「この環境で俺よりも強いのか……?」
木の生い茂る森の中、白亜は枝に乗ってあたりの様子を探っていた。
もともと木々や草花を操ることができる魔法を得意とする白亜にとってこのフィールドは自身の能力を底上げできるとても有利な場所である。
あたりの草木に魔力を流してここら一帯の状況を隅々まで把握できる。
草木を通して監視もできるし、攻撃すら可能だ。地面を丸ごといじって地形を操作することも難しくない。
正直、これもハンデかと疑いたくなるほどに、白亜に有利な地形だった。
だが不思議なことが起こっている。
『見つかりません。遠視にも魔力操作の範囲にも引っかかりません』
「この環境で俺よりも強いのか……?」
レーグは全く見つからない。捜索範囲をじわじわと広げていっているのでその外側にいるだけという可能性も十分あるのだが、もう白亜の能力で九割ほどこの辺りは把握ずみだ。
後の一割だと草木が生えていないエリアになるが、視界を遮るものがないので遠視で把握できないはずがない。
「地中や空は?」
『地中はある程度調べました。空はまだですが、魔眼で確認できていません』
魔眼で確認できていないとなると、本格的に空気に溶け込んでいる魔法でも使っているのかもと疑うしかない。
そうなると、捜索自体に魔力をかなり使うのだ。
今回のルール的には逃げ切りでも白亜の勝ちなので見つからないのなら最悪それでもいいのだが。
ただ、開始前の相手の態度を見るに完全に殺しにかかってきている。
そんな相手が見逃してくれるとも思えない。
木々に魔力を多めに流そうかと隣の木に手をかけた瞬間、嫌な予感がしてその場を飛び退いた。なんの根拠もない、ただの勘の動きなのだが、直後白亜の立っていた木が派手に炎上した。
「……どこに隠れていたのか、お聞きしても?」
燃えている木を背にして刀を抜く。眼前にはレーグが殺気立った目で白亜を見据えていた。
木が燃え上がるまでどこにいるのか本当にわからなかった。戦の神と言われても納得である。
「元人間風情に教えてやるのも癪だが……いいだろう、教えてやる。最初から貴様の真後ろに居たんだよ。最初に会ったとき、お前と別れたのは私の分体だ」
真後ろにいたと言われても、全くピンとこない。全然気がつかなかった。
魔法なのか、神としての特性なのか。白亜が気付けなかったということは、魔力的にも、視覚的にも、匂いや空気の動きさえも感じさせない隠密術である。
今見せた隠密に関してはほぼ完璧と言っていい。
ただ、攻撃のときにそれを察することはできたので気を抜かなければ殺されることはないだろう。
『不覚です』
だが、これでシアンが本気になった。索敵の質はぐんと上がったと言っていい。
「そうですか、教えてくださりありがとうございますストーカーさん。俺はあなたを倒さなければならないので、本気で行きます」
「………悉くウザいな、貴様」
「ウザいのはそちらでしょう? エレニカさんは『ボッコボコにしてくれ』と俺に頼んできましたよ」
言葉を交わしたのはそれが最後だった。
白亜の最後の言葉を皮切りに、レーグが白亜に薙刀に近い形状の槍を振り下ろした。
直前まで何も持っていなかったので、これがエレニカの言っていたレーグの能力【武器生成】なのだろう。
ものづくりの神としての固有能力で瞬時にあらゆる道具を作り出せる。
神力を使用するので無限ではないのだが、それでも相当な数作り出せるそうだ。
白亜は刀を抜いて槍を弾く。火花が散ってレーグが一歩引いた。その表情には少しの驚きが見える。
エレニカが村雨を見て驚いたように、レーグもこの刀を見て驚いたのだ。
レーグの武器は一級品だ。瞬時に作り出せるものとはいえ、神の力で作られた武器である。
人の手で作られた武器など豆腐のごとく破壊できるほどの威力を持つ。
白亜の武器は神の手が入っていない。神の力を持たないただの刀でしかないのだ。それであるのにレーグの武器と打ち合って刃毀れ一つないことが、この刀の異常性を物語っている。
「その武器、なんなんだ……どう見ても下界のものなのに」
「ええ。下界の、人の手で作られた武器です。人を侮らない方がいいですよ」
驚いている隙に懐に入り込む。レーグはすぐさま槍から手を離し、二本の曲刀を生み出して白亜の刀を受け止めた。
村雨から水飛沫が飛び散り白亜の顔に降りかかる。
レーグが曲刀を白亜の首目掛けて撫で斬りしようとしてきたので、白亜は鞘を使って軌道をずらしながら一旦後退する。
いつもの白亜の判断ならここで武器を刀で絡め取って後方に投げるのだが、レーグの場合一瞬で武器など補充できる。
危険を冒してまで武器を取り上げるのは得策ではない。十分攻撃も狙えたが、白亜の刀よりレーグの曲刀の方が間合いが内側だ。あまり懐に潜り込みすぎるとかえって危険である。
それにエレニカも最初話していたが、毒などを使われるリスクもある。
大抵の毒は無毒化できる白亜だが、神の使う毒がどんなものなのか見当がつかない。
白亜が知っているものより圧倒的に殺傷能力が高い可能性があるので、むやみに突っ込まない方がいいだろう。
「案外、ギリギリかもな……」
この草木に覆われた場所で苦戦するのはあまり想像していなかった。
想像以上に相手が強い。油断できないと自分に言い聞かせ、村雨を強く握りなおした。




