「そんな簡単に帰れるんですか?」
白亜は聞いた話を忘れないようにしっかり覚えた。
シアンがデータ化してくれるのでは白亜が何かする必要はないのだが、一応これから先このような情報を集める上で覚えておいた方がいい内容であることは間違いないだろう。
たまに話を聞いていない白亜だが、一度見聞きしたことは覚えようとさえすれば基本的に忘れない。その気がないのがタチが悪いところではあるのだが。
「貴重な話をありがとうございます。それで、これから帰りますか?」
「え? ああ、そうですね……妹に飯買ってかないと」
「いや、元の世界に」
「へ?」
一瞬、テオドールの動きが固まる。そしてすぐに『白亜が異世界を行き来している』ことを思い出した。
「そんな簡単に帰れるんですか?」
「多分……?」
白亜の返答が若干曖昧なのは、白亜自身テオドールの元居た世界の場所がわからないからである。だが、おそらくジャラルやチカオラートに聞けばわかるだろう。最悪知らないと言われてもエレニカに確認を取ることができれば確実にわかる。
エレニカならば絶対に情報が行くので、新しく生まれた世界であっても、基本的に全ての世界を把握している。『わからない』ということはないはずだ。
ただ問題はエレニカは今かなり忙しいのでコンタクトを取るのが結構難しい。
修行の進捗も報告できていないので、課題も未だ前に進めていないのである。
「帰れるのなら、帰りたいです。妹も帰れるんですよね?」
帰りたいかという質問にテオドールは即答した。無理やり連れてこられたテオドールには、この世界にいい思い出が殆どない。留まりたいという気持ちはなかった。
「勿論、妹さんと一緒に送り届けます。俺たちが責任を持って」
「あ、ありがとうございます……!」
この時の白亜はまだ気付いていなかった。テオドールを送り届けることが、予想以上に大変だったことに。
順調に荷運びの依頼達成報告を終え、ダイとヴォルカが宿に戻る。白亜とルナ、テオドールは一足先に宿で待機していた。
「帰る途中でアッチ見てきたんやけど、どえらい事になっとったわ。反乱に発展するんも時間の問題やね」
『召喚の件も明るみに出たら、周辺国からの援助を受けることも容易になるでしょう。この国はもう瓦解寸前ですね』
アッチ、とは白亜が爆弾という名の人間を放り込んだ場所である。国の中枢にいる人間がわかりやすく不正していた事実の証拠をくっつけて送り込んだので、文字通り煮るなり焼くなりできる極上の獲物だ。
これほど反乱分子にとって都合のいいものはないだろう。
加えて異世界人の召喚は国の取り決めで禁止されている。チカオラートが唯一神として崇められている宗教では教義として禁止されているので、その宗教を国教としている国は必ず反応を見せるだろう。
ちなみにリグラートもその宗教が国教だ。当然、白亜は信仰していない。
ハクアの街はリグラート領内にある。が、その宗教の神殿や教会はハクアの街にはない。単純に白亜が嫌がったのである。その手の建造物があるとチカオラートがこちらに干渉しやすくなるのが原因だ。
普通ならそんなことをしたら住民の反発を買いそうだが、ハクアの街の場合は移住してくる人が皆ある意味で白亜教の信者なので全く問題なかったりする。
「それで、これからどうする? この国は近いうちに混乱するだろうし、一度ハクアの街に戻るか?」
「ああ、その件なんだがテオドールさんを先に元の世界へ帰したいと思う」
「テオはええんか? もしかしたら、無理やり召喚してきた相手になんらかの方法で制裁できるかも知れんで?」
テオドールはヴォルカの言葉に少しだけ考えるそぶりを見せたが、すぐに首を横に振った。
「確かに恨みはある。けど、それよりも早く妹を家に帰してやりたい。ここには、もう関わりたくない」
ヴォルカは静かに頷いた。もう関わりたくない、という言葉の重みがそれ以上の会話を止めた。
『私達はテオドール様のいらっしゃった世界を探します。その間にこの世界から発つご準備をお願いします。ヴォルカ様とダイには、テオドール様の護衛をお頼みいたします』
「わかった。某に任せよ」
シアンが言い終わって直ぐ、白亜が転移魔法で姿を消した。
ジャラルあたりにテオドールの元いた世界がどこなのか聞きに行ったのだろう。
ダイとヴォルカ、テオドール、そしてルナが部屋に残された。数秒、全員無言になる。
いきなりの展開に、特にテオドールが付いていけていない。白亜の行動は基本的に迅速なので、周りが遅れてしまう事が多々あるのだ。シアンやジュード、リンのフォローなしではまともに領地経営など出来なかっただろう。
「……なんか、あまりにも都合のいい話になる展開が早すぎて……いまいち信じきれない」
「そこに関しては某も同意見だ。白亜が出来るというのだから、疑わずに乗るのが召喚獣の役目なのかもしれんが……如何せん他人が理解するまで待つということを知らんからな」
「それ、シュナにもあった気がするわ……正直、ルギの方が目立っとったけど」
周りを置いて突っ走っていく白亜だが、シュリアの頃からだったらしい。
振り回されながらも、なんだかんだ楽しんでいるダイならともかく、初見のテオドールからすればかなり怪しく見えてしまうことも事実だ。
「不安になるのもわかるが、今は妹君を助けるためだと思って飲み込んでくれると助かる」
「……わかってる。さっき、あの人の昔話も聞いたし……。なんか、あんまり話したくなかったのか、ところどころ作り話っぽかったけど」
「「………」」
白亜の人生、若干フェイクを混ぜたと思われたらしい。




