「少しだけ、羨ましい」
幼馴染が人じゃない。そう言ってから数秒、何を言うべきかと考えてからまた口を開いた。
「幼馴染って言っても、人として付き合いがあったわけじゃなくて……最初から人じゃないのは、なんとなく知ってたんだけど」
白亜が黙って聞いていると、ポツポツと前田は「幼馴染」のことを話し始めた。
「そいつは家の近所の池によく居たんだ。結構大きな池でさ。会いに行くといつも大岩の影に座っていた。背丈は子どもの頃の俺と同じくらいで、泳ぐのがスゲー上手いんだ」
これくらい、と背丈を手で示す。大体120センチくらいだろうか。
「名前はケイって言ってた。ケイは一人っ子だった俺とよく遊んでくれたよ。家で遊ぼうって誘うと、絶対に断るんだぜ。昔はどこか人間離れしていたケイのこと、なんとなく俺とは違うなって思ってた」
実際そうだったんだけどな、と軽く笑う。
どの笑みがどこか寂しげに見えるのは気のせいだろうか。
「ケイはよく自分のことを『人魚』って言ってたんだ。でもあいつ、見た目普通に人間なんだよ。人魚なわけないって思うだろ? ずっとわけのわからない、こいつなりの冗談だと思ってたんだ」
白亜にはサラという人魚の知り合いが居るので、足がある人魚が居ると言われても「そんな種族もあるのかぁ」くらいの反応で流してしまえるが、普通の人間ならそうはならない。
人魚だと言い張っても「こいつ頭おかしいんじゃないだろうか」と疑われるのがオチである。
「でも俺が大人になるにつれて、ケイの背格好があまりにも変わらないことに気づいて。ケイが人じゃないって分かってたのに、なんかそれが妙に気味が悪く感じてしまって。徐々にケイとは疎遠になってしまった」
目の前のティーカップに口をつけてから、酷くゆっくりした動作で再び話し出す。
「……ケイと合わなくなって、暫くしてからのことだ。久々に池まで行ってみたら、ケイはもういなかった。いつも待ち合わせにしていた岩に、俺宛のメッセージを残してどこかに消えてしまったらしい。あいつ、字は書けないし、読めないから。ヘッタクソな絵が描いてあったよ。居なくなったって気づいてから探したんだけど、あいつは俺以外誰も知らないし、俺もあいつのことは実はよく知らないんだ。ケイのこと避けてたこと、謝れなかった」
前田の後悔が滲み出ている声を聞き、白亜が小さくため息をついた。
「……人間は、自分と違うものを酷く避けるようにできてます。虫が嫌いな人が多いのは、足の数などの根本的なものが違うからという説もあるように。幼い頃は好奇心が勝るのですが、大人になれば危険を避けるためにそういったものを遠ざける本能があります」
悲しい性質だ、と付け加えた。前田は白亜の言葉を聞いて自嘲的な笑みを浮かべる。
「そう、だよな。俺はあいつのこと親友だって思ってた、はずなのに……」
「そういうことではありません」
白亜は前田の言葉を遮った。それ以上は言わせない、という意思がある。白亜が他人の言葉を意図的に遮るのは珍しいことだ。
人の話をあまり聞いていなくて遮ってしまうことは多々あるが、自分から被せるのはあまりない。
「私は……元は人間です。今では全く違うモノになっていますが、人であった頃でも私は『人ではないモノ』扱いでした。多少周りより色々できただけ、なのですが」
シュリアとして、白亜として、ハクアとして。その生き方どれもが『人外』に近かった。
生まれた時から魔力に恵まれていた為に子どもの頃から奴隷に近い扱いにあったシュリア。両親の死によって深い傷を負い、自分の命を投げ打って復讐に走った白亜。単純に生物として別格の力を持ってしまったハクア。
普通の人としての生き方を、白亜は未だ経験していない。
白亜の生きる道にはいつでも「規格外」が付いて回る。それは普通ではないということ。
「普通でありたかったと願ったのは一度や二度ではありません。能力を全て捨てて両親が帰ってくるなら、喜んで全てを捨てました。ですが、あの頃は両親が死んだことに関しての恨みがあまりにも強かったので……とにかくどうやって復讐するか、それしか考えていませんでした」
「復讐?」
「ああ……両親の話はあまり知られていないんでしたか。私……当時の揮卿台 白亜は両親を奴らに殺されていました。目の前で握りつぶされる両親を見捨てて、逃げることしかできなかった。6つの頃です」
淡々と告げる白亜の声音に、前田が息を飲む。
なんとも思っていない風に見えたのだろうか。白亜の場合は感情を押し殺しているのか、本当に感じていないのかの区別がつかない。常にほとんど無表情なので見分けるのは至難の業である。
「……まぁ、私はそういうこともあって人から外れた道を行っていたわけですが。それ故に周りの目も厳しいものになりまして。平たく言えば虐められていました。幸か不幸か、私はその時復讐のことしか考えていなかったので虐められていることすら気付きませんでしたが」
それほど酷い嫌がらせを受けたわけではないが、持ち物がなくなることは一度や二度ではなく、それがゴミ箱に入っていたこともある。白亜が特に気にしなかったので虐める側も面白くなくなり、次第に落ち着いていったのが良かったのかもしれない。
「貴方はケイという方に謝りたいと仰いました。ケイという方は人ではないという確信があるのにも関わらず。それならば、まだ関係の修復ならどうとでもなります。人は同じ人であっても『普通じゃない』ことを理由に虐げる傾向にある。ですが貴方はそうではないみたいだ。少なくとも、ケイという方には」
白亜は軽く頷き、数秒の間の後再び口を開いた。
「私は貴方を勇者として認めましょう。選定者として、心根は相応しい人柄だと判断します」
「はぁ……?」
「分からなくていいです。これから貴方の行く先を多少楽にするお手伝いをする、という誓いのようなものです」
白亜は少し嬉しかった。心の声が聞こえる白亜からすれば、人の内心など知りたくもないと思ってしまうことも多々あるのだが。
前田の声は表も裏も同じなのだ。素直に幼馴染のことを悔やんでいる気持ちが伝わってくる。
こんな友人がいたら、白亜の人生も違うものになっていたかもしれない。
「少しだけ、羨ましい」
ケイという見ず知らずの人ではない何者かに、こんな友人がいることに対して若干の嫉妬を覚えるほどに。




