「これは車イスだ」
「着いた……」
「怖かった……」
白亜はサラを抱き抱えたまま何とか到着した。いつもなら数十秒掛からない道程に10分程掛かった。
歩けないのでここでも抱いて運ぶ必要があったので再び歩き始める白亜。
「ハクア。どこに行くの?」
「俺の部屋だ。多分そこが一番安全だよ……今ルームメイトと喧嘩してて雰囲気は最悪だけどな」
ルームメイトというか蜘蛛である。
「大変ね……。魔王は何処に住んでるの?」
「俺の部屋の隣だ………不本意だけど」
カチャ、と音をたてて扉が開く。
「ハクア。今日は早か―――誰だ?」
「キチキチキチ」
「きゃああああ!」
巨大な赤い蜘蛛はやはり人魚にとっても恐怖だったようだ。
「成る程な」
「人魚って魔族では周知の存在なのか?」
「いや、上級階級が知っているだけだな。私も見るのは初めてだ」
ラグァはサラをじっと見る。
「面白いな。この辺りの筋肉はどうなっているのか」
「調べるなよ」
「善処しよう」
「調べる気満々じゃねーか」
白亜はサラを背に隠す。
「やるつもりはない。それよりハクア。魔法を教えてくれ」
「夜って言っただろ」
「待ちきれんのだ」
「レイゴットが面倒なことになるぞ」
「ふむ、それもそうだな」
この二人の中ではレイゴット=駄々こねると面倒な存在、と処理されている。魔王なのに不憫すぎる。
「サラ。鱗カサカサになったりしないのか?」
「え?ああ、うん。陸でも問題ないわよ」
「ふーん」
サラは現在白亜のベットの上である。椅子が小さすぎてヒレが邪魔したので。
「キチキチ」
「………わかったよ」
「え?話せるの?」
サラは白亜が蜘蛛の言葉を理解していることに驚いていた。
「今までの契約を破棄するつもりか!」
「しかし、このままでは魔族側の方もかなりキツいものになる。やはり交易をした方がいいのでは?」
「しかし」
様々な所で意見が飛び交う。
「魔王様。此度の件、如何しましょうか?」
「そうだね。僕的には国交してもいいと思うんだけど、君達の意見も尊重しないといけないからね」
「魔王様は賛成派か……」
魔族の中でも上級階級の者達が集まって会議中だ。議題は人魚国との国交を結かどうか、それとちゃっかり白亜の身体検査の結果なんかも議題になっている。
「僕は強制しないけど?」
「いえ、魔王様のお考えも我々にとっては重要なものですので」
それからスバルトの演説のような話が始まり、しばらく会議する。
「しかし、本人がいる場でこう言うのも憚られますが、国交等といって攻められる危険性はありますよね?」
「そうなんだよね。スバルトは攻めないって言っても魔族排斥派だって人魚には居るかもしれないし、逆もそうなんだよね」
ザワザワとなる魔族達。
「それでは、私の娘を置いていくというのはどうだ?」
「成る程。人質というわけだね」
「うむ」
これに再び魔族側がざわつく。自分から提案してくるということは娘を殺してくださいと言っている様なものだからだ。
「だが、それならば信じられるかもしれんな」
「ちょっと強引な気もするが……この場でできる状況判断としては悪くはない」
「皆、どうする?多数決とるから紙に書いてこっちに渡してね」
投票制らしい。
「皆入れたね?それじゃあ開票するよ」
魔法で瞬時に紙に書かれた言葉が集計されていく。
「はい、出ました!賛成6割、反対4割だね。じゃあ賛成と言うことでいいね?異論あるかい?」
そう言われると異論を言いづらいだろうが、特にないらしく誰もなにも言わない。
「そっか!じゃあ国交結ぶね!」
「うむ。よろしく頼む。魔王」
全員が拍手をし、魔王と人魚の王が握手する。世界一あっさりした会議だった。
「ハクア君!ただいまー」
「……遅かったな」
「えへへ。いいこと聞きたい?」
「お前の言う良いことは決して良いことじゃないことを俺は知ってるぞ」
「今回はちゃんと君に関係あるからさっ!実は人魚国と交易をすることに決定しました!」
「早くないか?」
「こんなもんだよ、僕たち魔族は」
寧ろ人間が面倒なんだと言わんばかりに説明するレイゴット。
「それでね、サラちゃんをここで預かることになりましたー」
「………は?」
白亜の動きが固まる。隣でほぼ空気と化していたサラも目を丸くする。蜘蛛とラグァは現在外出中である。
「………何故だ?」
「魔族ってガード固いでしょ?だから人質だってさ」
「なんでそんなことにサラを巻き込んだんだよ!」
「いやいや、これスバルトの提案だし」
白亜はほんの少し目を細める。
「本当に?」
「うん。サラちゃんをここで預かることになったよ」
「ありがとう!」
「「………は(え)?」」
白亜とレイゴットが同時にサラの方を見る。
「正気?」
「ええ、勿論。ハクアと居られるならそんなものどうでもいいわ!」
「「………」」
お喋りなレイゴットまでもが唖然とする。
「ふふ。よろしくね、ハクア」
「いやいやいやいや、考え直せ。いつでも殺される危険があるんだぞ?」
「どうせここに隠れて毎日来るつもりだったし」
「お前なぁ……自分が何しようとしているのか判ってるか?」
「勿論」
「……はぁ」
判っていてこれである。救いようがない。
「……判った。サラがそうしたいなら好きにしろ。………レイゴット」
「判ってるよ。手は出さないし、寝る場所もハクア君のベットでいいよ」
「いや、ベットは別でいい。手、絶対に出すなよ」
「出さないよ。最悪僕死んじゃいそうだしね」
笑いながら、レイゴットはそう言った。
「……そういえば、サラは陸でどうやって移動するんだ?」
「「あ」」
レイゴットまで考えていなかったらしい。
「はぁ……これでどうだ?」
白亜が右手を出すと、クリスタルの様なもので作られた車イスが現れた。
「「へ?」」
「これならいいだろ。手でも動かせるしな」
「ちょっとまって。ハクア君。今の、何?」
「………教えない」
レイゴットは白亜との初戦を思い出していた。
「ああ!あの時の楯!」
「これは車イスだ」
「いや、うん。そうだけど」
レイゴットはさらっと流された。
「ここにそれをのせて、そうだ。ここに手をかけて移動してみてくれ」
「「おおー」」
いつの間にか帰ってきたラグァと蜘蛛も合流した。
サラの車イス練習も終わり、身体検査に入る。
「これやる必要あるのか」
「あるよ!多分!」
「はぁ……。結構嫌なんだけど」
「我慢我慢!はい!触るよ!」
「だからなんで耳なんだよおおおぉぉ」
レイゴットとラグァの白亜耳弄りが終了し、ぐったりしているところにサラが馴れない車イスに奮闘しながら現れた。
「ハクアー。これ難し………ハクア!?」
診察台の上でぐったりしているところを魔族が解剖しようとしている図にしか見えない。
「サラちゃん?そこから入らないでねー?」
「魔王!ハクアに何しようとしてるの!?」
「サラ………多分誤解だから問題ない………」
いまだに動けない白亜。耳はかなりのダメージが入るので白亜は普段は絶対に触らせない。この時は仕方がないので触らせているが、それ以外の時に意図的に触ると物を見る冷たい目で無視するようになる。
そのまま検査は終了、白亜の幻覚魔法講座になった。いつもと違うところはサラも参加しているところだ。
「それじゃあサラもいるから昨日の話しを大雑把に。この魔法は光の屈折を使って―――」
白亜が昨日の話を簡略化して話す。
「―――この二つが幻覚魔法と呼ばれるものだ」
「「「成る程」」」
「それじゃあここから本格的に入っていく。先ずは比較的簡単な光の屈折を使う方だ。これは実は詠唱は要らないんだが、最初は感覚を掴むために詠唱を入れるか」
白亜は右手を前に出す。
「我の手に幻を。見えざるものを可視化し、見るものを魅了せよ。投影」
ポウッと白亜の手の上に光の球が現れる。
「これは投影の基になる光だ。これを屈折させることで形を見せる。こんな風にな」
光の球が炎に変わり、水になり、そしてまた光に戻る。
「これで重要なのはどれだけ明確にイメージできるかと言うこと。例を出せば木の葉を出そうと思ってそれが一切風に吹かれなかったりしたらおかしいだろ?」
白亜は光の球を一枚の木の葉に変える。そしてそれは自然にヒラヒラと落ちていき、白亜の手に落ちて動きを止める。
「こんな風にまるで空気に遮られているように落ちてここに乗る事を1から10まで考えなければ成功しない。つまり、本当に面倒な魔法なんだよ、これは」
それでもちゃんと教えるあたり、やはり白亜は優しいのだろう。なにも考えていないだけという可能性もあるが。




