「ここでは依頼人もギルド側の金も足りていないようだな……」
白亜が街中の音を聞いて、件の『敵対勢力の溜まり場』を見つけた。
本当はその組織のトップの家に置いていくという手段を取りたかったのだが、そのトップの家が大通りからかなり離れた場所にあり、大所帯の移動では目立ってしまう。
今回は国の上層部などに一切顔が利かないのにかなり強引な手に出てしまっているので、下手に目立ってしまえばこちらが犯罪者になってしまう可能性が高い。
これがリグラートだったら証拠さえ揃えたら相手を無理やり連れ出したとしても罪に問われることはないだろうが、この国ではたとえ証拠があったとしても重要人物を突然誘拐した誘拐犯としか見られないかもしれない。そもそも証拠がでっち上げと言われてもおかしくないのだ。
そのため今回は完全に匿名で動く必要がある。リグラート出身であることもバレるわけにはいかない。
運がいいのか悪いのか、敵対勢力の溜まり場になっている宿屋は冒険者ギルドに近い。
依頼を受けにきた流れの冒険者としてその周辺を歩き回ることはおかしい事ではないので、その隙にこっそり行動するしかない。
幸いにも、ダイは既にこの街で仕事を受けている。
追加で手軽にこなせる依頼を受けても怪しまれることは少ないだろう。
荷運び系の依頼を受けることができれば、荷物に紛れさせて人を運べる。加えて白亜とテオドールが転移を使えるので、少しの間があれば他人に見られずに複数人を目立つ場所へ置いてくることも可能だ。
そんなわけで白亜とテオドール、ルナは宿で待機、ダイとヴォルカが手頃な依頼を探しに行く事になった。
だが、ここで誤算があった。
「「依頼が少ない……」」
明らかに依頼の件数が少ない。ダイが受けたような討伐系の依頼なら多少は残っているが、よく見ると殆どがギルドが常に貼り出している依頼だ。
依頼にはギルドが出すものと、依頼者がギルドに仲介してもらって出すものの二種類がある。多少割高になるが、後者の場合は指名することも可能だ。
リグラートのギルドではギルドからの依頼の全体の2割ほどで、常に必要になる薬の材料の採取や、初心者向けの討伐依頼が主な内容になる。討伐依頼に関しては、初心者が高難易度の魔物に挑まないようにするための処置なので多くても三、四種類くらいしかないことが多い。
昔はギルドからの討伐依頼はなかったらしいのだが、魔物の動きがあまり活発化しなかった時期に冒険者になった若者の死傷者数がかなり高かったことから、生活のために無理して高難易度の魔物に挑まないようできた制度なのである。
これにより、仕事がない時期というのがなくなった。駆け出しの冒険者にとって最低限生きていくための基盤を作ることができるようになり、結果的に全体の死傷者数が減ったという。
だが、ギルド自身が依頼者なので仲介料を取ることができないというシステム上、ギルド側からすれば初心者むけの依頼を出せば出すほど赤字になってしまうという事態にもなっている。
リグラートなどの大きな国では、国がギルドと連携して素材を国が買い取ったり、国から防衛の依頼を出すこともあるのである程度カバーできる面もあるのだが。
「ここでは依頼人もギルド側の金も足りていないようだな……」
「せやな。荷運び系の依頼、殆どないなんて思っとらんかったわ」
依頼者がある依頼は殆どなく、残っているのはギルドからの依頼ばかり。しかもギルドからの依頼ということは初心者用の採取や討伐のみなので、一応高ランク冒険者に属しているダイが受けられるような依頼はないに等しい。
丁度ここにきたタイミングは依頼が新しく貼り替えられた時だったのでいい依頼が偶然見つかったが、この過疎っているギルドでは街中の緊急依頼など期待したところで無駄である。
大抵、日雇いで街の清掃や商会の荷運び手伝いの依頼があるものだと踏んで依頼を受けにきたが……
「こっから先……どうするん?」
「……仕方ない。金は勿体無いが、奥の手を使おう」
「せやなぁ」
自滅依頼とは、自分で自分に依頼を出すことを指す。
ギルドに手数料を取られるだけなので完全にマイナスになる行為だが、依頼を受けたという実績が欲しい新人冒険者がたまにやる手法だ。
低ランクの冒険者は正当な理由なしに定期的に依頼を受けなければ登録が消されてしまうため、どうしても一定期間内に依頼をこなすことが困難になった新人が、自分に対して簡単な依頼を出して『依頼をこなした』という結果を作る。
正直実績の自作自演はかなりグレーな行為だが、誰にも迷惑をかけていない場合は黙認されている。というのも、今回のように依頼にありつけなかった新人が無茶な難易度の依頼を受けて亡くなるケースもあるからだ。依頼で発生する仲介料が主な収入源になるギルドは、出入りする人が多ければ多いほど儲かる。可能な限り新人を殺さないように動けるギルドが繁盛するのだ。
「ねぇ、あなた達……自滅依頼だすの? それならアタシの仕事、手伝わない?」
「……何者だ?」
突然後ろから声を掛けられた。
勿論後ろに人がいることには気づいていないわけではなかったのだが、まさか会話に入ってくるとは思わなかったダイが振り向くと、かなり背の高い女性が大きな袋を抱えて立っていた。
ヒールの高い靴を履いているとはいえ、かなり大柄なダイとほぼ同じくらいの背丈である。180cmくらいはあるのではないだろうか。長い髪を一つに束ねたその女性は頑丈そうなレザーアーマーを着込んでいて顔以外の肌の露出はかなり少ない。
「ああ、突然ごめんね。アタシはカリファ。見ての通り冒険者なんだけど、実家が飲食店をやっててね。今日は仕入れの手伝いをしてるんだけど、可能ならあなた達にも手伝ってもらいたいんだよ。材料の小麦粉が多くてね。勿論謝礼はしっかり払うよ」
急にいい話が舞い込んできた。だが、あまりにもタイミングが良すぎて怪しさもある。
「依頼を受けることは吝かではないのだが……なぜ我々に声を掛けた? 他にもいるだろう」
「まぁ、そうなんだけどさ。あなた達、普段は別の国にいるんだろう? ついでに外の話も聞きたくてね。世間話も込みで依頼させてもらいたいんだよ」
それを聞いて、ダイとヴォルカが頷いた。
外の話が聞きたい、という依頼自体は珍しくない。だが、この言葉を使うのは大抵の場合『国に見切りをつけている』冒険者である。他国へ渡って冒険者をやりたい、という人がよく言うフレーズなのだ。
「わかった。引き受けよう」
「ありがとう。それじゃあ今から依頼を出すから待っていてくれ」
丁度いい依頼を受けることができた。これで先に進める。




