「オレンジの串焼きなんてどこで売ってたの」
レイゴットの部屋のものを、一旦白亜の懐中時計に入れた。
基本的にこういう収納系の道具を持っておけば部屋がぐちゃぐちゃになる事はあまりないはずなのだが、取り出す面倒臭さがある。というのも、特に白亜の持つ懐中時計のような非常に容量の大きいタイプのものだと出し入れするだけで魔力を使う場合がある。
袋タイプで中身が限られているものは、ほぼ魔力を使用せずに扱えるものも多くあるのだが。
そもそも白亜の持つ懐中時計は特殊な部類に入る。時計が入れ物という考え方もだが、普通に収納するための道具として半端じゃなく優秀なのだ。王族の持ち物として作られたと思えるほどの高性能なのである。
さすがはハクアファンクラブの選んだ品だ。貢物のレベルが違う。正直、村雨とほぼ同等かそれ以上の物品なのだ。
白亜はあまりその価値をわかっていないが。
それでもこれが盗難されずにいられるのは、基本的に白亜が泥棒を捕まえられないはずが無いのと魔力によって使用者が固定されているからである。普通、こういった道具は持ち主本人しか使えない。
何かあった時のために友人や家族が同時に登録することもあるが、使用者本人がロックをかけている状態では他人は使う事は出来ないばかりか、登録してある魔力が持ち主を示すために盗難したところで誰の持ち物かは一目瞭然であり、盗んでバレる可能性が非常に高いため盗難は非常にリスクが高いのだ。
ちなみに、白亜の懐中時計はジュードとリンも登録しているので二人なら使うことができる。
レイゴットの場合「入れ物にお金かけるより別のものにお金使いたい」という性格なので、収納系の道具はかなり少ない。あってもそれほど容量の大きくないものばかりである。
畳一畳分の広さのものが入る袋と二畳分のものが入る袋では値段が三倍違うと言われるほど、大きい容量のものは目玉が飛び出るほどの金額になるのだ。
だったら一畳分の袋を複数個買って、どれか一つの袋に全部仕舞えばいいと思うかもしれないが、収納系のアイテムの中に収納系のアイテムを入れると空間魔法同士が反発して稀ではあるが中身が全部吐き出されるという事故が起きてしまう。
そういった事例もあるので収納袋に収納袋を入れないというのは常識になっている。
どういった確率で事故が起きるのか、というのはレイゴットも興味を惹かれるテーマではあるものの、いくつも買って実験したいと思うほどの興味ではない。収納袋にしまうより部屋に置けばいいという考え方なのである。ほとんど外に出ないで研究しているからの発想ではあるが。
ぐちゃぐちゃの荷物をとりあえず片付けて(一旦別の場所に移しただけだが)から発掘されたソファに座った途端、レイゴットの質問ぜめが始まった。
「それで? レイン君、でいいかな? 色々聞かせてもらっても?」
「え、えっと……はい」
グイグイくるレイゴットに若干引き気味ではあるが、一応質問には律儀に答えてあげるレイン。
「ハクアくんに呼ばれて来るまでは何してた?」
「何って……特に、何も」
「何も?」
「では、あなたは……生まれてくる前の記憶ってありますか?」
「いや、無い」
「僕も、無い、です……そういうことだと、思います」
レイゴットの質問には、白亜も興味深いと思っていたことがいくつか含まれていた。
ベースが白亜の記憶なので当然かもしれないが、レインの好物や興味があるものなどはほぼ全て白亜と一致していた。ただ、好物の一つに『オレンジの串焼き』という謎料理が加わっていた。これは先ほどリンと商業区へ行った時に食べて美味しかったらしい。
初耳すぎる料理に白亜がリンにこっそりと聞く。
「オレンジの串焼きなんてどこで売ってたの」
「なんか結構遠い国で流行ってるらしくて、屋台でオススメされたのを何となく買ってみたんだけど……。レイン君、思ってた以上に喜んでくれたみたいで良かった」
どうやらレインにはレインなりの思い出があり、それを大切にしたいと思っているらしい。
他にもわかった事として天候を操る神の力は天候を変化させるだけでなく、温度や湿度を操ることの応用で炎や氷を瞬時に生み出せるらしい。また、気象条件によってはほぼ何のデメリットもなく雨や雪を降らすことも可能だという。
白亜でも雨を降らせようとすると、そこそこの魔力を使用する必要がある。それを、レインはほとんど魔力も神力も使わずにできるのだそうだ。
これには白亜も驚きである。一番興奮していたのは間違いなくレイゴットではあるが。
本来、天候を操作する系の魔法はとても燃費が悪いのだ。少しの場所に雨を降らすだけでも一般魔法使いが魔力切れで倒れてしまうほどの魔力を消費する。
もちろん白亜もレイゴットも、何ならリンでも砂漠にすら雨を降らす事はできる。だが、リンの場合は小さな村を覆えるほどの範囲、レイゴットなら少し小さめの街一つ、白亜なら小国一つくらいの範囲を一時間降らせ続けるのでギリギリの魔力消費量になる。白亜ですらそれなのに、おそらくレインであれば白亜の同じ範囲であっても数日雨を降らせられるだろう。
天候に関する魔法であればこの世界の誰よりも上手である。
「で、でも、その代わり、というか……小さな魔法、あんまり得意じゃなくて……周りを巻き込んでしまうのが、多くて」
極小範囲で天候を変化させるのは逆に難しいらしく、一対一の戦いには向かないらしい。
その言葉に白亜が口を開いた。
「いや、俺としては助かる。この街を守るにはそれくらいの攻撃範囲あった方がいい。個々の戦闘力ならこの街はそこそこ高いし」
大規模な天候を左右する魔法を使える者がいるというだけで大きな抑止力になる。
それこそ雨が降っていれば火炎系の魔法は威力が軒並み落ちるし、視界も悪くなる。雨は集中力を切らすという意味でも非常に有用なのだ。
エレニカが「使っちゃえよ」と勧めてきた理由がよくわかった。正直、ここまで強い魔法使いが誕生するとは。白亜とシアンはかなり驚いていた。
「本当、すごいものだったな……エレニカさんが選んでくれたやつ」
オススメで、なんて言ったのにめちゃくちゃ有用なものを持ってきてくれた。本当にエレニカには感謝である。




