『馬車を作ればいいんだな? 宿に置いておく』
カリファがギルドに依頼申請をしている内に、ダイがこっそりと白亜に連絡をとる。
「荷運びの依頼を受けた。丁度目的地が通り道みたいだな」
『それは……好都合過ぎて逆に怖いな……まぁ、いいか。わかった。これから先は普通に依頼を受けてくれ』
「わかった。あとは任せるぞ、白亜」
依頼を出したカリファが戻ってきたので、そのままカウンターで依頼を受けて外に出た。
「それじゃあ早速で悪いんだけど、着いてきてもらえるかい? この先の商会で受け取って行くんだ」
「そうか。荷運び用の馬車や台車はあるのか?」
「一応台車は借りるつもりだよ。さすがに担いで行くには多いからね」
男二人を雇って運びたいというのだから、相当な量なのは間違いないだろう。
馬車を使いたいのが本音だろうが、短距離だけを馬車で移動するのはコストに合わない。自分の馬や馬車を持っているのならまだしも、一般的には馬は『借りるもの』で所有している人は【持っていないと生活できないような田舎にいる】か【お金持ち】の二択である。
だが今回のダイ達の思惑的には馬車の方がありがたい。そして運のいいことに、魔力さえあれば何でも作り出せる便利な存在がこの場にいる。
「ならば某の馬車を使うか? 荷運び用ではないが、多少は荷物も載せられるだろう」
「馬車持ちかい!? そりゃあ助かるよ! それにしても馬車持ちなのに……いや、詮索はやめとくよ」
「そうしてくれると助かる」
ダイが歩き出すと、白亜から連絡が入る。
『馬車を作ればいいんだな? 宿に置いておく』
一言も連絡を入れていないのだが、こちらの会話はしっかり聞こえていたらしい。
この街全部が白亜の盗聴範囲なので今更ではあるのだが、相変わらずの行動の速さである。
宿に着くと、荷馬車を止める場所に見慣れぬ馬車が一台置いてあった。荷運びを主としたものよりも、人を乗せて運ぶことを優先した貴族向けの馬車である。ダイが『荷運び用のではない』と言ったので律儀に再現したらしい。一瞬、宿に泊まっている別の人の馬車かと疑ったが、馬車のブレーキ部分にハクアの街の紋章が入っているので間違いなさそうだ。
能力の性質上、どこかしら触れていないと消えてしまうため、白亜もこの近くにいるのだろう。
完全に気配を消しているので軽く見ただけでは、どこにいるかは全くわからない。
「馬は……あ」
馬車はあるが馬はいない。そう思って顔を上げると、厩舎の扉の近くで不満そうな表情をしたルナが見えた。ヴォルカと目が合った瞬間、その姿が馬になる。
高位の精霊は自分の姿形をある程度自由に動かせる。そもそも普段は低位の精霊に偽装しているのだ、そのあたりの変身技術はかなり高い。
ルナが馬車を引いてくれるということらしい。
「厩舎にいるで、連れてくる」
一瞬ダイも怪訝そうな顔をしたが、昔は馬に変身したルナの背によく乗っていたので、すぐそれを思い出した。
ヴォルカが連れてきた馬……というかルナは明らかに不服そうな表情で馬車を引く位置に収まった。今回、一番振り回されているのはルナかもしれない。
「立派な馬車だけど、本当に使っていいのか?」
「かまわんよ。こちらも仕事が早く終わる方が嬉しいからな」
不満そうなルナからそっと視線をそらしつつ、カリファのメモに書かれた店へと向かう。仕入れの話は既に通っていたらしく、店主がすんなりと商品へ案内してくれた、のはいいのだが。
「これを馬なしで運ぼうとしていたのか……」
「手押し車やったら少なくとも10回は往復せんと厳しい量やなぁ」
そこには積み上がった袋や樽の山が出来上がっていた。ハクアの街で用意する非常用の備蓄の量と大差ないくらいかもしれない。この街でそんなに沢山の食料が必要なのかは少し疑問だ。
ダイは荷を積み込みながら、なぜこんなに買い込むのか聞いてみることにした。
「この街ならばここまでの量を蓄える必要もあるまい? 正直過剰だと思うのだが」
「うーん、それがねぇ……なんか最近やたらと食べ物の注文が入るんだよ。ウチだけじゃなく、他の飲食店もそうらしいんだけどね。しかも干し肉とかの日持ちのするものばかりで」
宿や飲食店には、冒険者向けに持ち運びしやすく、かつ長持ちする食材を販売しているところが多い。
基本的には乾パンや干し肉、ドライフルーツなど、急な遠征でもすぐに食べ物が用意できるようにという店側の配慮だ。
「冒険者自体がそれほど多くないこの街でか……」
今回の件と何か関係があるのだろうか。そう思いながら、ある程度積み込んだ馬車を動かす。さすがに一回では載せきれないので往復するつもりである。
そして馬車を走らせ……普通に目的地のカリファの実家に着いてしまった。白亜が『普通に仕事しろ』と言うので、完全に任せてしまっているが、本当に大丈夫なのだろうか。馬車から白亜が飛び降りたことすら把握していない。そもそも乗っていたかも不明だ。
一瞬不安になったヴォルカだったが、その不安は案外早く解決された。
『終わった。あとはあっちの出方次第だな』
すぐに白亜から連絡が入ったのである。
「い、いつやったん? どうやって?」
小声で白亜に通信すると、
『さっき』
白亜らしく短文で返事が返ってきた。説明する気は無いのかもしれない。単純に面倒なだけなのだろうが。
ちなみに白亜達はちゃんと馬車に乗っていた。実はこの馬車は二階建てになっていて、二階部分が魔法で偽装されている構造である。そして目的の場所に来たタイミングで窓から飛び出し、人間の置き逃げをしてきたのだった。
もちろん誰にもバレていない。転移魔法を使わなかったのは、何かしら痕跡を残しては後々不都合が生じるかもという懸念からだったが、それにしてもかなり強引なパワープレイだった。




