英雄が英雄になるまで 前編
今回は白亜の過去編です。
時間軸としては白亜の体感的に24年前の6歳の白亜の話です。
3話構成です。今後に関わりますので読み飛ばしはお勧めしません。
それでは、本編は暫しお待ちを。
「お父さん!」
「白亜か。山に入ったら危ないといつも言ってるだろう?」
「うん。でもどこになんの動物がいるか、足跡とかで大体わかるよ」
「やっぱりお前天才だな。大人でも判らない人が多いのに」
「えへへ」
東北の山中の村に白亜は生まれた。幼い頃から山を駆け回り、まるで自分の庭のようにどこにどう進めばここにたどり着く、と判っていた。
「この前のテストまた100点だったんだって?母さんから聞いたぞ?凄いな」
「簡単だった!」
「そうか。お前にとっては簡単だったんだな」
「うん!」
父親の仕事は猟師。山奥では時たま猪や熊があらわれるため必要な大切な仕事だ。白亜はそれを誇りに思っていた。
「なんだっけ?アイキュー?か?それ、180超えてたって聞いたぞ?」
「よく判んないけど、大人になったらぼくお父さんみたいな猟師がいいな」
「そりゃ才能の無駄遣いだろ?」
「ううん!山が好きだもん!」
「ははは!いつか一緒に仕事しような!」
「うん!」
山を降りる二人。その動きはこの山を熟知している、軽快な動きだった。
「お帰りー」
「「ただいまー」」
白亜は家に入って直ぐに手洗いうがいをし、母親のもとへ走る。
「今日は何?」
「天麩羅」
「お手伝いする!」
「宿題は?」
「終わった!」
「そう。有り難うね」
朝、白亜と父親が学校、仕事に行き、夕方になると一旦白亜が学校から帰ってきてそのまま父親を迎えに行き、帰ったら夕食の手伝いをする。
そんないつもはある日突然無くなった。
白亜の小学校は山中のためにかなり遠く、歩いて一時間ほどかかる。いつも通り学校に向かって帰る際、白亜は違和感を感じた。
「あれ?この足跡なんだろう?」
山道を歩いているとふと見たら見たことのない足跡が点々と続いていた。それも一匹ではない。少なくとも三匹はいる。
「え、何これ」
そこに落ちていたのは黒い石のような物だった。
「石?凄い綺麗だな……お母さんに持っていこう!」
そのままちょっと小走りで家に向かう白亜。すると、家のドアが開け放たれている。先程の見たこともない足跡が点々と中に続いている。
「!?」
靴を脱ぎ捨て玄関から中に入る。
「お母さん!どこ!?お母さん!?」
探しても何処にもいない。拉致された、と白亜は冷静に答えを弾き出した。いや、弾き出してしまった。
これがただの6歳児だったら泣き喚くかなんとかするのだろうが、IQ180超えの6歳児はすぐに対処し始める。
父親に電話をするも、反応がない。無線も同様だ。
白亜はリュックサックに食べ物や水、僅かなお小遣いをぶちこんで山に入った。
「お父さん!お母さん!」
叫びながら山中を進む。
「足跡……!」
白亜はそれを追うことにした。足跡は山の中を歩き慣れていないのか、危険な場所で幾つか発見された。
すると、突然爆発音のようなものが白亜の耳に届いた。
「猟銃!?」
白亜には聞きなれた音。聞こえた方向に向かって走る白亜。
「はぁ、はぁ」
6歳児の体力などたかが知れている。すぐに息が切れ、歩きに移行する。
「お父さん……お母さん……」
日は傾きかけているこれ以上の捜索は危険だった。どこからか鉄臭い臭いがしてくる。
「…………!!!!」
白亜の目の前には見たことのない謎の生物が父親と母親を尻尾で掴んでいた。その下には血溜まりができており、もう助からないことは明白だった。
「お父さん!お母さん!」
「キシャアアアァァ!」
「ひっ!」
叫んだものの、どうしていいか判らなかった。もう助からないと思っていても母親と父親を取り返しにいく白亜。完全に無謀だった。
「キシャアアアァァ!」
「わぁあああ!」
後ろに居た仲間にアッサリと捕まり、ギチギチと締め付けられていく。骨が軋む音と強烈な痛みに苛まれる。
「ああああぁぁぁ!」
「キシャアアアァァ。キシャアア!」
父親が未だ手に持っていた猟銃で白亜を捕まえていた謎生物を撃った。銃声がなる。白亜を捕まえていた尻尾が緩み、なんとか抜け出した。
白亜は父親を見る。逃げなさい。そう、口が動いていた。血まみれになりながらも涙を流した。その瞬間、骨が砕かれる音がして完全に父親が死亡した。
「…………!」
白亜は泣きながら逃げた。幸い謎生物達はこの山に詳しくなかった。白亜を追いかけてきたが、わざと危険な獣道を走り回り、なんとか撒いた。
「お父さん……お母さん……」
泣きながらそう、声に出し続けた。
気付いたら、学校まで来ていた。もう白亜の足は限界だった。
崩れるようにその場に倒れ込み、気絶するように眠ってしまった。教師が白亜を偶々見つけてくれたお蔭で少しヒビの入った骨の後遺症等は残らなかった。
「………………あ」
「起きましたか?気分はどうですか?」
「………ここは?」
「病院です。覚えていませんか?」
「お父さん」
「え?」
「お父さんとお母さんは!?」
「お、落ち着いて‼」
白亜は暫く混乱で状況が理解できなかった。
「それで、お父さんとお母さんは?」
「……見つかっていないわ」
白亜の目から、光が消えて涙が溢れてこぼれ落ちる。そして、何時間かずっと泣き続けていた。
そして、そのまま泣き疲れて眠ってしまった。
そして、その日を境に白亜は感情がなくなった。仲の良かった子とも会話しなくなり、次第に周囲から孤立した。
白亜には親族はいなかった。施設にいれるという話になったのだが、白亜が断固拒否し、一人で生活し始めた。感情がなくなった白亜だが、これだけは絶対に譲らなかった。
それから、近くにあった合気道の道場に通い始めた。元から運動能力が高く、教えを吸収するのも人一倍速かったため、直ぐに師範並みの強さになった。
それから、様々な道場を転々とした。弓道、柔道、空手、剣道。どれも直ぐに一人前になり、別の場へ。そんな生活が続く。
学校の方も、IQ180のお蔭なのか、どんなテストでも100点を叩き出し、オール5の天才と様々な所から表彰された。しかし、どんなときでも白亜の感情は戻る気配はなかった。
毎日を機械のように過ごす白亜を子供達は気味悪がっていじめ始めた。しかし、暴力は振るわなかった。
白亜が道場を転々としているのは噂になっていたからというのと、白亜に突っかかった上級生が一瞬でボコボコにされたからである。
「これで君も師範になれるぞ」
「……ありがとうございます」
「前から気になっていたんだが、白亜。お前、どうやって生活費とか稼いでるんだ?」
「………貯金を切り崩しているだけです」
「それで生きていけるのか?」
「稼ぎます。幸い雇ってくれそうな所は無いわけではないので」
これは、剣道の師範代との会話だ。6歳の話し方ではない。
白亜は絵を描いてネットで売り始めた。すると、物好きなマニアがまず反応し、あっという間に収入源を手に入れた。
それから、ありとあらゆる事に手を出した。射撃、乗馬、フェンシング。その中に混ざっていたのが楽器、というかトランペットだった。
白亜は早速練習を開始した。誰もいない家の中で練習する様は近所の名物になった。
中学に上がった。寮に入ることもできたが、白亜は断った。それでも、歩きで三時間かかる道のりだ。獣道を通るため自転車の類いも使えない。
白亜はそれを一時間で歩く。崖をよじ登り、木から木へ飛び移るように移動してかなりショートカットした。
楽器が家にだんだん増えていった。
白亜はそうして、天才中学生として雑誌などでも取り上げられることになった。行きと帰りの道のりを付いてこれる記者は勿論居なかった。
白亜は自分を人殺しだと考えていた。あの日見つけた黒い石のような物が目に入る度、罪悪感となぜ自分が生き残ったのかという思いが強くなった。
考えても考えても謎生物に対抗する手段はないかと思われた。
それでも、何かせざるを得なかった。
白亜の体は気付かない内にボロボロになっていた。山道を毎日走るために身体中は傷だらけになり、殆ど寝なかったため度々足がふらつく。
これが異常だとは、気が付かなかった。こうなるものだと逆に考えていた。
そして、ある日突然学校で倒れた。
「大丈夫?」
「…………」
病院のベットだった。看護師が近くにいた。
「…………なにがどうなったか理解できてないので説明お願いできますか?」
「倒れたんだよ。記憶ない?」
「またか………問題ないです」
「いま、またって言わなかった?」
「…………」
白亜は少し黙った。
「寝てる?」
「………寝てます」
「何時間?」
「………3、2時間ほど」
「…………君ここから出ないようにしないとね」
白亜の目が少し見開かれる。
「嫌です。壁壊してでも出ます」
「そこは即答……壊せないよ、とは言え無いわね……天才中学生は伊達じゃないってよく言われるし」
「帰ります」
「駄目。少なくとも今日はここに居て貰います」
「………」
逃げ出そうと立ち上がる白亜。かなりのスピードで看護師の腕が出てきて白亜は強制的にベットに寝かされた。
「ちょ……!力強い……!」
「これでも空手得意だったのよ」
これが、最恐看護師の天条ひかりと天才中学生の揮卿台白亜の出会いだった。
「見つけた!」
「いっ………!」
病院内で白亜とひかりが全力でかくれんぼというか逃走を計る白亜との追いかけっこは病院名物になってきていた。
「今日は私の勝ち!はい、ここで寝て貰いますよー」
「い、痛い………」
引き摺られながらベットに放り込まれる白亜。扱いが雑すぎる。
白亜とひかりが出会った日、ひかりがある提案をした。
「ねぇ、君と私でかくれんぼしない?」
「………は?」
毎日学校が終わったら白亜は病院に来て、かくれんぼ……というか逃走が成功したらその日は家に帰ってよしというルールだった。
「あー、白亜君また負けちゃったかい?」
「院長………ひかりさんが最近容赦ないんですけど」
「閃光弾まで使う中学生に言われたくないわよ」
この追いかけっこは一切病院に迷惑がかからないというので、白亜とひかりはガッツリ院内で逃走している。
白亜は目が悪いので眼鏡を取られなければほぼ勝てるのだ。逆に言ったら眼鏡とられたら敗けなのだが。目が急に悪くなったのは中学に上がった頃からだ。
コンタクトは高いので眼鏡着用である。
「程ほどにね……」
院長まで白亜の決死の逃走を見て楽しんでいるのだから半分グルである。




