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「これぞ本当の波乗りだな」

「「え?」」


 声の主が白亜に気付き、白亜も驚きのあまり声に出してしまう。


「人魚………?」

「魔族………?」


 ほぼ同時に呟いた。岩肌に腰かけるようにしていたのは腰から下が何故かスカイブルーの魚のような物になっている上半身人間で下半身魚の……白亜の前世では人魚と呼ばれる種族だった。


「キャアアアアア‼」

「?」


 人魚が絶叫する。白亜はいつもの無表情だ。


「誰か!誰か助けて!」

「ちょ、落ち着いて………」

「いやああぁぁぁぁ‼」


 あまりに必死で暴れるものだから白亜はもう気にしないことにした。


「さようなら。貴女を見たことは決して誰にも言いませんし、見なかったことにしますね」

「………え?」


 白亜のその対応に逆に驚いたようだ。目を丸くしている人魚。


 白亜は4枚の羽を広げて上空に上がる。


 そして会釈をして飛んでいこうとした。すると、青い何かが高速で飛んできて白亜のギリギリを通過していく。


 羽根が一部小さく傷がついた。レイゴットは鳥のように羽に神経は通っていないが、白亜の場合、羽の一枚一枚に全て神経が通っていて、こんな風に切れると痛みが出る。


「―――っ!」


 切れた痛みで白亜は少し反応が遅れた。防御を殆んどしていなかったのも原因の1つだろう。


「ちょっと待って!」

「痛………。なにあれ怖い」


 飛んできたものは人魚の鱗だったようだ。ペリ、と剥がして座った状態で投げつけてきたようだ。白亜がすぐに反応できなかった位のスピードだ。時速何キロだろうか。


『マスター!逃げましょう!』

『言われなくても逃げる。あいつ怖い』


 本気で逃げようと羽に魔力が籠り、音速を越えるスピードで体が浮く。


 白亜はそのまま逃げた。が、墜落した。


「痛い……!」


 二枚目の鱗が羽根の中心にクリーンヒットした。


「なんで、ど真ん中当てれるんだ、あの人魚……!」


 右上の羽根がやられた。別になくても空は飛べるのだが、羽根は回復が何故か効きにくいので痛みはそのままだ。


『恐らく能力でしょう。先程鑑定をかけてみたら【絶対命中】という物があったので』

『なにそれ。ホーミングってこと?』

『それに近いものでしょう。早くここから立ち去った方がいいです。空は飛ぶのは危険ですので―――』


 白亜が必死で思考していると鱗がまた飛んできた。左上の羽根を掠めて飛んでいく。


「ムリムリムリムリ!」

『走ってください!』


 力の入らない羽がダランと垂れ下がっているが攻撃を受けたのは今のところ羽根のみだ。白亜の足ならば直ぐに撒ける………筈だった。


 鱗が不自然な軌道を描きながら白亜に襲いかかる。避けても確実に追ってくるので恐怖以外のなにものでもない。


「わっ!」


 鱗に気を取られ、足が苔にとられて海に落ちる。


「羽根重い!」


 こんなことなら羽根が付いている時の泳ぎの仕方練習しておけばよかった、等と考えながら魔法で顔の回りに空気を確保する。


 羽根から血が流れ、辺りがうっすら赤く染まる。


「どうしよう………」


 うまく動いてくれない羽根に苛立ちを覚えながら魔法で海の海流を操れないか試行錯誤した結果。


「これぞ本当の波乗りだな」


 海流を操って道具なしで自由に海を進めるようになった。魔晶属性は魔晶に繋がってさえいれば使える魔法だ。


 海や川も、例外ではない。それを今気づいた白亜だった。








「死ぬかと思った………」


 砂だらけになりながら砂浜に寝転がる白亜。慣れない魔法を連続で使用していたので大分魔力が削られた。


「レイゴットにもバレたな、これ……」


 白亜が魔力を使えばレイゴットの魔力も減るのだ。新魔法を作って使ったと言うことが多分バレているだろう。


 白亜は未だに穴の空いた羽根を修復する。


 疲れからか、ほんの少しうとうとし始めた。化け物並みとは言え所詮体力は10代前半である。


 約束の時間までには十分な時間もあったので白亜はそのまま寝てしまった。








「んぅ………」


 一時間ほどでやっと起きた白亜。


「な!?」


 両手両足が動かなかった。と言うか硬い砂の様なもので砂浜に拘束されていた。羽根まで砂で拘束する徹底ぶりである。


「土魔法か………?」


『シアン!これはどうなってる!?』

『判りません‼私も記憶がないのです‼』

『嘘だろ……?』


 左目に魔力を込めた瞬間、羽根や腕の拘束がより強くなり、白亜を締め付ける。


「ぅ………!」


 魔力を止めると、拘束はそのままではあったが締め付ける事はなかった。


「何が、どうなってるんだ……」


 潮が満ちてきて足が海に浸かる。


「俺、水死させられるのかな……?」


 魔法を使えないと息が出来ないので締め付け覚悟で魔法を使うしか手はない。


 と言うか先ず、ここから抜け出せない=そのままになる=レイゴットが助けに来る=借りを作る。という事になりかねないので本当にそれは嫌な白亜は取り合えずシアンと拘束してある土魔法の解析を始めた。


「不味い……!」


 首まで完全に海に浸かっている。これ以上潮が満ちた場合魔法を使わなければ窒息死だ。


「ぅぷ―――けほっ、かはっ」


 とうとう口まで来てしまった。


『ヤバイヤバイヤバイヤバイ!』


 本気で焦る白亜。拘束を引き千切れないか試したものの、手や足はできても羽根が無理だ。それを取っている間に手や足の拘束が復活してしまう。


「くっ―――!」


 痛みを無視して魔法を使って空気を確保する。


「あああぁぁ!」


 締め上げられて激痛が走るが、解除した方が悲惨なことになるのは間違いないのでとにかく耐える。


『そうだ‼属性干渉すれば、もしかしたら‼』


 意識が飛びそうになるのを必死で堪え、海と周辺の岩や土に干渉する。


『来たぁ!』


 カッと目を見開き、魔法を発動する。すると白亜の周辺の土が盛り上がり、海で奥に運ばれる。


 土魔法は地面を離れても有効なので拘束は取れないが、息が出来るだけ十分だろうと判断し、もう締め付けられてはいないが痛みが退かない手足を恨めしそうに睨んで意識を手放した。








「起きてよ!」

「ん………痛い………」


 白亜が目を覚ますと目の前にあの人魚が居た。


「わああぁぁぁ!」


 白亜は逃げ出そうと手足を動かそうとしたが拘束が未だ取れておらず貼り付け状態のままだ。


「くっ!この!」

「無駄よ。私の魔法にお父様の魔力を重ねがけしてあるもの。それを取るのは魔王でも不可能よ」

「てりゃぁ!」

「無駄って………えぇ!?」


 何とか手足、羽根を一枚引き剥がすことに成功したが、三枚の羽根が未だにくっついており、再び拘束される。


「くっそ……!」

「ま、まさか全部ではないとは言え引き千切るとはね……」

「……俺をどうする気だ?海すれすれに拘束して危うく溺死寸前だったんだが」

「?溺死ってなに?」


 人魚には縁遠い物だったらしい。


「人間は水の中で息出来ない。………水を飲みすぎて肺に溜まると死ぬんだよ」

「え?あなた人間なの?」

「驚くところが違う気がするんだが……」


 白亜はぐったりした様子で人魚を見る。


「で、俺をどうする?研究材料はやめといた方が良いぞ。もう既に先客がいるしな」

「先客?」

「魔王レイゴット。俺を玩具にして遊ぶ……鬼畜野郎だ」


 白亜はちら、と人魚を見る。


「そう言えば、今何時だ?」

「時間?そんなの知らないわよ」

「右手の拘束だけでいい。取ってくれ」

「逃げるでしょ?」

「逃げない。それで逃げたら殺すといいさ。あ、それとひとつ良いことを教える」

「?」

「俺を殺せばレイゴットも死ぬ。魔力も繋がってるから俺の魔力=レイゴットの魔力と考えてくれればいい」

「………?」


 早く拘束を解けと言わんばかりに白亜は人魚を死んだ目で見つめる。


 人魚は逃げないでよ、と念を押しながら白亜の右手の拘束を解いた。白亜は直ぐに懐の懐中時計を見る。


「3時半か。未だ問題ないな………多分」

「門限?」

「レイゴットが連れ戻しに来るだろうな、6時過ぎたら」


 右手を握ったり広げたりしながら感覚を確かめる白亜。


「で、なんでこんなことをしたんだ?」

「私、落ちこぼれなの」

「で?」

「今日の学校抜け出してきたのよ」

「……ちゃんと行けよ」

「それで、陸に上がってみたくなっちゃって」

「へぇ」

「あがってみたら、その、戻れなくなっちゃって」


 白亜は浜に打ち上げられたイルカを想像した。シアンが吹いた声がした気がした。


「で、何か来たら良いなって歌ってみたのよ」

「で?」

「あなたが来て、怖くなっちゃって」

「なんでそこで鱗飛ばした?」

「無我夢中で。私の能力でどんな的でも撃ち抜けるものがあるんだけど、それをつい発動しちゃって……」

「………死ぬかと思った」


 白亜は遠い目でどこかを見つめる。


「それで、その謝罪に来たのよ」

「なんで拘束になる?」

「怖くなっちゃって、つい………で、貴方が起きるまで待ってようと思ったんだけど、先生にバレちゃってさっきまで授業余分に受けさせられて」

「そのときに溺死しかけてたんだな、俺は……」


 白亜、災難である。

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