「わな?」
ダイとヴォルカ、それとよく分からないまま連れてこられたテオドールと呆れ顔のルナの四人はとある廃屋の前まで来ていた。
街の外れにある、かなり古びた建物である。今にも崩れそうなほど、外から見る限りボロボロの家だ。
「ここやな。変なの、わかるやろ?」
「ああ。明らかに作りが新しいな」
新しいという言葉を聞いて、テオドールが驚く。どう見ても朽ち果てているようにしか見えない。
『この偽装、見るものが見れば直ぐに違和感に気づくであろうが……作っているときに気付かなかったのかのぉ?』
「さてな。この国に、見破れる者が居らんだけかもしれん。それでは行くか」
ヴォルカがグイグイと敷地内へ入っていく。ダイはその後ろをぴったりと付くように歩いて行った。急いで後を追おうとしたテオドールにルナが声をかける。
『あやつらが踏んだ場所だけをお踏みなさい。罠がある可能性があるからの』
「わな?」
『ああ見えて、ヴォルカ殿は超一流の斥候でな。鍵開けは勿論、罠の回避や解除を得意としている。そのヴォルカ殿が歩いた場所なら問題なかろう』
実際にルナの言ったことは正しい。
この家には複数の侵入者撃退用の罠が仕込まれていて、そのどれもがかなり凶悪である。ヴォルカは長年の感覚からどこに何があるかを何となく察していて、無意識に避けて行っているのだ。もはや達人である。
「わ、わかった」
必死に二人の後をつけていくと、突然道からは死角になる場所で立ち止まった。とは言ってもそこはレンガの壁である。何かあるのかとテオドールが心配そうな表情で見ていると、ヴォルカがいくつかのレンガを引き抜く。その後ろには二重構造になっていた扉があった。
あらかじめ知っているとしか思えない速度で進んでいることに、テオドールは若干身震いする。
自分は騙されていないだろうか。情報を売った事をバラされてしまうのでは。
明らかに表情が翳ったのを見て、ルナがため息をつく。
『全く……当の本人を置き去りにするなどと……。テオドール殿。妾達の行動で不安にさせてしまって申し訳なく思う。だが、こちらもこちらで異世界人が不当な扱いをされていると知って、黙ってはおれんからの。安心するのは難しいとは思うが、一先ずこの後の行動を見て欲しい』
「………」
どちらにせよ、ここまで来てしまった以上もう引き返せない。
覚悟を決めて進むしかない、と自分自身に言い聞かせて歩みを進めるしかなかった。
レンガから出てきた扉を開けて建物の中へ侵入すると、外から見た景色とは打って変わって中はかなり綺麗だった。
ダイが「明らかに新しい」と言っていた意味がここでわかる。外側に見えるヒビ割れや埃は内部に一切ない。確実に定期的に管理されている空間である。
「面倒な入り口だな」
「正面のは囮やな。これで身内か外の人間かわかるってことや。表には足跡が殆どない上に、ドアノブのすり減りもかなり少なかったし、別の道がどっかにあるって言ってるようなもんやけどな。実際、レンガもわかりやすい感じで設置されとったもんなぁ」
この程度の偽装を見抜くのはヴォルカにとっては朝飯前だったらしい。
警戒しながら進むと、地下に降りる階段を見つけた。
「ここやな」
「明かりがついているという事は、恐らくここに居るだろう。ヴォルカ殿、先行を頼む。地下故にすぐに逃げられない可能性が高い。退路の確認を優先で、戦闘を避けて見てきてもらいたい」
「任せとき!」
ヴォルカが音もなく階段を降りて行った。
薄暗く不気味な家の中で待機しなければならなくなり、テオドールがようやく口を開く。
「な、何でここに来たのか、聞いてないんだけど」
「む? 言っていなかったか……ここは恐らく、テオドール殿が喚び出された場所だ。主犯はこの国の宰相と騎士団の副団長だな。他にも関係者は多数居るが、最も関わりのある人間はその二名だろう。理由は『異世界人の軍事利用』と言ったところか。ここに関しては在り来たりだな」
実際、日本組も白亜にボコボコにされているから影が薄いだけで、実力だけを見ればこの世界でもかなり上位に入るメンバーは複数人いる。
白亜やその召喚獣達に鍛えられたからというのもあるが『異世界を渡るという行為』そのもので身体能力の向上や個々人に合った能力を得ることができたというものも大きい。
異世界間を渡る際に負荷がかかり、自動的に強化されるのだ。ただし、移動の負荷に耐えきれず死ぬ可能性もある危険な方法なので、強化目的で喚び出さない方がいい。喚び出す側がその事実を知らないことも多いが。
「この世界の問題に、別の世界を巻き込むなど……本来許されることではない。戦争の引き金になることも多くあることから、基本的には獣の類であっても異世界のものを意図的に召喚するのは禁忌とされている。……それ故に我々の主人がやっている事はかなりグレーゾーンになる事なのだがな」
勝手に異世界繋いでサクッと行き来しているので、確実にパワーバランスがおかしい。白亜の場合はチカオラートが黙認しているので、まぁいいのではないか、というスタンスでである。
「お待たせや、地図作ってきたで。部屋は三つやけど、全部の部屋に隠し通路があるみたいやね。一番奥の部屋で六人くらい? が話し合っとる。残りの二つの部屋は扉壊して入れんようにするとして、奥の部屋の隠し通路はどうするん? 流石に外から探すのは無謀やで」
そういうしているとヴォルカが帰ってきて手製の地図を広げた。廊下は一本道で奥にある大きめの部屋が一つと、小さな部屋が二つ。廊下の突き当りが大きめの部屋になるので廊下からの逃走は難しそうだ。小さな部屋の二つは部屋に合った本棚を動かすことによって脱出用の経路を作り出せる仕組みになっている。
恐らく奥の大きな部屋にも隠し通路はあるだろう。だが、流石に話し合いをしている敵陣に突っ込んでいって情報収集できるほど余裕はない。やるにしても準備に時間がかかる。
少しダイが悩んでいると、テオドールがポツリと言葉を漏らした。
「本棚が通路の入り口になってるんなら、見えた瞬間に能力で扉を塞げるけど」




