「白亜ー。某呑み足りないぞー!」
さまざまな店が建ち並び、そこから客を呼び込む声がしてくる。王都では呼び込みなんてものは普通ないのでかなり新鮮である。
「おい、兄ちゃん!一杯飲んでいかないか?」
「おお!白亜!某、酒がーーー」
「はい、一先ずいきますよー」
キキョウに引き摺られるようにして連れていかれるダイ。酒好きらしい。
「ジュード!精霊いっぱいだよ!」
「そうだね。でもはぐれると危ないから遠くにいっちゃダメだよ」
「はーい」
チコとジュードは完全に親子である。
「んー。取り合えず宿か?」
「それでいいと思うよ。遅くなると色々面倒だし」
ここは人種差別が殆ど無いので普通に泊まれた。
「観光しますか」
「そうだね!」
「はい!」
「わーい!」
白亜の言葉にリン、ジュード、チコが反応する。
「白亜!某酒が飲みたいぞ!」
「昼間っから……まぁ、良いけど。金は自分の配当分から出せよ」
「勿論だ!」
「妾とキキョウは精霊の温泉に行きたいのだが」
『精霊の温泉って?』
『要は、魔力プールなんです。精霊が多数集まり情報交換などをするんです』
『ルナと契約したときみたいなところか?』
『そう思っていただいて構いません』
「そうか。行ってくるといい」
「うむ。ではの」
酒場に突っ走って行ったダイ、精霊の温泉に行ってしまったキキョウ、ルナを除いた四人は適当に町を歩いていた。
「ジュード!あれ食べたい!」
「チコ。あんまり食べると太るぞ」
「運動するもん!」
白亜の少しずれた忠告も聞かない。
「はい」
「わーい」
綿菓子のような物を屋台で買ってきたジュード。リンはサクラちゃんの飛び出た鞄を揺らしながら二人の真ん中を歩いていく。
「おい!ドワーフのガドンに張り合ってる奴が居るぞ!」
「嘘だろ!?」
周囲がそんなことをいいながらどこかに突っ走っていく。
「喧嘩でしょうか?」
「さぁ?」
「ドワーフって言ってたな」
「おいちぃー」
なにも見えていないチコ。会話にならない。
「あ、人だかりできてる」
「さっき言ってたやつかな?」
「んー?ん?」
白亜の左目が緑色の光を放つ。すると、少しだけ表情が固まった。普段変わらない表情しかしないのに、周囲が見て、あ、なんか固まった。と思うくらいには固まった。
つまり、見えたのはかなり衝撃的な物だったらしい。
「…………」
「師匠?どうしました?」
「……みてみればわかる」
端の人があまり居ないところに入り込み、中の様子を見る。樽に囲まれたダイが樽ごと酒を呑んでいた。しかもかなりきつめの蒸留酒。
「ダイさん……」
ジュードが少しあきれた声色で呟く。
ダイの隣には同じく酒樽に囲まれたドワーフが座って此方も樽で豪快に呑んでいた。白亜は成人前に亡くなっているので酒の味は知らない。
だから、酒に強いんだな、という感想よりもよくあんなに腹にはいるな、と考えていた。
「おお?白亜ではないか!どうしたか?」
「人だかりができてたのが気になっただけだ。それにしてもそんなに飲んで金はあるのか?」
「うむ!呑み比べで勝ったらタダらしいからそれでな!」
「大丈夫かよ……」
どっちが大人なのか。白亜も精神年齢は30歳なので十分大人ではあるが。
「おい!このワシと勝負するか!」
「しませんよ。まだ10歳なので」
「10歳?ワシの勘だと成人はしている気がしたんだがなぁ」
ダイの隣にいるドワーフが見えない目を細めて言う。
「この通りワシは目が見えないから、雰囲気で当てるしかないんだが、外したか」
なかなか鋭いドワーフである。
「全く、なにやってるんだか」
人ごみから抜け出した白亜達は再び店巡りを始める。と、白亜が突然立ち止まった。
「ハクア君?」
「いや、気のせいか……?なんでもない」
近くをきょろきょろと見回すが、特になにも無かったようで首をかしげながら歩き出す。
白亜達は日が沈んでから宿に帰った。が、ダイがまだ帰ってこないので白亜が迎えに行くことになった。
「全く。いつまで呑んでるんだ……」
魔力灯を頼りにしながらダイのいた酒場に行く。まだ呑んでいた。とは言え大分限界の様子だったが。
「ワシの敗けだ……」
「げぷっ、勝ったぞぉぉぉ!」
酔っ払いの召喚獣。役に立たなさそうである。
「ダイ。何時までここにいる気だ?」
「おお、白亜も呑むか?」
「呑めないって言ってるだろ。この酔っ払いめ」
「クハハハ!」
「もうやだこの酔っ払いは……」
白亜は取り合えず連れていくことにした。酔っているので足許が覚束ないダイを成長したとは言えまだ子供の域を出ない白亜は肩を貸すことができない。
半分引き摺る形になるが、無理矢理連れていく。
「あ、そうだ。こいつどれくらい呑みました?」
「それならば金は心配するな。ワシは勝負に負けたからな。全額払うさ」
それにしても多すぎるだろう、という量の酒樽だ。
「いえ、こいつも喜んでいるみたいですし。今度あったら誘ってやってください」
そう言って300エッタ置いていく白亜。白亜は未だ知らなかったのだが、大陸によって物価が違うらしく、1エッタ=100円位だったのが1エッタ=1000円くらいまでつり上がっていた。
つまり、日本円で30万円程を無造作に置いていったのである。白亜の財布はインフレだ。
「自分で歩け!」
「白亜ー。某呑み足りないぞー!」
「何樽呑んだんだよ!これ以上呑まれたらこっちが困るわ!」
酒臭い息を必死で我慢しながらダイを引き摺る白亜。白亜はタバコや酒といった物の匂いが嫌いだ。鼻が良いせいで強烈な臭いに耐えられない。
「酒臭い!」
「白亜ー。某自分で歩けるぞー?」
「ベロンベロンじゃねーかよ!」
白亜はもう無駄だと悟った。そして、ダイを肩に担いだ。10歳の子供が背の高いそれなりにがっしりした体型の大人を担いで運ぶ異様な光景。
「ちょ、白亜!落ちるぞ!」
「うるさい。こっちの方が早い」
確かにそうかもしれないが、異様すぎる。夜なので人目はあまり無いが。
「走るぞ、それっ!」
「白亜ぁぁぁぁぁ!」
夜の街に奇妙な叫び声が反響していた。
「覚えてない」
「……はぁ」
次の日には完全に忘れていたダイ。しかも酒が残るタイプではないらしく妙にスッキリした顔をしている。
「これからは程々にしろよ」
「了解した」
ダイ以外の全員が不安だった。
「で、今日は勇者のお披露目なんだっけ?」
「はい。神殿の方で行われるようですね。記念パレードなんかもあるようですし」
流石はキキョウだ。情報収集力は本業にしている人よりも高いだろう。呑んだくれの誰かさんとは違う。
「行きたい!チコ勇者見たい!」
「そう言えば竜人種なんだっけ?みたことないな」
「じゃあ、皆で行こーう!」
仕事は良いのか。
「入場券は此方です!押さないで下さい!」
コンサートではない。勇者のお披露目だ。この後パレードで町を回るのにそんなの関係無いとばかりに人が殺到している。
「うわっぷーーー」
「ハクア君が離れた!」
「ちょ、師匠!」
人混みに流されながら何とか入場券を購入し、列から離れる。
「こんなに人が多いとは……」
「勇者はヒーローですから!」
「へぇ……」
未だにその凄さが判っていない白亜であった。
適当に自由席に座る。見えるのか?っていう程の遠さ。
「オペラグラスいるだろ、これ」
「オペラグラス?」
「望遠鏡だ」
「へー」
白亜にはチートとも言える魔眼があるので必要ない。魔眼がなくても見えるが。
「あ、暗くなった」
だんだん静かになっていく。舞台の上に王族らしき人がたつ。その近くに、サレンズが居た。
「サレンズさんいるぞ?」
「ほんとだ!これのために来たのかな?」
「凄いですね!流石は公爵家のお嬢様ですね!」
「王族が何言ってるんだ」
小声で会話しながら舞台の様子を伺う白亜。
「皆さま、本日は勇者リュウホウのお披露目に来ていただき、誠にありがとうございます」
そんな感じの事をつらつら述べ、会はつつがなく進んでいく。
「それでは、勇者!竜人族のリュウホウです!」
拍手が起こり、奥から勇者、リュウホウが出てくる。竜人。緑色の尻尾に鱗に覆われた四肢、顔は人間に近い。目は切れ長で整っていると言えるだろう。髪の毛は鱗と同じ緑色。
白亜は、竜?蜥蜴?と言いたいところだったがグッと堪える。空気が読めるようになってきた証拠だ。
「勇者のリュウホウです。チカオラート様に選ばれたからには精一杯頑張ります!」
この後、色々あって会は終わった。特にやることはなかったため、行く意味あったか?と思ってしまうほどだった。
帰ることにして、再び人混みに流されていくと、突然白亜の目付きが変わった。戦闘時のような鋭さを持っている。
「ーーーーー」
「ーーーーーーー。ーー?」
「ーーーー!ーーーー、ーーーーー」
人が多すぎて誰が何を言っているのか判らない。その中で、白亜は1つの声を聞いた。これは和音などの音程を聞き分ける事と良く似ているのだが、人の声には各々音程がある。
話し初めは、ソ、続けるときはラ、など、人によって違う。勿論ピッタリではない。シャープに近いソ、フラットに近いラなど。
白亜は絶対音感を人を認識するときにも使っていた。この音から話し始める人はこの人だ、と。
絶対ではないが、皆同じ様なものではある。
そして白亜は、聞き分ける力に長けていた。故に、聞こえづらい場所でも聞き分けられるのだ。
「思ったより外れだったなぁー。やっぱりあの子じゃないと面白くないかなぁー」
そんな言葉だった。
「あいつ……!なにしに来た……!」
白亜は人混みから外れて追うつもりだったが、多すぎて抜け出せることができず結局見失った。
「師匠!勝手にいかないで下さいよ」
「いた」
「え?」
「奴が居た。それも堂々と人に紛れてた」
白亜は懐中時計を取り出して何時ものようにツマミを回した。出た言葉は、『滅亡』
「……破滅より悪くなってないか?」
何が言いたいのか、これは何を指しているのか、白亜には全く判らないことだった。
「師匠。何が居たんです?」
「魔王」
「魔王って、あの!?」
「普通に紛れてて全然気づけなかった」




