「プラネタリウムみたいだ」
レインがハクアの街の外に出ることは少ない。
もちろん、普段の霧の管理や白亜たちの付き添いで外に出ることもないわけではないが、基本仕事だ。しかも大抵すぐ帰ることになる。
時間制限もなく外に出たのは初めてかもしれない。
白亜に外に出たいと直談判すれば「別に外出くらい良いよ」と言うかもしれないが、レインはそこまでして出たいとも思っていなかった。というのも、少し怖いからである。
外の風景は美しく、未知と驚きに溢れている。そのことは白亜の記憶から知っている。実際、未知を知るのは楽しいと感じている。
だが、同時に自分自身の経験がないためにどうしても及び腰になる。
一人で動いたことがないから何をするにも誰かの許可を求めてしまうし、自分の主張を披露するのを酷く躊躇ってしまう。やって良いのかわからないから常に怖がっていのだ。その結果、自主的に動くことがほぼない。
こんな風に、ルールを破ってまで自分のやりたいことをするなんて、想像もしていなかった。
『すみません、無理に連れ出して。でも見てもらいたいものがあるんです』
オルヴァの後ろをついていくと、洞窟の前に辿り着いた。オルヴァが三匹並んで歩いても余裕がありそうなくらい大きい。此処はハクアの街から少し離れた場所にある洞窟である。ダイ達の調査によれば奥は水で満たされているらしく、行き止まりのはずだ。
「どうしてここに?」
『良いから良いから。ついてきてください』
ずんずんと入っていくオルヴァの後ろに隠れながらゆっくりと洞窟に入っていく。
少し怖くはあるものの、レインは初めての冒険に心躍らせていた。
いつも暮らしている街からかなり近場ではあるものの、紛れもなくこれは冒険である。この洞窟は初期に調査された時に【特に使い道はない】と判断されたために白亜もほとんどここには来なかった。定期的に配下が見回りに来ることがあるが、基本報告書で「異常なし」で処理されるだけの場所。白亜の記憶にも殆どない、まさしく未知の場所なのである。
奥に入るにつれて洞窟内が一気に暗くなってきた。レインはあたりの湿度が上がっていることを感じる。奥に水が溜まっているというのは本当らしい。
「暗くなってきたね……」
『そうですね。まぁ、僕達には関係ありませんけど』
レインもオルヴァも種族柄、目が非常に良い。
一般人ではまともに前にも進めないであろう暗闇に包まれた洞窟内でも全く問題なく見通せる。
そんなことを話しながら二人で歩いていると、遠くからポタポタと水が垂れる音がする。どうやら洞窟の奥ではなく、横の壁の中を水が通っているらしい。
「この水、どこから来てるの?」
『流石です、分かるんですね。もうすぐ着きます』
それから少し歩いてオルヴァが立ち止まった。まだ洞窟の最奥には到達していない。
「オルヴァ?」
『レインさん、右壁の下の方、見てみてください』
「下? ……あれ、なんかヒビが入ってる」
なんだか押したらスポンと反対側まで抜けてしまいそうな感じで、壁が一部欠けていた。
レインが気になって指先でその壁を押してみると、実際に壁がずれていく。向こう側は明るいのだろうか、光がうっすら漏れているのがわかった。
「これは?」
『行ってみてください。頑張れば通れるでしょう?』
「オルヴァはどうするの?」
『通りますよ。僕、体のサイズの変更もできるんです』
オルヴァが小さく鳴くと巨体がぐんぐん小さくなり、ネズミほどの大きさになった。
しかし、こうして小さくなったオルヴァをみると、すごくトカゲっぽい。
「そんなに小さくなれるのなら普段からやれば良いのに。いつも目立って大変じゃないの?」
『いや、これ疲れる上にちょっと窮屈なんですよね……できないわけではないですが、ずっとは難しいです』
それができるようになるにはダイ達並みの魔力を備えなければならないので、少なくとも数年くらいでは厳しいだろう。白亜の配下達が普段人の姿になることができるのは彼らの元々の力の影響もある。
実際に人型になることができるのは白亜の作った魔法が必要であるが、白亜がレイゴットのところにいた時も配下達が人の姿でいられたのは彼ら自身の能力での底上げがあったからである。
狼の欄丸のように本人に【人の体であり続ける】ことを可能とする力がなければ白亜本人が魔法の重ねがけをする必要があるのだ。ダイ達の場合は白亜の補助なしでも人の姿になることができる。それは彼らの力があってこそだ。
オルヴァがその領域に達することができるのは、少なくとも数十年、下手をしたら数百年かかってもおかしくない。白亜が異常に目立つだけで、実はダイ達は結構凄いのだ。
サイズ変更の魔法は人の体になる魔法よりは簡単であるが、人の姿になれる魔法は元々サイズ変更の魔法をいじって作られたので結局そこそこ難易度が高い。
オルヴァはサイズの変更を自力で行うことができるという、その時点で中々博識なドラゴンの部類に入る。
「ここを抜けるには匍匐前進で進むしかないか……」
『さぁ、こちらです!』
殆ど見た目がトカゲになってしまったオルヴァが先ほどの動かした壁の中へ躊躇なく飛び込んでいった。
レインも後を追って壁に入るが、かなり狭い。それにこの壁、向こう側が結構遠い。壁の厚みは数メートルはありそうだ。
レインが苦労して壁から這い出すと、そこは薄く色とりどりに光る鉱石が無数に散らばる小部屋だった。
白亜の知識から無理矢理この状況と似たものの知識を引っ張ってくると、それはまるで、
「プラネタリウムみたいだ」
足元まで全てが淡く美しい光を放っていた。




