「あんたはゲームオーバーだ」
「どういうことですか?」
「最初にきな臭いと思ったのは馬車の構成だ」
白亜が話し始める。ジュードになのか、ジャンになのかは判らない。
「余りにも護衛が多すぎる。過保護かと思ったけど、俺達を全員馬にのせたことから大体判った。ああ、こいつ殺す気だってね」
ジャンに向かってニヤリと笑う。
「次におかしいのは船。乗船料を俺達に払わせたのは子供嫌いな訳じゃない。足がつかないようにするため。だろ?」
白亜の魔眼が怪しい光を放つ。
「それから、部屋の位置。遠すぎず、近すぎず。多分、遠すぎると露骨におかしいと気づかれるのを警戒して、近すぎるとタイミングを計れないと警戒して」
「そこまで考えてから、俺も気づいた。俺たちが護衛から離れる陸に行った後で殺す気なんだって。だったら俺が使えない振りをすれば上手く行けば餌に食らい付いてくるんじゃないかってね」
いつの間にか手にしている抜き身の村雨をくるりと回す。ピチャピチャっといいながら水滴が飛び散る。
「そしたら本当に来た。面白いくらいに罠にかかった」
くく、と笑う。
「病気の振りだと怪しまれるし、部屋にこもってちゃうまい具合に周囲の状況は掴めない。だったら船酔いのふりして甲板に居れば何かあったときに対処はできるし、俺の予想が外れても特に不審がられることもない」
ピタリと刃をジャンに向ける。
「あんたはゲームオーバーだ」
ジャンはナイフを抜いた手を必死に守っている。血がドクドクと流れ出る。
「ん」
「っ!」
真横から飛んできたナイフを苦もなく人差し指と中指で挟むように止める白亜。真剣白刃取りと言うべきなのか。
「返す」
そのままの指を手首のスナップで返し、ナイフを飛んできた方向に投げる。恐ろしいほどの速度が出ている。ナイフの柄に当たっただけで少し吹き飛んでしまうほどに。
「面白いじゃない!」
先程までジュードに向かっていた3人が白亜に狙いを定めた。その瞬間、白亜が首をコキリとならした。直後には全員白目を剥いて倒れていた。
力の差は圧倒的だった。
「ジャンさん。死にはしません。死ぬほど痛いでしょうが」
パチン、と指をならす。ジャンの体から力が抜けて前のめりに崩れ落ちた。白亜の蹂躙とも言える一方的な戦闘。サレンズはこれぞ冒険者だと目を輝かせてみていた。
ジュードはかなり限界だったため、無事を確保できたと思った瞬間気を失った。
「師匠……?」
「ん。起きたか。お疲れ」
「いえ、師匠がいなかったらサレンズさんは殺られていました。すべて僕の責任です」
「そんなことはない。俺も相談せずに動いたしな。ジュード達なら何とかできると思ってたからね」
「力不足で……」
「違う違う。寧ろ逆だ」
白亜の死んだ目を見詰めるジュード。
「あいつら強すぎる。王族の暗殺にもあれほどの奴は使わないだろう」
「何でそれが?」
「気にならないか?お嬢さんが独りで船に乗ってどっか行くんだぞ?護衛隊長一緒でも危険すぎる」
「確かに」
白亜は徐に懐中時計を取り出して、周囲を見回し、ツマミを回す。カチカチと規則正しく音がなる懐中時計。白亜は暫く弄った後、触るのを止めて頭を抱える。
「どうでした?」
「なにも変わらん」
出た文字は、破滅。
「この依頼、絶対なにかおかしい」
「ハクア、でしたか?」
「はい。お好きにお呼びください」
「そうですか。この度は守っていただき感謝ですわ」
「感謝ならジュード達に。彼らの功績です」
「それでも最後には助けてくれましたわ」
「………どうでしょうか」
白亜はなんとなく自分がジャン達を捕まえてしまってよかったのか、心配だった。
「この先、何やら嫌な予感がします」
「予感ですの?」
「ええ、勘でしかないのですが、嫌な予感ほど当たってしまうんです。運が悪くて」
「そう」
海をじっと見る白亜。
「差し支えがなければこれからどこへ行き、何を成すのか、教えていただけませんか?」
「それは出来ませんの。申し訳ありませんわ」
「いえ、問題ないならいいのです」
再び懐中時計を取り出してツマミを回す。出てくる言葉は、やはり、破滅。その二文字が繰り返される。
「………破滅」
「なんですの?」
「いえ、なんでもありません。御体に障らないよう十分お気をつけください」
白亜達の護衛は船がつくまで。そこから先は別で決められた護衛がつく。
「何をやっても、もう間に合わないのか?」
白亜は同じ言葉しか繰り返さなくなった懐中時計を祈る様に両手で包み込み、目を閉じる。
「俺は先を知っていて尚、無視しなければいけないのか?」
『マスターが気に病むことではありません』
『そうかもしれないけど、ここまで関わっておいてそれは』
『所詮赤の他人です』
『わかってる。そんなこと』
カチカチと懐中時計の秒針が進んでいく。
『カウントダウンを見守れと?俺には無理だ』
『マスターにはどうにもできない案件です』
『何とかしたい』
『無理です。貴方がもし命を落とす結果になっても運命は残酷です。なにも変わらない』
白亜はもう一度懐中時計のツマミを回す。
「破滅……」
その結果に再び落胆する。
「………本当に避けられないのか?運命ってなんだよ?時間ってなんだよ?そんなことに縛られながら生きるしかないのか?」
『マスターの手にあるのが答えです。喩え拒否しようが何だろうが時間は止まりません』
『………』
『貴方は甘過ぎます。マスター』
「護衛をしてくださり、ありがとうございましたわ」
「いえ。礼にはおよびませんよ」
白亜は小さく笑い、優雅にお辞儀をする。
「貴女が行く先々、幸運に恵まれますよう祈っております」
「もういいか?」
「お時間をとらせてすみませんでした」
白亜達の護衛任務はこれで終了だ。白亜達もこのあと観光の予定になっている。代わりの護衛に交代する。
「ーーーーと」
「なにか言ったか?」
「いいえ、何も。サレンズお嬢様。いい旅を」
白亜はどこか心配そうな顔をしながらサレンズの乗った馬車を見送っていた。
「師匠?」
「ああ、なんでもない。行こうか」
全員で町に向かってあるく。ここはリベット大陸。別名、女神が住まう土地。
ここには白亜達の居た大陸よりもずっと広く、人種の坩堝となっている。また、女神が住まうと言われているほど豊かで美しい国だと言われている。
最高神、つまりチカオラートの宗教である騎士教が深く浸透している。何故騎士なのかと言われればチカオラートの格好そのまんまである。
「んー。勇者って見つかったんだっけ?」
「船に乗っているときに見つかったそうですね。竜人族の種だそうですよ」
情報担当のキキョウが精霊達や水を介して得た情報をつらつらと述べる。
「お披露目は明日だそうですよ」
「見に行こうね!」
何やら興奮しているリンとジュード。
「勇者って珍しいのか?」
「珍しいな。某は会ったことはあるが」
「それってどれくらい前?」
「そうだな。300年ほど前か?」
「わぉ」
300年ほど前。ダイって幾つだ。
「妾も会ったことがあるぞ。500年ほどよの」
「勇者って何年に一回位のペースで出てくるの?」
「そうですね。300年に一度ほど」
「そりゃあまた長いな」
リンが、あ、と声を出す。
「そう言えば勇者って皆同じ人に最後は殺されてるんだって」
「なにそれ。その人幾つ?」
「さぁ?」
『貴方も会いましたよ』
「「「え?」」」
ジュード、リン、白亜、チコが声を同時にあげる。
『魔王ですよ』
「魔王って、あの後ろから刺してきたやつ?」
どういう覚え方をしているのか少々気になる所だ。
『勇者達は皆、魔王を倒しにいって返り討ちにあって亡くなっているのです』
「それじゃあ、魔王ってそんなに強いんですか!?」
『その通りです。ジュード』
なんて奴と敵対しているんだ、と、今更ながら思う白亜。