ距離でもこっちの方が断然早い。しかし、転移での移動に馴れている白亜としては長いのだろう。
「ふーん………」
「じゃあ、ハクア君っていつもどうやって移動してるの?」
「転移か歩き」
「転移!お願い!それ使って僕も送ってよ!」
「え……めんどい」
「良いでしょ?ねぇ、ねぇ‼」
その後暫くレイゴットが面倒くさいことになってきたので結局転移をすることになった。
「わーい!」
「先に言っておくが、これだけは人に教えるつもりはない。それは了承しろ」
「なんで?」
「……この魔法が廃れたのは有り得ないほど事故が多発したからだ。消費魔力もバカにならないしな……。もしこれで死人が出たとしてそれが間接的にでも俺のせいだったら本気で嫌だからだ」
「ふーん。いいよ!さ、転移を!」
「はぁ……どこに飛ぶんだ?」
暫く地図を見ながらレイゴットが説明をする。
「ふーん……」
白亜の左目が翡翠色の光を放つ。
「見えた。ここでいいかな……」
白亜が座標設定している間もレイゴットは白亜を凝視しつつける。転移魔法とはそれほどのものなのだ。
「飛ぶぞ………転移」
白亜とレイゴットの姿が一瞬で光を残して消えた。その光景を見たものは誰も居なかった訳ではあるが。
「ついた。……何やってるんだ?」
「いや、転移って言うからもっと衝撃がくるもんかと……」
「飛んだ先がそんな感じだったら衝撃は来る。こっちは目で確認してるから問題ないけど」
「便利だねぇ」
白亜は少しサングラスを掛け直す。気になって仕方が無いらしい。
「ここは?」
「すぐ近くの森だ……。ん。来たな」
「早速お出ましだねぇ」
暫くするとガサガサっと周辺の茂みから音がして赤い蝙蝠が出てきた。白亜の八重歯と同じくらいの大きさの犬歯が口元から覗いている。
「レッドバット……こんな時間から?」
「もっと遅い時間に出るはずの魔物の筈だけどね。何かあったのかな?あ、ハクア君話せないの?」
「流石に蟲語以外は話せない」
早くも戦闘体勢の二人にレッドバットが10匹程白亜達を警戒している。
『大抵のものなら判りますが』
『え、嘘』
『何なら翻訳しますよ』
「どうしたの?」
「シアンが判るって……」
「え?シアンってハクア君のもうひとつの人格の?」
「そうだが……もう繋げようか。正直めんどい」
パシン、とレイゴットの手を取って魔力を流す白亜。
「え?」
『聞こえますか?』
「わぁ!え?君シアン?」
『はい。マスターの魔法で繋げておりますので』
「ハクア君凄いね!」
「属性がラッキーだっただけだ……で、どうだ。シアン」
蝙蝠が白亜の方を見て叫ぶように鳴く。
「ギャギャ!」
『えっと……ご飯と言ってますね』
「そんだけ?」
『それを繰り返していますね』
「所詮蝙蝠だねっ!」
蝙蝠が何匹かのグループに別れて白亜達を囲む。
「意外とこういうのは理解してるんだろうか……」
「ハクア君!その五匹は任せた!」
「ああ。……もう終わるけどな」
バゴッと大きいような小さいような音がなり、蝙蝠が一斉に地面に叩きつけられて首を落とした。
ほぼ同時にレイゴットの方も戦闘を終了した。此方は殴られたのか近くの木ごと手で殴った痕が残っている。
「わ!それどうやったの?」
「重力で落としてる間に斬った」
「僕なんて全部力業で仕留めたのに、凄いね!」
それも十分すごいのだが。
一旦蝙蝠を白亜の懐中時計にしまって目的地に行くことにした。
「ん。まだレッドバットが居るみたいだな……」
「狩っとく?」
「いや、人の気配もする。多分冒険者だから放っておけば勝手に倒してくれるだろ」
「そっか」
実はこの時居た冒険者は日本組だったりするのだが、それはまた別の話だろう。
「取り合えず人間国へー!」
「……帰りたい」
サングラスの奥の目を細くしながら心底面倒くさそうな雰囲気を醸し出しながらレイゴットの後に続く白亜だった。
「そういえば……どうやってここに入るんだ?」
「フフフ!抜け道を使うんだよ!」
「いいのかそれで……」
レイゴットに付いていくと普通に門……を通り過ぎてその先の勝手口の様なところへ。
ココン、コココン。そんな音でノックするレイゴット。
「………何やってんだ」
目が完全に、お前アホか?と言っている。
「秘密の暗号なのさ!」
「はぁ……」
すると、カチ、と音がして勝手口の近くにある大きめの通風口みたいなところがパカッと開いた。
「そっちかよ」
誰でもそういうだろう。
「狭いけどここ越えれば王都だからね!」
「入れるのか、これ……」
白亜の羽根は見えないだけで実際はある。透明になっているだけで。
「ハクア君の羽根多いもんね……なんとかなるんじゃない?」
「適当だな……」
レイゴットは馴れているのかすいすいと通風口にほふく前進のような格好で入っていく。
「ん………きっつ………」
白亜も頑張った。服が真っ黒になった。浄化をかけて一瞬できれいにしたらレイゴットも掛けてと煩くなった。というお決まりのパターンで王都に侵入した。
「なんか懐かしいな……」
「そうなんだ?」
「何ヵ月ぶりだろ……」
「へぇ。じゃ、情報収集行きましょー!」
レイゴットに引っ張られるようにして大通りまで歩いていく。
「お前よくバレなかったな………」
「僕は名前ばっかり一人歩きして顔知られてないからね。堂々と歩けるんだ」
「ふーん……」
至極どうでもよさげな目をして歩く白亜。サングラスに隠れて目は全然前から見えないのだが。
「ハクア君。お腹空いた?」
「いや、別に……」
「空いた?」
「お前が食べたいだけだろ」
白亜は盛大にため息をつく。
「でさ、その……」
「なんだ」
「お金全然ないんだよね……」
「で?」
「奢って?」
「お前食う必要ないだろ」
「食べたいんだもん」
どっちが子供か本当に判らない。
「なんで金無いんだよ」
「使わないもん。魔族は物々交換が主だから」
「そうなのか……で、奢れと」
「うん!串焼き食べてみたいなぁー」
「はぁ……」
数分後。レイゴットの両手には一本ずつ串焼きが収まっていた。白亜はその横で盛大にため息を吐き出しながらタレの匂いが漂う紙袋を持っていた。
「全く……」
「これ美味しいね!ハクア君が出すやつとはまた違った美味しさだよ!」
「そりゃよかったな……」
受け答えに疲れている様子の白亜だった。
「ん?…………」
「ハクア君?どうし………」
二人の動きが止まった。それもその筈。
「これ、ぜんぶか……?」
白亜とレイゴットが止まった場所は中央広場の掲示板の前。ここには普段出店の情報や祭り等の貼り紙がしてある。しかしそこには、店の情報も祭りの情報もない。
全部、白亜の捜索に関することだった。
【この人探しています】
というのから、
【もう少し王都周辺を探します。 ハクアファンクラブ】
【周辺の村を中心的に拠点にしつつ捜します】
という個人的なものまで。
大量に何枚も何枚も貼られた紙。それには細部までびっしりと文字が書き込まれており、どれだけ本気で捜しているのか垣間見ることができた。
「愛されてるね」
「……そうだな」
白亜はある一枚の紙を見つけた。以前の白亜の丁度目の高さくらいに貼ってあった貼り紙だ。
【師匠へ 必ず見つけます。諦めないでください】
これを見た瞬間、白亜は掲示板に載せるものじゃないだろ、と思ったが、さっと目を逸らして別の紙を見ている振りをする。
白亜は何となくこの紙のことはレイゴットに知られたくなかった。
「いこっか!」
「……ああ」
レイゴットが先に歩き出す。ほんの少し白亜はその紙を見つめ、一瞬でペンをだし、何かを書き込んだ。
【待ってる】
たった一言、そう書き込んでからレイゴットの方へ早歩きで付いていった。




