「でもそれ遺品では……?」
レインがハクアの街の防衛に参加するようになってから数日後、エレニカが訪ねてきた。
本当に定期的にやってきているのであの仕事量の割に意外と暇なのでは、と思ってしまう。
実際は結構無理してきているのだが、エレニカはそれを全く表に出さないだけである。
人の感情に聡いジュードはなんとなく気付いているが白亜は残念ながら、というかいつも通り気付かない。
「おお、戦利品使ったんだね。初めまして」
「は、初めまして……レイン、です」
レインはエレニカのことを知っているので、余計に緊張しているのか恐る恐るといった様子である。
白亜の半歩後ろで固まっているのを見てエレニカが苦笑した。
『どうも怖がりで。申し訳ございません』
シアンが謝ると、エレニカは軽く首を振った。
「いや、これは珍しいね。ハクア君の記憶が元になっているのに、ここまで個人の性格がはっきり出るのは中々ないと思うよ。どうやら、天気を操る術に長けてそうだね」
「そこまでわかるんですか」
「これでも神のまとめ役やってるから、なんとなくね。それにしてもハクア君自身の属性といい、君は珍しいものを引き寄せる力があるのかな」
白亜の時空を操る力は非常に希少で、その分使いづらいとされているらしい。希少さ故に使い方もあまりわかっておらず、何かを参考にしようとしてもできないのが現状だ。
エレニカから受けている特訓はあくまでもエレニカの戦い方を学んでいるものでしかなく、時空神に特化したものではない。なんならジュードでも受けられるものである。
そしてレインの『天気を操る』というものも非常に珍しいものであるらしい。
「似た能力を持ってるので過去にいたのがパルケル・エンデアっていう名前の神なんだけど、彼女は竜巻と台風しか呼べなかったから……。どっちかというと天災を起こしちゃう方だからレイン君とはちょっと違うかなぁ」
竜巻と台風を呼べるとなれば強そうではあるが、呼んだら呼んだで面倒臭そうなことになる予感がする。
「あの、過去にいたってどういうこと、ですか……?」
エレニカの言葉に引っかかるワードがあったのか、レインが自分からエレニカに訊ねた。
「えっと……実をいうと彼女、消えちゃってるんだ。日本とは違って神が密接に関わる世界だったから、下界の人間に殺されちゃってね。よくあることなんだ、厄災や天災に関わる力を持つ神が責任を押し付けられてしまうことが」
俺も似たような状況になったから下界と関わるのやめたし、と呟くように付け加えるエレニカの表情は若干曇っていた。殺されかけた時のことは乗り越えたとは以前言っていたが、やはり話していて気分のいいものではないだろう。
「あ、あの、ごめんなさい……」
「え? なんでレイン君謝るの? ああ、そういえばパルケルの持ち物に空気中の水分量を調節できるものがあった気が……。今度ちょっと貰ってこれるか聞いてみるよ」
「でもそれ遺品では……?」
「そうなんだけど、力を制御する類の道具は同じ系統の力の神でなければ使えないことが多いんだ。大昔にあった話し合いで『死んだ場合、遺品は他の神にも積極的に提供する』ってのが全体の暗黙のルールになってるし、まぁ大丈夫」
それは果たして大丈夫、なのだろうか?
正直あまり連絡を取りたくはなかったが、後々でチカオラートに聞くと「ああ、それ普通だよ?」とのこと。
どうも若い神が人に騙されたり人の争いに巻き込まれて死ぬことが頻発した時代があったらしく、その対策としてできたルールだったらしい。
神々で殺しあっていた時代より少し後で神同士の戦いをしなくなって人への警戒を怠る神が続出した結果、狡猾な手口で消されてしまう神が多くいたそうだ。
神同士の殺し合いをやめたにも関わらず若い神がどんどん減っていく状況を見過ごせないと判断した当時の神たち(エレニカを含む)が互いの情報や物資を交換し始めたのが最初。それから様々なルールが加えられて今の形になったのだそうだ。
その経緯もあって今では遺品を提供することに忌避感を覚える神はほとんどおらず、いたとしても極少数。その上ルール自体ができれば提供してあげて、というスタンスなので嫌なら別に断ったところで不利益を被ることも特にない。
ただ、ほぼ全ての神がこのルールの恩恵を得ているという経験があるので、基本的にはどんな神も迷わず物を提供してくれる環境になっている。
「天気を操れる系の神、特に守りに関しては霧とか雨を使える神は強いからね。霧の神なら知り合いがいるから今度紹介するよ」
「あ、ありがとう、ございます……」
エレニカの誰にでも気軽な態度がレインの緊張を若干緩和させたのか、その後しばらく談笑することができていた。レインは少々吃りつつはあったが、初対面の相手と考えるとだいぶスムーズに会話できたのではないだろうか。
シアンと白亜は最初の頃のレインでは考えられない積極性を見せている様子に少し驚きつつ、二人が話すのを聞いていた。




