「師匠完全にダウンですね……」
「初めまして。サレンズ・メノ・トリッカと申しますわ」
「初めまして。ハクア・テル・リドアル・ノヴァと申します」
長い。と思いつつその名で自己紹介する白亜。何故かというと神様が決めると獣神だろうが最高神だろうが魂に記憶されてしまうらしくギルドカードにそう名前があったからだ。
ギルドカードを名刺として見せるのに言っている名前と書いてある名前が違う。となると嘘をつかれたと思われかねないので本名を言わなければならない。
「えっと。ジュード・フェル・リグラートです」
「リンです」
「ジュードの精霊のチコです!」
「白亜の契約獣のダイです」
「ハクアの精霊のルナ」
「ハクア様の精霊のキキョウです」
一通り自己紹介を終える。
「お嬢様の護衛隊長のジャン・トイルだ」
「よろしくお願いします」
「子供に守られるほど我々は弱くない」
じゃあなんで依頼出してるんだよ。と全員が問いたくなった。
「妙な気を起こすなよ。餓鬼共」
『マスターは精神年齢30歳なんですから!』
『シアン。フォローになってない』
今回の依頼は、トリッカ公爵家の3女であるサレンズ嬢の護衛だ。年は白亜と同じ10歳。魔法使いで火属性を使える。
「馬車で港まで行ってそこから船に乗り換えますわよ」
「了解しました」
取り合えずルートを聞いてその辺りに魔物がいないか魔眼で見てみる白亜。
『問題なさそうですね』
『警戒は怠らないけどな。でも、なんかきな臭い気がする』
『それは同感です。祭りにいくとはいえ何故御嬢様のみでの移動なのか、そこがはっきりしませんね』
『情報処理は頼んだ』
『お任せを』
馬車が動き出す。白亜達は横で馬を走らせる。護衛だと大抵子供だからと外に追い出されることが多い。
「全員、遅れないように」
「「「はい」」」
白亜が声をかけると馬までもが反応する。馬にもちゃんと聞こえている様だ。
「それにしても、何も出てきませんね」
「俺が色々やってるからね」
白亜の左手が地面に向かって水平に向いており、心なしか指も動いている。
「流石ですね」
「そんなにすごいことじゃない。属性の差だよ」
魔晶属性とは色々応用が利くようだ。
「今日中には港に着けるから」
「そうだね。馬にも頑張ってもらわないとね」
話しながら馬を乗りこなす白亜。中々様になっている。
「着いたな」
「あっという間でしたねー」
「海だねー」
結構早く港に到着。そのまま馬車と馬を船着き場のところに置いていく。これは良くあることで、料金を払えば馬と馬車を預かってくれる。
馬で移動してそのあとどうすんの?状態にならないようにちゃんと組織があるらしい。
「餓鬼共。自分の分は自分で払え」
普通ならあり得ない。護衛してもらっている立場でここまで横暴な態度を見せることは。子供なので舐められる。
「はい。片道いくらですか?」
「料金は片道200エッタです」
精霊だろうがなんだろうがその分払わなければならない。白亜は4人分、800エッタ支払った。とはいっても仕事はわんさか沸いてくる。こんな分直ぐに儲かるのだ。
完全にインフレである。
「片道三日間、ここで過ごすことになるんですか」
「……狭い」
二段ベットが2つずつ。それが部屋の半分を占めている。
「片道200エッタにしては良い方かもな」
もっと狭い所じゃなくて良かったと思う白亜。本人が良いなら良いのだが。
ここでひとつ問題が発生した。それも、大問題。
「うぷっ……」
「師匠完全にダウンですね……」
白亜が船酔いした。
「なにこれ……こんなアトラクション、クレイジー過ぎる……」
いつも言わないようなことを口走ってしまう位にはダウンしていた。護衛依頼で最大戦力が潰れた。これはかなり不味い事態である。
白亜を除いた面々は緊急会議を開いていた。
「師匠があれでは」
「ちょっと動けない感じだったもんね……」
「ハクア様抜きで船上は頑張りましょう」
「まさか師匠が船酔いするとは思ってませんでしたね……」
生まれて初めての船はかなりトラウマになっただろう。キツくて白亜は甲板から帰ってこない。
二日目、夜。
白亜は甲板で俯くようにしてなんとか吐き気をこらえている。
「ん、なんでしょうか……?」
その前に立ちはだかった人達を死んだ目で見る白亜。
「な、なんですか!」
「ジュード君!サレンズさんを!」
「判った!チコ!」
「うん!」
甲板から大きな音が聞こえた。いつもなら白亜だと言いきれるのだが、今回は完全に船酔いでグロッキー状態になっているのでそうとも言いきれない。
「サレンズさん!」
「ジュードさん!今のは!?」
「判りません。一先ず貴女の無事を確認しに来ました」
「私は大丈夫ですわ」
その事にほっとしたジュード。その瞬間、体が浮遊感に襲われる。
「なんです!?」
「掴まって!」
超原始的な落とし穴。白亜ならともかく、ジュードは空を飛ぶ魔法は覚えていない。
「風魔法で下から煽って……!」
その時部屋に入り込んできたのは護衛隊長のジャン。
「ジャンさん!」
「ジャン!助けなさい!」
「出来るわけ無いでしょう?これは計画通りですよ、御嬢様」
ジュードがなんとか掴まっていた右手を蹴り飛ばされ、穴に落ちる二人。
「チコ!」
「任せて!」
チコが突風で下から煽り、ジュードも同じように魔法を使って勢いを殺す。
「ぐっ!」
底には剣山が敷き詰められている。やっていることが白亜と同じだ。
「チコ!横に!」
「うん!」
真横からも突風で煽られて、なんとか剣山のある位置を回避した。
「サレンズさん。大丈夫ですか?」
「え、ええ……ごめんなさい。足手まといに……」
「気にしないでください。ここは何処でしょうか?」
魔法で明かりをつけ出口を探すジュード達。
「ハクア君!」
リン達が到着した甲板では髪が焦げた白亜が倒れ込んでいた。酔いとは恐ろしいものである。
「やれ。時間稼ぎでも構わん。あの公爵嬢を殺すまでの時間を稼げ」
そういった瞬間、近くの人達がリン達に襲い掛かる。狭い甲板、使える魔法もかなり限られる。
「ふん。弱い」
そう言ったこの中で一番偉そうなやつが白亜を海に投げ込んだ。
「ハクア!」
「ハクア君!」
バシャン、と水音が聞こえてきた。
「今すぐ助けにーーー」
「行かせないよ?」
かなりの手練れ。冒険者のランクで言えば13程の。つまり、一流レベル。良くここまで集まったものだ。
「ハクア君が船酔いしてなきゃこんな人たち一瞬で何とかなったのに……」
悔やんでも仕方がない。白亜はもう海の中だ。早く助けにいかないと。その事ばかりが頭をよぎり、勝てる相手に勝てない。
「どうしよう、どうしよう!」
ダイならばかなりの腕を持っているが、一対一の戦闘に特化している。一対多数の戦闘になると持たせるので精一杯。キキョウは雷属性魔法を避けるのに必死、ルナは木で出来た甲板を燃やさないように気を配りすぎて集中できていない。
「ハクア君……どうか無事で」
リンは取り合えず目の前の敵に集中した。
「く!」
「ジュードさん!」
ジュードは苦戦していた。守るべき対象がいると、魔法は簡単には使えない、剣も振るえない。白亜との訓練で覚えた盾で必死に魔法や剣を捌き続ける。
攻撃はチコに任せるしかないが、精霊の力が弱いのか、思うように魔法が使えない。
「ほらほら!もっと面白くしてくれないと!」
敵はかなりの手練れ、それも3人。いくら武の王でも動きが制限され、尚且つ魔法も使えないと多勢に無勢だ。
「お嬢様。死んでください」
後ろから、前から、横から。あらゆるところからナイフや魔法が降り注ぐ。
(不味い……このままじゃ敗ける)
後ろに居るサレンズさんを何としても守りきらなくては。その思いばかりが募り、疲労してくる。
「はぁ、はぁ」
「もう少し遊ぼうよ?お嬢さんなんか放っといてさぁ。君結構強いでしょ?あの銀髪の子は見かけだけだったねー」
(師匠がいないと、こんなに僕は弱いんだ)
疲れで隙が出てきた。一瞬立て直そうと盾を握り直そうとした瞬間、
「きゃあああ!」
「ふふふ。お嬢様。さようなら」
「サレンズさん!」
一瞬の隙をつかれ、ジャンが後ろからサレンズを投げ飛ばし、その首にナイフをあっという間に突き立てーーー
「ぐぎゃああぁぁぁ!」
「全く。思ったよりも数が多かったな」
ポタリ、ポタリ。水を髪から滴らせながら白亜が暗闇から出てきた。ジュードがジャンに目を向けるとジャンのナイフを持っていた手に深々と白亜の腰にある投げナイフが突き刺さっている。
「いやー。参った。まさかここまで水が冷たかったとはねー」
「師匠……?船酔いは?」
「そんなの演技に決まってるじゃん?」
「は?」
白亜が戦闘時にのみ見せる笑顔であっけらかんと話す。




