『マスターは一生判らないと思います』
「ふざけんじゃねーよ!」
「キチキチ!」
徐々にヒートアップしていく白亜と蜘蛛。
「これどうしようか?」
「私には判りかねますな……」
現実逃避する魔族組。カオスな状況が出来上がっていた。
「ま、まぁまぁ。落ち着いて」
「はぁ!?」
「ナンデモナイデース」
レイゴットは白亜の睨み一発でKOした。
「ハクア。蜘蛛にも弁解の余地はないのか?」
「知らねーよ!毎晩毎晩耳噛まれてコンクリート破壊してまで噛みに来るとかありえねーだろ!」
「ハ、ハクアの言い分は判った。蜘蛛はなんと?」
「やってないの一点張りだ!壊したのこいつ以外いねーだろーが!」
珍しく大声で叫ぶ白亜。褐色の肌が赤くなっている。
「ほ、本当にやってないのでは?」
「状況的にこいつ以外いねーだろ!」
「まぁまぁ。落ち着い―――」
「はぁ!?」
「ナンデモナイデース」
レイゴット、やはり白亜が怖いらしい。
「状況証拠では収まるものも収まらん。一旦怒りを沈めろ、ハクア」
「ちっ!」
普段の白亜なら有り得ない舌打ち。ここで止めていなかったら破壊魔になっていただろう。
「今日の夜に水晶で録画すればいい。そうすれば犯人がわかる」
「………わかった」
「キチキチ」
ようやく落ち着いた白亜。因みにレイゴットは机の影に隠れていた。なんとも小心者の魔王である。
「今日もどこか行くの?」
「この絵を仕上げたい。……邪魔するなよ」
「しないしない。じゃあねー」
白亜は羽を広げて砂浜に赴いた。
貝殻をまた集める。拾ったそばから懐中時計に入れていく。
「ここだったかな」
昨日と同じところに座って鉛筆を走らせる白亜。昨日と違うところはサラが居ないところだろう。
鉛筆のみの黒と灰色と白のみの世界がノートを埋め尽くす。
一通り描いたところで別の紙を取り出す。
「通常即興曲、キャンバス」
キャンバスを出し、再び絵を最初から書き始める。
昨日作った絵の具をふんだんに使い、白い紙に色がついていく。
白亜は海と絵を見比べながら精密に描いていく。すると、大きな魚のような物が見えた。
「ん?魚?」
じっと見てみるがもう海面には何もない。
「?」
不思議に思いながらも描き続ける白亜。
すると、ザザ、と音を立てながら海から何かが出てきた。巨大なクジラだ。海面に出ている部分だけで数百メートルはありそうな超巨大クジラだ。
「………なにこれ」
『マスター!海竜です!』
『海竜?』
『その名の通り、海に住むドラゴン並みに危険な生物です!ブレスはかなり強力で小さな島一つなら簡単に消滅します!』
『嘘だろ!?ここ十分小さいぞ!?』
完全に鯨にしか見えないのだが、哺乳類ではないらしい。
「やっば」
急いで荷物をしまい、音速以上の速度で逃げる。この間僅か一秒も経過していない。
すると、白亜が撃ち落とされた。
「え?」
白亜は訳のわからぬまま墜落した。
「これは………サラ!?」
白亜に直接攻撃を当てられる者などレイゴットと絶対命中を持っているサラ位のものである。もしこれで能力頼みではなく純粋に狙撃されたのならレイゴットと同格以上の強さを持っている可能性がある。
砂浜に落ちた白亜。痛みがないように羽根でフワリと降りる。
「何なんだよ、一体……」
こめかみを押さえる白亜。これだけ大きいとレイゴットも確実に反応してしまうだろう。もしサラだとしても守りようがない。
「不味いな……」
海竜は何を考えているのかその場に留まり続けている。
「何とかして海竜を外に引き摺り出さないと……」
「僕に解剖されちゃうって心配してるの?」
「ああ、そう―――!レイゴット」
「気を取られ過ぎてて僕に気付かなかったでしょ」
はは、と軽快に笑うレイゴット。
「ったく………攻撃してこない限り傷付けるな」
「ドラゴンに優しいんだね?」
「違う。……何となく気になるだけだ」
白亜のその言葉にふーんと頷くレイゴット。
「ハクア君。あの海竜仲間居ないか見てくれない?」
「なんで俺が」
「僕が直接乗り込んでもいいよ?」
「………はぁ」
大きくため息をついたあと、白亜の左目が光を帯びる。
「どう?」
「海竜はいない。だが………」
「人魚?」
「………!」
「やっぱりねー。ここから少し離れたところに人魚の国が在るんだよ。互いに干渉無しって契約があるんだけどね」
「……それを聞いて少し安心した」
「なんで?」
「戦争になったら俺も出されるまではいかなくてもお前が死んだら俺も死ぬからな」
「あははは!そうだね!」
白亜の左目が更に光る。
「何人?」
「………13」
「それはまたいっぱい来たねー」
「……こっちに来てるな」
海竜の背に人影が見えた。白亜は自然に目を細める。
「………ハクア君。僕から離れないでね」
「………判った」
白亜は渋々了解した。レイゴットの少し緊張した雰囲気を感じ取ったのだろうか。それともなにも考えていないだけなのか。
「攻撃してきたら、別に応戦していいよ」
「応戦はしない。……自分は守るけどな」
魔法を使えるように魔力を練り上げる白亜。それは必然的にレイゴットの魔力を練り上げる行為でもあるわけで。
「結構繊細なんだね」
「……うるさい。来るぞ」
どうやって陸で移動するんだろう、と白亜は思っていたが、馬車の様なものを水を纏った馬、ケルピーが引いていた。その上に全員乗っている。
ケルピーかなりの力持ちである。
カラカラと音を立てながら水上を走るケルピーと馬車。どうやって浮いているんだろう、とそればかりが気になる白亜。
「よっ、スバルト。久し振り」
「随分と奇っ怪な姿になったものだな、魔王レイゴット」
スバルトと呼ばれた人魚は白亜をちらりと見るが、そのまま視線を逸らそうとしない。
「………?」
白亜は意味がわからず棒立ちである。そしてレイゴットは相変わらず軽い。
「ふむ………中々、いやかなりの者だ」
「でしょー?僕とほぼ互角に戦えるんだよ?」
「それは凄いな。どうだ。譲る気はないか?」
「それはないよ。僕だってハクア君は大のお気に入りなんだから」
スバルトという人魚が馬車から飛び降りた。青い目が光る。
「ふむ。珍しい魔力の持ち主だな……聖の力も操るか」
「ハクア君と同じ魔眼持ちなんだよ」
「ほう?しかも両目とはな。こちらはなんの魔眼だ?」
「僕もわかんないんだよね。ハクア君は個人情報だからって教えてくれないし」
白亜はされるがままに身体中を調べられた。するとなんの前触れもなく白亜が突然羽根を使って後ろに大きく飛ぶ。
白亜の居た場所には土で出来た槍が数本突き刺さっていた。
「これを避けるか……」
「凄いでしょ?」
一歩間違えていたら殺されていた所だが、特に気にしない二人の会話は続く。
すると、馬車から何かが高速で飛来し、白亜は避けたが軌道を変えて襲い掛かる。
「!」
瞬間的に全ての翼に魔力を流して身体に当たらないように覆う。それはカキン、と甲高い音がして白銀の羽根に弾かれた。
スカイブルーの色をした、鱗。
「ハクア!」
「サラ………!」
馬車から降りてきたのは紛れもなく昨日白亜と会ったサラだ。
「ハクア君昨日は海流を弄って流されて、暇だったから絵描いてたんじゃないの?」
「………人魚に会ってないとは言ってない」
「あははは!確かに!」
そうこうしている内にサラがバシャバシャと泳いできた。
「ハクア」
「なんで来た……!もう二度と来るなと言っただろ……」
「ごめんね。でも、私」
「ハクア殿、だったか。サラを責めないでやってくれ。君に会いたくて無茶をしそうだったのだ」
「無茶……?」
「君をここから連れ出そうとしてな」
「…………」
サラは少し下を見て反省する。
「はぁ……。俺には関わるな、そう言った筈だが?」
「ごめん……」
「まぁ、でも俺の為に動いてくれたのは、その、……嬉しかった」
最後の方はかなり小さい声だった。ただ、声が良く通るので丸聞こえである。
「う、うん」
「ただ、危険が伴うことは今後一切するな。これは約束しろ」
「判った。約束する」
レイゴットがニヤニヤして白亜を見ていた。
「………何?」
「いいや?いい雰囲気だったから?」
「何がだ?」
「え?もしかして気付いてない?」
「?」
「素なんだね……」
『どう言うことだ?』
『マスターは一生判らないと思います』
『シアンまでそう言うか』
レイゴットがスバルトに向き合う。
「用件は?」
「これからは交流をしていきたいのだ。それの話と……ハクア殿の話をサラから聞き、譲ってもらえないかという話だ」
「ハクア君は渡さないよ」
「それは判った。一つ目の用件の話をしたい」
「そっちなら僕の所においでよ。今なら上級階級の魔族も集まってるしね」
「そうか」
レイゴットとスバルトは暫く話し合い、レイゴットの家に向かうことになった。海竜と護衛数人は少し離れたところで待機、残りの護衛とケルピーを連れていく事になったようだ。
「ハクア君も帰ろ?」
「まだ途中だったんだけどな……」
「明日にして。お願い」
白亜も帰ることになった。が。
「なんでこうなった?」
「ケルピーは陸上ではそんなに力持ちじゃないんだよ。君が一人持ってくれれば大分ケルピーの負担減るしね」
白亜はサラを抱いて空を飛んでいた。
「ハクア!落とさないでよ!」
「暴れるなよ……逆に危ないぞ……」
白亜はやる気のない目で飛んでいるので余計に不安感が増してくる。
「きゃああぁぁぁ!」
「こっちが怖いんだけど……」
落とさないようにお姫様だっこで空を飛ぶのはかなり大変だったらしい。




