「隔離されてるってこと……?」
「見失った……」
「でも僕たちでなんとかなる相手ではないんでしょう?」
「そうだけど……」
「なら放っておいていいと思います。下手に刺激しない方が良いでしょう」
「……そうだな。すまん。焦ってた」
焦るのは仕方の無いことなのかもしれない。白亜は1度魔王に敗北して逃げているので、過剰に反応してしまうのも無理はない。
ジュード達もそれは良くわかっているので取り合えず放っておくことにしたらしい。
「勇者か……」
白亜はパレードに出る竜人族のリュウホウという勇者をみて、少しだけため息をついた。今の彼ならあいつは殺せない。直感的に判ってしまう自分が辛い。
「さてと。これからはどう―――」
ドガアアァァァン!
そんな感じの音がして、地面が歪み、地震のようなものが起きる。
「なんだ!?」
「嫌な予感があたったな……」
白亜はそれなりに準備していたので特に慌てることなく堂々とその場にたっている。大物感がすごい。
「なにか来る。いや、起こる。皆俺の傍から離れるなよ」
「「「はい」」」
何が起こっても対処できるように全員が配置につく。すると、白亜の眉がピクリと動き、カッと目が見開かれる。
「ヤバイ!全員近くの人に触れろ!」
そう言ってリンに飛び掛かるように抱き付いた。その瞬間、パレードで賑わい始めた大通りから声が消えた。それどころか大通りまで消えた。
その後残っていたのは、パレードで使われる筈だった大型馬車が馬もない状態でボロボロになって発見された。
「んぅ……」
リンが何もない白い壁に囲まれた部屋で目を覚ました。いや、部屋と言うより空間といった方が近いかもしれない。どこまでも白く、方向感覚どころか距離もつかめない。
「え?え?」
暫くキョロキョロと周りを見渡すと、少し遠くに人影が見えた。少し小さい体に白銀の髪。つまり白亜が倒れこんでいた。
「ハクア君!」
咄嗟に駆け寄るリン。
「大丈夫!?しっかりして!」
「う……リン……」
頭を押さえるようにして起き上がる白亜。
「皆は……?」
「判んない」
「そうか……リンはどの辺で起きた?」
「あそこらへん」
先程までいたところを指差すリン。
「あれだけ密着しててこんなに離れてたら……皆バラバラかもな」
頭を右手で押さえながら呟くように話す白亜。
「こうなるって判ってたの?」
「直前で気付いた。気力で何とか繋いでたけど、切り離されて」
「気力って前言っていた前世で使ってた力?」
「ああ。それを限界まで使って街が全部吹っ飛ばないように調節したんだが……」
そのまま周囲を見回す。
「大通りは守れなかった。人が多すぎて結界を張り切れなかったし、何より術者が近すぎた」
「術者?」
「魔王だよ。いや、正確に言えば魔王の部下が魔王と協力して行ったみたいだ」
ふらつきながら立ち上がる白亜。気力を使いすぎた影響がでているようだ。
「何でこんなこと……」
「勇者がいたら困るからってのと、多分俺を釣る材料にしたかったんじゃないのか?」
白亜は少し覚束ない足取りで歩き出した。リンもその後に続く。
「無理してない?」
「問題ない。取り敢えずは……ジュード達と合流しないと」
白亜はここを知っているかのように自然に歩き出す。リンも遅れないように付いていく。
暫く歩くと、白亜が突然立ち止まった。
「ハクア君?」
「これ……扉か?」
グッと何もないように見えるところを押すと、ギギィ、という音がして前向きに開いた。
「え?壁だったの?」
「白くて分からなかったから確証はなかったけど。この先は白くないみたいだ」
そのまま歩く白亜。躊躇はないのか、と心配しつつ、リンもそこに入っていく。二人が通り過ぎた扉は音もなく閉まっていった。
「ダンジョンみたいだね……」
「学園迷宮か。たしかにこんな感じだったな」
いくつも枝分かれしている道を進んでいく白亜。
「道わかるの?」
「判らんけど」
「あ、そうなんだ……あれ?探索は?」
「駄目だったよ。ここには魔晶の干渉が出来ないみたいだ」
「隔離されてるってこと……?」
「そうだな。それに近い」
つまり、白亜は今魔法が一切使えない。それに気力の使いすぎで気力自体も使えない上、疲れきっている。
「休もう。見てられないよ」
「大丈夫だって」
「ううん、休む!なんと言われても休むよ!」
リンのごり押しで休憩をとることになった。
「魔眼は?」
「魔力がギリギリだからな……まぁ、でも使ってみるか」
白亜の目が光を帯びた瞬間、目を押さえて膝から崩れ落ちた。
「ハクア君!?」
「ぅ……なんだ……この感じ……!」
目を押さえたままではあるが、なんとか起き上がる。
「どうしたの!?」
「魔眼が使えない……。魔力を流したら目から電流みたいなのが伝わってきて……!」
「……!魔眼封じ……?いや、この感じだと魔眼殺し……」
白亜がリンの方を向く。
「なにそれ」
「魔眼を使おうとしたら魔力を強制的に電気に変換して体に流すってやつだよ。禁術の筈なのに」
「この空間自体が禁術の塊みたいなもんだけどな……」
なんとか目が復活した白亜は、再び歩き始めた。
「…………!リン!伏せろ!」
突然だった。見えないほどの速度で白亜が村雨を抜き、何かに斬りかかった。
「おー、怖い怖い。弱体化させてこれー?」
魔族が二人。魔族のなかでも見たことがない種族だ。全身真っ黒にはかわりはないのだが、一方は甲殻類のような殻に覆われていて、もう一方は下半身が蜘蛛だ。
「俺たちになんの用だ?蟹野郎と蜘蛛野郎」
「蟹野郎はないでしょー?ボク、ズィーク」
「蜘蛛野郎はないでしょー?ボク、ルィーク」
「「双子だよ」」
同じ様な声、同じ様な話し方。顔も良く似ている。体がおかしいだけなのだ。
「なんだお前ら……?魔族なのか……?」
「「魔族だよー?ただ、魔王様に力を貰ったんだー」」
「力?その体か?」
「そうそう。ボクは固い殻を!」
「ボクは沢山動く足を!」
リンを庇うようにしながら立つ白亜を見ながらクスクスと笑う。
「銀髪の子供!捕まえたらもっと強くなる!」
「銀髪の子供!捕まえたら魔王様が御褒美くれる!」
「「だから捕まえる!」」
どうやら魔王は白亜を捕まえれば力を与えると言っているらしい。
「何が力だ?怪物になって何が楽しい?」
「怪物?怪物は人間だよー?」
「ボクたちを理由なく殺すんだもん。怪物だよねー」
「「ねー」」
あまりにも揃いすぎていて気持ち悪い、と白亜は思った。
「じゃあ俺がお前らと戦わないっていってもお前らは戦うつもりなのか?」
「もちろーん!」
「当たり前だー。ボク達、力が欲しい。手っ取り早い。銀髪の子供捕まえる!」
白亜は話すのは無駄だと判断し、村雨を正面に構える。
「ハクア君。私も戦うよ!」
「無理だ。魔法を発動させようとしてみろ」
「?あれ?」
「この場は今魔法が使えないんだ。それは敵も同じだけど、あの怪物みたいになってる感じを見ると多分戦闘慣れしている」
先程リンが襲われかけたとき、とんでもない速度で動き、白亜の攻撃を避けたところを見ると、身体能力は半端ではないだろう。
「今は後ろにいてくれ。頼む」
「……判った」
ここで出るとかえって邪魔になると判断したリンはいつでも動ける準備をして後ろに下がった。
「クスクス。ボクたちは、負けないよ?」
「そうそう。負けない。負けたことがない」
そのまま戦闘開始となった。
「ぐっ……こいつら、ダイよりも速い……!」
「クスクス。弱体化、効いてる効いてる」
「これでしてるって言うのもおかしいよねー」
白亜もかなりの速度で動き続けているが、疲れ、気力の枯渇、魔法が使えない、そのうえ皆を探しにいかなければならないという極限状態。
白亜の攻撃にはいつもよりムラが出来ていた。
「弱点、みーつけた!」
「リン!」
ルィークが不思議な形のナイフをリンに向かって突き立てようとしていた。一瞬気をとられたが直ぐに立て直し、ズィークを足で蹴飛ばし、その勢いでリンを庇うようにしながらナイフを弾く。
ほんの少し間に合わなかった。軌道の逸れたナイフは白亜の頬を掠めながら後方に吹き飛んでいった。白亜は気にしないようにしながら村雨で躊躇なく切り裂いた。
「ぅぐ……」
「ハクア君!血が……!」
「どうってことはない。それにあと一人いる」
頬からポタポタと血を滴らせながら周囲に気を配る白亜。
「ルィーク?ねぇ、ルィーク?」
既に息絶えた下半身が蜘蛛の魔族を揺すり続けるズィーク。無駄だと直ぐに気づき、白亜に殺気が籠った目を向ける。
「ユルサナイ……!ヨクモ、ルィークヲ……!」
「先に始めたのはそっちだ。殺られたくなかったら俺から逃げるべきだった」
「シラナイ……ソンナコト、ミトメナイ!ルィークヲカエセエエェェェ!」
怒りによって今まで白亜を翻弄した隠密性が無くなった。それを白亜が見逃す筈もない。
攻撃を弾き、懐に入り込んで一撃必殺とも言える斬撃を放った。真っ二つになって赤い地図が地面に広がる。
「………」
頬からポタポタと血を滴らせながら、白亜はそれを感情の見えない死んだ目で見つめていた。




