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番外編:夏日になったクリスマス 後編

 クリスマスとか言ってたのにもう正月もすっかり過ぎてるじゃないですか……


 すみませんでした!

 真夏のような暑さになって一週間以上が経った。


 ある程度混乱も収まったのは良いものの、この気温では農作物への影響が甚大である。


 実際、ハクアの街でもこの時期に咲く筈のない花が蕾を付けてしまっている。また、白亜の聞いたところによると、こんな事態になるとは予想ができていなかった商人達が暖房器具などが全く売れないと嘆いているらしい。


 冬支度をしていたのに、夏服を再び引っ張り出して着ることになろうとは誰が予測できただろうか。


「師匠、また水の注文が入ってますよ。砂漠の方ですね」

「わかった。どうせ暇してるだろうし、レイゴットに運ばせるか」


 ハクアの街の近くには湧き水がある。街全体を流れる水はキキョウが生み出しているものが殆どだが、一部この湧き水を使用している。


 本来、街全体に水路を繋げるとなると衛生面で様々な課題が出てくるのだが、この街に至っては殆どが水の精霊ウンディーネであるキキョウが完璧に管理をしているので大体の問題はクリアしている。


 それでも全部を魔法で作るのは中々大変なので、周りの湖や湧水から一部引っ張ってきているのだが、もちろんキキョウは全てを管理、循環させている。そのおかげで街の水はそのまま飲めるほど綺麗なのだ。


 そして、その技術を応用してとある水瓶が作られた。


 白亜とリン、キキョウの三人で製作した巨大な水瓶は蓋さえしていれば中の水が殆ど劣化しないという優れものである。蒸発や腐敗を防げるとはいえ永久に湧き出すわけでもないので、あくまでも『長持ちさせる』だけの効果なのだが、水が希少な地域ではとても重宝される代物だ。


 白亜達はこの水瓶を定期的に作っては販売している。


 中の時間を止める魔法や、冷却を半永久的に機能させる魔法など、かなり珍しい魔法が組み込まれているために量産が難しく、加えてあまり頑丈ではないので保管もそこそこ面倒である。


 そのため夏限定の予約生産で販売していたのだが、この暑さで注文できないかとひっきりなしに連絡がくる。


 かといって「今冬だからごめんね」で無視を決め込むのは人としてダメだと思い至り、頑張って作って発送している状態である。


 水瓶ごとレイゴットに運ばせようと考えていると、真後ろから気配を感じ取った。即座に腰につけてあるアンノウンを軽く掴んで臨戦態勢をとる白亜だったが、数秒後に現れた人影に落ち着きを取り戻す。


「お疲れ様ー。ごめんね全然連絡取れなくて」


 堂々と不法侵入してきたのはエレニカである。


 本人は不法侵入している自覚はないだろうが、白亜の許可なく入っている時点で立派な不法侵入だ。


「いえ……それより、忙しいって言ってたのって大丈夫だったんですか?」

「俺は大丈夫だけど、この世界は大丈夫じゃなさそうだね。なんでこんなに暑いの?」

『原因は不明です。おおよそ十日程前からこの暑さでして』


 エレニカからの質問にシアンが淀みなく答えていく。数分後、状況を理解できたらしいエレニカが大きくため息をついた。


「そうか……大変だったね。実はこの異常気象はこの世界だけじゃないんだ」

「他の世界でも? ……日本は何も変わってなかったような」


 この異常気象はこの世界だけなのかと疑った白亜は一応日本にも一回向かったのだが、特に変わったところは見当たらなかったと思う。クリスマスが近いことでカップルの数はやたらと多かったが。


「ああ、そうだね。一部の世界だけなんだけど、ここも偶々そうだったみたい」

「偶然ですか……それと、チカオラートの居場所は知りませんか? 全く連絡が取れなくて」

「おそらく彼らもこの事態の復旧に走り回っていて、気づけていないんじゃないかな。流石にこんな暑さ、気づいてないことは無いと思うし」


 そもそもなぜこんな事態になっているのか、エレニカが軽く話してくれた。


「世界が一つ無くなっちゃったんだよ。結構派手に消滅したもんだから大騒ぎになってね」

「………?」


 毎度の事ながらエレニカはさらっと凄い事を言っている気がする。


 話を隣で聞いていたジュードが不思議そうな表情で固まっている。


「僕は神じゃないので世界がどうとかはあんまり分からないんですが、そんな簡単になくなるものなんですか?」

「いや、滅多にないよ。星一つが丸ごと爆発して消えるとかは数千から数万年に一回くらいのペースであるから、それほど珍しくもないんだけど……世界ごと消えるってのは少なくともここ数十億年はなかったね。しかも予兆がなかったから余計に大変なことになってて」


 数千から数万年に一回のペースが『それほど珍しくない』部類に入るあたり、エレニカの時間感覚はやはりどこかズレている。


 その後のエレニカの話を要約すると、世界が消えるという状態は『魂の行き場がなくなる』状態になるらしい。


 白亜がそうだったように死んだ生き物は次の生き物に生まれ変わるのが一般的である。


 その際、別の世界で生まれ変わることもあれば、同じ世界に生まれ直すことも多い。ただ、異世界に魂を送るというのもそこそこコストがかかるので比率としては同じ世界で生まれ直す方の確率が高くなる。この生まれ変わりを管理するのがエレニカ達の仕事だ。


 同じ世界に何度も何度も転生すると多様性が薄まるので定期的に異世界にも送るらしいのだが、ここではその話は割愛する。


 ともかく、同じ世界に生まれ直すのが8割、異世界に送るのが2割といった具合に魂の交換がされるのが神々の取り決めなのだが、世界が一つなくなると当然ながら困ったことになる。そこに送られるはずだった魂は行き場を無くしてしまい、同じ世界に生まれ直すはずだった魂は他の世界に分配しなければならない。


 周辺の世界での出生率のバランスが崩れる結果になってしまう。


 少しくらいならいいが、急激な人口爆発は危険だ。加えて今回の場合は消滅の際に一部の異世界に波及するほどの爆発が起き、異常気象などが発生しているのだそうだ。リグラートの異常気象はこれが原因である。


「太陽フレアみたいなものですか?」

「ああ、そんな感じ! ごめんね、帰りになんとかしていくから」


 流石と言うべきか、エレニカが来るとすぐ解決するので有難い。


「それで、消滅の原因ってわかってるんですか?」

「えっと……まぁ、君達にならいいか。消滅を引き起こしたのはたった一人の人間だよ。よほど神に恨みでもあったのか、星の生物の命を生贄にして世界ごと消し去っちゃったんだ。正直、狂気の沙汰としか言えないね」

「そんなことが出来るんですか」

「やった人間は天才だね。ただ、本人も魂ごと自爆したし、管理してた神も消滅したから……経緯はさっぱり分からない。あれほどの爆発なら並みの神じゃ耐えられないだろうし、今後のためにどうやったのか知りたかったけど」


 エレニカは大きくため息をつく。


 普段は表情をほとんど崩さないエレニカだが、本当に疲れているようだ。


「まぁ、そんなわけで……この世界にも多少影響は出ると思う。主に出生率で。巻き込んで悪いね」


 まだ仕事があるからとエレニカはすぐに帰って行った。


 数分後、急激に気温が下がり始めて例年通りの気候に戻ったのだが。


 急に変わりすぎて再び大混乱に陥ったのは言うまでもない。

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