「急に呼び出しとは、妾を駒のように使いおって……」
ダイが魔力の跡を追って数分後、苦々しい表情のまま帰ってきた。
どうやら追いきれなかったらしい。
「途中までしかなかったやろ? 流石に数キロ先になってくると辿りきれんからなぁ」
「うむ……方角はなんとなくわかったことだけが救いだな」
ヴォルカの使ったカードは『登録した魔力がどこに移動したか』を探ることができるものだ。移動の痕跡を探るだけなので『今どこにあるか』まではわからない。
辿った先にいるとも限らないので、方角がわかったところで移動していたら無意味である。
だがそれでも手がかりができただけマシだろう。
ヴォルカがここに来なければ虱潰しに探すくらいしか手段が残されていなかったのだから。
「なぁ、今ダイさんが走ってっとる間にレイン君から話を聞いたんやけど……転移魔法にしては使っとる魔力がやたら少ないし、どちらかといえばスキルに近そうな感じやろ? 異世界人ちゃうんか? その消えたやつ」
「なに……?」
異世界人は世界を渡る際に特別な能力を持つことが多い。
白亜のように神が直接介入する場合はその可能性が高く、迷い込んでしまった場合でも『世界を超える』時の負荷に耐えられるように体が勝手に習得することがある。この世界に偶然入ってしまった日本組は後者のパターンだ。
その際に受ける恩恵はこの世界の人々の持つ力を遥かに凌駕していることがある。『剣術』の能力を得た異世界人と現地人が純粋に能力だけを比べれば異世界人の方が強い。
当然、経験の差というものは能力があろうとなかろうと存在するので、能力を持っていようが非能力者に負けることはある。だが、有利に働くのは間違いがない。
「こっちの時代だと異世界人はかなり珍しいみたいやけど、まだ一応居るんやろ?」
「ああ、そうだな。……そうか、昔はもっといた気がするな」
ヴォルカやシュリアが生きていた時代では異世界人は珍しくはあるものの、そこそこ大きな街を歩けば一日に一回は異世界人とすれ違うくらいの人数がいた。
数百人に一人くらいの割合だろう。
今の時代では一国家に一人いるかいないか、というレベルだ。日本組のように団体で来てしまう異世界人は極々稀で、人数は基本は一人、多くても三、四人だ。異世界人であることを隠して生きる人も少なくないので、細かい数字まではわからないが。
「異世界人……となると、やはり白亜に相談するのが早いか……」
「? シュナにバレるとあかんの?」
「いや、そういうわけではないのだが」
白亜がいなくても自分たちで対処できるぞ、と内外に見せつけたいだけである。
正直、この街は全体的に白亜がいないと成り立たないと思われている(実際そうなのだが)ので、白亜の配下はオマケ的な扱いをされることが多い。
特に白亜の代理で依頼を受ける時は顕著にがっかりされる。「あー、君の方ね……」などと言われる。
白亜があまりにも優秀すぎるせいなのだが、正直良い気分ではない。一部の配下は「主が褒められている!」と好意的に受け取るものもいるが。
「うーん……シュナに頼まんようにとなると……精霊に頼むのが手っ取り早いと思うで? 精霊って魔力を見る力をある程度持っとるし、その力を増幅すれば場所を探ることができるかもしれへんよ」
「精霊か! ならば適任がいるぞ。暇であり、尚且つ簡単に協力を要請できる」
水の精霊、キキョウは白亜のサポートで忙しい。ついでにいえば白亜第一の性格なので確実に『ご相談しましょう』などと言って白亜に相談しに行ってしまうのでコッソリ解決は不可能だ。
となれば残るはもう一方、最近出番の少ない彼女である。
「急に呼び出しとは、妾を駒のように使いおって……」
炎の精霊、ルナだ。霧の中でもお構い無しに全身燃え盛っているので遠くからでもよく見える。
「白亜の力を借りずに配下のみで解決するのが目的だからな」
「呼び出すからには余程のことなのであろうな? これでも周辺の精霊たちを束ねるので忙しい身だからの」
実はルナも仕事をしている。街を丸ごと守らなければならないキキョウほどではないが、その仕事は重要だ。
ルナは主にハクアの街周辺の精霊の統括をしている。これをすることによって外部の精霊魔法使いを弱体化させることができるのだ。
精霊魔法の魔法行使は主に2パターンある。一つ目が白亜やジュードのように精霊を契約してその能力を借りる方法。二つ目が周囲にいる精霊に一時的に契約してもらって能力を借りる方法だ。前者を本契約、後者を仮契約と呼ぶ。
本契約をすると使える精霊魔法の幅が広がり、単純に威力も増す。精霊が術者を気に入ればほぼ無償で働いてくれることもある上、格上と契約することができれば術者本人が弱くともかなりの戦闘力を持つことができる。
ただし、デメリットも当然ある。本契約すると、基本的に他の精霊が言うことを聞いてくれなくなる。精霊は一つの属性を極めている魔法使いのようなものなので契約精霊以外の属性の魔法が非常に不安定になりやすい。精霊魔法のメリットの一つとして『応用が効く』と言うものがあるが、そこを潰してしまいかねない。
本契約した精霊が許せば別だが精霊は案外嫉妬深いことが多く、複数の精霊と契約するのはかなり難しいのだ。そのため本契約した精霊がいる場合は仮契約を繰り返して様々な属性を使い分ける戦法が封じられる。キキョウもルナと契約した時、最初は拗ねていた。
仮契約のみで精霊魔法を使う場合は臨機応変に様々な種類の魔法を扱うことができるようになる。ただし、環境によって精霊の数はまちまちなので運要素もかなり絡んでくる。砂漠地帯だと水の精霊が少なく、風の精霊が多いなど、季候が絡むことも多い。
ハクアの街の周りだと、水の精霊と風の精霊が若干多いもののバランスよく様々な精霊が住み着いている。精霊魔法使いにとっては戦いやすい場所だ。
ここでルナの仕事の話に戻る。周囲に溢れる精霊たちの力を利用して街にちょっかいをかけようとする輩がたまにやってくるのだが、その時の仮契約に精霊たちが賛同しなかった場合、本契約の精霊がいない精霊使いはほぼ無力なのである。
この世界では個人が扱える属性は基本一人一つなので様々な魔法を使うことができる精霊魔法はとても重宝されているのだが、それを「精霊に根回しをしておく」ことによって封じることができるのだ。その「根回し」がルナの仕事である。最初はルナも地味すぎると文句を言っていたものの、その行動の重要性はわかっていたので今になってもしっかりと続けているのだ。




