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白亜は相変わらず運が悪いようで!

「お疲れ!助かったわ!」

「何曲やればいいのか聞いてなかったから焦ってましたよ……」


 あの後結局40分ほど弾き続けてようやく終ったようだ。


「やっぱりあの楽器を売ってくれって貴族の坊っちゃんが何人か来たわよ」

「ですよね……」

「私も欲しいな、ああいうの」

「教えませんよ」

「判ってるわよ」


 白亜は吟遊詩人に渡される筈だった謝礼金をもらった。別にいいと断ったのだが、ミーナの性格上、けじめが必要ということで貰ったのだ。


「これからどうするの?講堂に行くの?」

「いえ。帰ります。今日はありがとうございました」


 さっさと帰る白亜。講堂ではそろそろダンスパーティーが始まるわけだが、そんなのに全く興味を示さない。普通なら卒業生は基本的に殆ど出るのだが。


「いかなくていいの?ご馳走出るわよ?」

「食べ物ならありますし。ダンス踊れませんし」


 そそくさと帰っていく白亜をミーナは暫く見つめていた。





「っあー!久し振りで緊張したぁー!」


 真剣の打ち合いにも動じない人がよく言う。


「ご飯だったら皆食べに行ってるから自分の分作ればいいし。あ。面倒だからジャンクフードでいいかな……」


 人が居ないと随分と適当である。


 暫く古代書の解読に勤しんでいた白亜だが、飽きてきたらしい。


「どうしようかな」

『ダンスパーティーに行ったらどうですか?』

『わっ!シアン。解析終わった?』

『はい。此方でしたね。幾つかリストアップして削除するかどうか決めましょう』


 シアンは白亜と同じく、一度やり始めると歯止めが効かなくなるタイプであり、一旦解析し始めると非常時以外その解析のみに時間を費やしてしまう。今日一日掛かったようだ。


『で、どうだった?』

『中々悪くなかったですよ?流石は貴族用の獣縛りですね』


 白亜の右目に文字が映る。


『へぇー。獣縛りの中に奴隷紋とか増幅とか入ってたんだ』

『マスターはそれを無意識のうちに全部扱ってましたけど』

『うっそ』


 白亜は最近、なにも考えなくても魔方陣を書けるようになった。反射的に書いてしまうわけである。職業病を超えて廃人レベルだ。


『それで?出てきたのは?』

『これぐらいでしょうか』


 白亜の目に再び文字が映る。


『そうだな……奴隷紋と獣縛りはとるとして、後2つか』

『強化系にしますか?』

『それもいいけど』


 暫く考え込む白亜。


『決めた。耐性系を全部とる』

『了解しました』


 先ほどから白亜とシアンが話しているのは、魔方陣の話だ。白亜の体に大量に浮かんでいる模様は全て魔方陣なのだ。


 以前ダイを初めて召喚したときに大量に浮かんだ模様は、シアンがダイを召喚したときに見えた魔方陣を解析しまくって白亜の体につけたらあんなことになったわけである。


 しかも体に書いてある魔方陣は大半が失われた技術の物であったり、それ一個解析できれば国一つ買えるくらいの貴重なものなのだ。お陰で白亜は人前で半袖にもなれない。


「……とうとう手首まで来ちゃったか」


 解析したときにその都度書き加えていくのでもう書ける肌がない。それでどんどん身体中に広がっていくわけである。


『一日動かないでいただければ添削して整理できますが』

『今のところは無理だな………』


 白亜に一日寝てろとか絶対に不可能だ。


「ん、もうこんな時間か」


 部屋が暗くなり始めてきた。白亜はライトに魔力を通して明かりをつける。


「さてと。風呂にでも入りますか」





 ガンガンガンガン!


「え。なに?」


 風呂から出た白亜は一人本を読んでいた。すると、とんでもない音で扉をノックされる。蹴破られそうな勢いだ。


「どなたですか?」

「あけろ!」

「え。誰かもわからないのに開けられるわけないじゃないですか」


 この場合白亜の対処は合っているのか間違っているのか。


「兎に角開けろよ!」

「嫌ですって」


 顔も見えていないのに相手をイラつかせられるのはもう才能の域に達している気がする。


「ご用件は?って言うかあなた男性ですよね?」

「そんなことはどうでもいいだろ!さっさと開けろよ!」


 あまりにも五月蝿いので、ほんの少しだけ扉をあけてみる。


「今日弾いていた変な楽器寄越せ!」

「ふざけんじゃねえよ」


 白亜がほんの少し開いた扉は高速で閉められた。


「は、話を聞け!」

「あんた馬鹿だろ。誰が寄越すか。帰れ。今すぐに。不快だ」


 相当苛立っているのだろう。白亜の言葉一つ一つに怒気がこもる。


「楽器を貸してくれ!」

「無理だ」

「頼むから話だけは聞け!」

「まずその態度を直せよ。そんな態度で出てこられても喩え国王様でも俺は反発する」

「ぐっ……すまなかった。話を聞いてくれないか?」


 明らかにとんでもなく白亜が上から目線だが、この場合はどちらが正しいのか。


「……話だけだ」

「頼む。楽器を貸してくれ」

「断らせてもらいます」

「なんで!」

「楽器の扱いに拙い人なんかに楽器を触れさせたくない」

「意味わかんねえよ!」

「判らなくて結構です。俺の楽器は誰にも譲る気も触らせる気もない」


 白亜の言うことにも一理ある。音楽をやったことのある人は経験があるのではないだろうか。自分の楽器に愛着を感じて名前をつけたり、素人には触らせたくないという気持ちが。


「ダンスパーティーに必要なんだ」

「意味が判りません」

「音楽がなきゃダンス出来ないだろ?」

「そもそも音楽が用意出来ないのにダンスパーティーを企画する方が悪い」

「吟遊詩人に頼むつもりだったんだ」

「俺には関係ない。吟遊詩人に頼んでください」


 白亜が承けたのは舞台の上であのときに演奏することだ。ダンスパーティーで楽器を弾くなどとは一度も聞いていない。


「でも、あんたに金を払ったからって……」

「そこまで言うならお返ししますが?」

「どちらにしても間に合わないんだよ!頼む!楽器を貸してくれ!」

「無理です」


 白亜の性格がとか、それ以前に手から離れると消えるので意味がない。


「金なら払うから!」

「結構です」

「頼むって!なんなら演奏してくれ!」

「もうこんな時間ですよ」


 現在時刻は8時。10時きっかりに就寝する白亜としては遅い時間なのだろうか。


「頼む!」

「えー………」

「私からもお願い。ハクア君」

「ミーナさん」


 ミーナが階段の方から出てきた。


「貴方なら弾けるでしょう?」

「弾けますけど。って言うかこれもう寝間着ですし」


 風呂に入った後なので当然である。


「着替えればいいじゃない。ね?お願い」

「ミーナさんがそういうなら……」

「ありがとう」

「早くしろよ」

「…………」


 あまりに上から目線の男子生徒にイラつきを覚える白亜。完全に男子生徒を無視してミーナに話しかける。


「楽器はどうしましょうか」

「そうねぇ。ダンスに使えるのって無いかしら……」


 白亜は少し考え、


「あ、大丈夫です。支度してきますのでここでお待ちください」


 何かを思い出したようだ。そのまま中に戻っていく。


「ふん。平民の癖に生意気だ」

「そんなことは言っちゃいけないのよ。あの年で寧ろあそこまで物事を考えられるのは凄いわよ」

「楽器を貸してくれと言っても聞かないんだぞ!?」

「あなたの言い方が悪すぎるのよ」


 実際その通りである。暫く経つと、背中に薄っぺらい板のような物が入った袋を背負い、手には大きめの四角い箱、それと金属の棒が何本か組合わさった簡易的な台のようなものを持った白亜が出てきた。普段の制服である。


「制服でいいの?」

「逆にちゃんとした服持っていないんですよ」

「買わないの?」

「着るタイミングがありませんので」


 機材は相当な重さがあるが白亜はそんなもの指先で持てる程の物でしかない。しかし、背は小さいので物凄く持ちづらい。


「それは?」

「キーボードです。グランドピアノだったら最高なんですが、そんなもの持ち込めないですし」

「きーぼーど?ぐらんど……何て言った?」

「何でもないです」


 そのまま講堂に入る白亜たち。一瞬で視線が集まる。機材を大量に運んでいるのだから目立つのは仕方がないことだ。


 楽器を弾くスペースなのか、ほんの少しだけ場所がとられていた。


「ここでやればいいですか?」

「ええ、お願い。どんな曲でもいいわよ」


 ここでロックとか弾いたらどうなるんだろう、とか考えながら白亜は手際よく機材をキーボードに繋げていく。電気は使わない。白亜の魔力だ。実にエコである。


 確認の為に一回弾いてみる。アンプから音が確り出ているのを確認してから弾き始めた。踊りやすいように舞曲である。


 次第に貴族の生徒達から踊り始める。段々広がっていくようにダンスに参加する人たちが増えていく。それを横目で見ながら白亜は内心焦っていた。


『失敗して止まったらどうしよう』


 そんなことをずっと考えながらもしっかり指は動いている。慣れとは恐ろしいものだ。





「お腹空いた」

『マスター。自業自得です』

「判ってますよ……」


 部屋でくたぁっとベットに倒れこむ白亜。相当精神的にキツいものだったようだ。


「頂きます」


 もう本当に面倒になったらしい。ジャンクフードだった。


「もう疲れた。おやすみなさい」


 しかもさっさと寝てしまった。


『全く。マスターは巻き込まれ易い体質なのはこれだけのせいじゃないでしょうに。どれだけ私か悪運を抑えてもやはり難しいのでしょうか……』


 白亜は以前言ったように運気が非常に悪い。おみくじで毎年末吉以下しか出ないくらいの悪さだ。


 それがなぜ幸運が幾つか回ってきているか。実はシアンのお陰だったりする。


 シアンは白亜の運の悪さを知り、逆に幸運に変えられないか色々と模索した結果、こんな能力スキルが身に付いてしまった。


ーーーー幸運付与ーーーー


・これがついた者は時間と共に幸運に恵まれやすくなる

・もとの運は時間が経たなければ変わらない

・悪運の者がこれを身に付けると、振り掛かる悪運に耐えることが出来ればやがて幸運に変わっていく

・悪運になればなるほど幸運の頻度も上がる


ーーーーーーーーーーーー


 悪運をなくす方法がないのが残念だが、時間と共に幸運に変わっていくという。白亜の場合だと後何年掛かるのか。


 人間万事塞翁が馬とは言うが白亜の場合幸福の分が有るか無いかくらいの物に対し、6歳で親を亡くすなどの悲劇ばかりが振り掛かる。これは流石に酷い。


 しかし、これは実は半分は白亜が望んだことである。気力と引き換えに幸運と前世での残り時間(・・・・)を引き渡したのだから。


『なんとか抑えられてるのも時間の問題かもしれませんね……』


 ポツリと呟くシアンの声は誰にも聞こえない。神にも、悪魔にも。

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