「美味しいお茶を探しにきました」
リシューが白亜の怒りをなんとか抑えてから二日後、白亜の泊まっている宿にエヴォックがやってきた。
普通、ギルドマスターが用事があるのなら呼び出すのだろうが白亜の場合はエヴォックが直接対応する事になっている。
理由は色々あるのだが、ギルドの職員の心労を減らすためだろう。正直白亜の相手は慣れていないと本当に難しい。無意識に人を煽るので、ある程度理解ある人でなければ会話すら上手くいかない。
そう言った理由でエヴォックが直接訪ねてくるVIP待遇なのである。リシューも居るので当然といえば当然かもしれない。
「随分待たせてしまったね。契約の件、なんとかなりそうだよ」
かなり頑張ったのだろう。目の下には色濃い隈ができている。
「本当はもっと掛かってしまうかもしれなかったんだけど……マーレイン様の口添えもあって、スムーズに話が進んだんだ」
「マーレインさま?」
覚えてない名前が出てきたので首を捻る。
シアンに聞いてみても『初耳です』と回答がきたので会話でその名前が出たこともないだろう。
「ああ、そういえば愛称で呼ぶ仲だったね。君がガルさんと呼ぶ人だよ」
ギルドマスターが様付けで呼ぶ人というのはかなり限られる。相当の要人なのだろうか。
「ガルさんって何者なんですか?」
「ここから少し離れた大国の騎士長だよ。実質、軍事のトップだね」
「へぇ……」
正直、かなり強いとは思っていたので軍事のトップと言われても納得だ。
だが何故そのトップが深い谷底で迷子になっていたのか、とても謎である。
本人は「落し物を拾おうとしたら落ちた」と言っていたが……
「じゃあこの国に用があったっていうのも?」
「もともと外交目的だったらしいね。ただ途中で御付きの人と逸れてしまって、それから君に会ったそうだ」
何を落として拾いに行ったのかは今度聞こう、となんとなく思った。
ガルの性格からして、そんなに重要なものを落とした訳でもなさそうではあるが。読んでた本を落としただけでも拾いに行きそうである。
「では、ここから出てもいいのか?」
「はい。正式な書面はこちらで保管しておきますし、石にでも契約内容を彫ってお渡しします」
リシューに紙の契約書を渡しても保管が難しそうだと判断したのだろう。控えは石に彫刻するらしい。さすがはエヴォック、英断である。
「街での暮らしも楽しいが、そろそろ外に出たかった頃だ。谷に帰っても、またここに来ればリシャットが人型にしてくれるのだろう?」
「え? いや、やること終わったら家に帰るから、この国もう来ないけど……」
白亜がさらっとそう言うと、
「「え?」」
リシューとエヴォックが同時に目を丸くした。
二人とも白亜がずっとここに居るものだと思っていたらしい。
「そ、それは本当かい!?」
「? はい。本業の方をやらないといけないので」
「本業ってなんだ?」
リシューに聞かれ、数秒考える。日本でのことを答えてもいいが、執事と言っても結構信じてもらえないことが多い。何故なら天然記念物だから。
ジュード達と再会した時に「執事やってる」と言ったら「師匠頭でも打ったんですか……?」と本気で心配された。人に仕えるタイプではないので、余程衝撃的だったらしい。
「……領主? みたいな。街の経営してる」
「街の、経営? 君実は貴族なのかい?」
「貴族……ではなくて。国王様に委託されて開拓した街をそのまま発展させてる感じですね。弟子が王子なので貴族待遇はあるかもしれませんが」
さらさらっと事実を述べていく白亜。結構大事なことも喋ってしまいそうで怖い。
シアンとアンノウンがこっそりと忠告する。
『なるべく詳細な情報は伏せてください』
『我々はこの世界の者ではない。あまり語らないよう気をつけろ』
(あ、そっか。気をつける)
今更ながら他世界の情報を言ってしまっていることに気づいた白亜はシアンの言葉に頷いた。
「……まぁ、大したことないので気にしないでください。と言うか、忘れてください」
「いや、忘れろと言われても……」
「衝撃が大きくて忘れられんぞ……」
もう言わないぞと無理やり話を断ち切った。
そんな白亜の態度を見て、もう聞いても無駄だと判断したらしいエヴォックが、
「やることが終わったら、と言ったが……この街に留まっている用事はなんなのかな?」
と聞いてきた。そりゃあ気になるだろう。
白亜は言うべきか黙るべきか誤魔化すべきか悩む。
こんな時は、と迷わずシアンに聞いた。
(どうする?)
『そうですね……変に隠しても問題になりそうですし、かといって正直に話すのも……』
いつもスパッと解決案を出すシアンが珍しく悩んでいる。
と言うのも今回の場合、正直に言えば『とある人物を監視している』となり、どう考えても怪しくなってしまう。最悪他国のスパイとかに間違われそうで怖い。
かといって誤魔化して探られるのも面倒だ。
『……どうでもいいことに話をすり替えましょう』
もう話をそらすのが一番いい気がしてきたシアンは白亜の右目に文章を表示させる。
白亜はそれをそのまま読んだ。
「美味しいお茶を探しにきました」
「「………ああ、そう……」」
確実に呆れられたが、白亜っぽい回答ではあるので多分これで大丈夫だろう。とても雑な隠し方だった。




