「僕も侮ってました……」
分厚い旅行雑誌が発売されてから、二週間後。
ハクアの街は大盛況になっていた。
「……あの旅行雑誌、ここまで効果あったんだ」
「ええ。僕もこの影響力を知っていたから引き受けたんです」
「……俺を騙してまで?」
「だって正直に言ったら師匠絶対に逃げるじゃないですか。それに僕は言いましたよ『今月号の表紙にはしないよう話をつけた』って。完全版の方はしないって言ってません」
ジュードの言い分はめちゃくちゃ屁理屈である。
だが、残念ながら疑わなかった白亜も悪い。この雑誌の影響力をちゃんと理解していれば恐らく気づくことはできただろう。
たかが雑誌ではあるが、その雑誌の力がどれほどのものなのかを確認しておくべきだったのだ。調べることはできたのだから。
それにジュードの判断は的確である。口コミでしか広まらなかったハクアの街が全世界に存在をアピールできた功績は大きい。そもそもハクアの街の娯楽施設は利益があまりでない仕組みだった。
うちの街で破産されても困る、という白亜の考え方があり、あらゆる娯楽がそこそこ安価で楽しめる。
加えてここまでやって来るための交通の問題もある。ここは深い森の中で、ある程度道路整備はしたものの馬車でもないと来るのはかなり大変だ。歩きで来る人も珍しくはないが、一般人が歩いて行こうと思うと最も近い村からでも二日はかかる。
しかも道中は危険もある。白亜の配下達が見回りをしてはいるものの、防げないことはどうしてもある。
危険な魔物であればレインが即座に発見し、何かしらの対処を取るのだが、問題なのは一般人に扮した盗賊の類だ。
わかりやすく森の中で待ち伏せなどをしてくれたら、草木を操る白亜の魔法で見つけるのはとても簡単なのだが。普通に観光客に混じって歩いてきて突然通行人を襲う輩が最も対処しづらい。
その場に配下が誰かいて、現行犯で捕まえることができれば良いのだが、流石にそこまでの人手はない。
ある程度街に近づけば白亜の認識範囲に収まるのでシアンが察知してなんとかなるケースがあるのだが、街からはまだまだ遠い場所での強盗などは流石に把握しきれない。
レインの認識範囲には収まってはいるのだが、どこに何人の人がいるか、どれくらいの速度で移動しているか、などとざっくりとした情報しかない。位置はわかるので変な動きをしている(街道があるのになぜか森を突っ切ってくる、など)と気付けるのだが、街道上での動きにはあまり敏感に察知することはできない。歩いていて途中で引き返したりすることはよくあるからだ。
そう言った理由もあってハクアの街の客は主に貴族か裕福な商人などであった。
正直、仕事でもなければこんな辺境に来る物好きはそうそういない。
白亜の配下達が治安に協力しているので、冒険者の拠点としても旨味が少ない。
普通、冒険者ならば何かしらの魔物を狩ることによって賃金を得たりすることが多いのだが、残念ながらというべきか、ハクアの街では警備はほぼ一般冒険者の最高ランクの強さである。
周辺の魔物はあらかた片付いてしまっているのである。仕事がないのだ。
それほど大きな街でもないから拠点としてはイマイチとも言える。
だが、今回の雑誌によってハクアの街という場所の存在が全世界に大公開された。しかも雑誌の表紙を含めたかなりの枚数のページを独占し、どう見たってやたらと気合の入っているレポートがこれでもかと盛り込まれている。
世間的にみてハクアの街は『有名な旅行雑誌が本気でおすすめしたい場所』と認知されてしまったのだ。
実際そうなのだが、理由としてはファンクラブ会員の暴走でしかない。
「師匠、また観光案内の申し込みきてます」
「……あー……誰も空いてないよな?」
「はい。全員対応入ってますね」
「……断っといて」
「わかりました」
問題なのはハクアの街のキャパシティーである。そもそも人口を増やすつもりはほとんどなかったので街そのものはそれほど広くない。ドラゴンが歩き回れるくらいの広さは十分に確保してあるが、意外とコンパクトにまとまっているのだ。キキョウが見回りをしやすいよう、広げすぎないように調節したというのもある。
今の状況は、その広さの街にいくつもの団体客が押し寄せてきているのだ。明らかに足りない。
場所も、人手も。
どちらもすぐに解決できる問題ではない。やろうと思えば空間を曲げて無理に広げたり、ファンクラブ会員の人脈をフル活用して人を雇ったりできはするが、正直やりたくない。
空間を広げるのは時空神の白亜でもこの規模となるとかなり大変だ。白亜の持つ懐中時計みたいに出入り口がとても小さく設定されているものならまだしも、街全体を広げようと思うと出入り口の設定範囲が広すぎて調節が難しい。
人を雇うのもできる限りしたくない。金はあるので雇うのは簡単なのだが、ハクアの街の運営は基本的に家族経営だ。白亜が社会人としてはやってはならない事を平気でやってしまうところがあるのをジュード達がフォローするというのがここでの普通である。
逆にいえば白亜の性格についてこれる者でなければここで働くのはかなり厳しいのだ。
リグラートの一部とはいえ、この街では白亜が絶対なのである。ほぼ独立した小国とみていいかもしれない。しかも独裁国家である。実際にはジュードとシアンがほとんどの方針を決定するので白亜はあまり関与していないが。
人を雇わないのは機密情報などもかなり取り扱うので外部の人はなるべく入れたくない、という理由もあったりはする。
「こんなに忙しくなるとは思ってなかった……」
「僕も侮ってました……」
しかし、流石にこの忙しさは人を雇わないと無理かもしれないと白亜は思い始めていた。




