「知らない。けど入れろって言われたから入れた」
白亜とリシューがリバーシを始めて数十分。
部屋のドアが急にノックされた。
誰かが向かってくる音は聞こえていたので驚きはしないものの、今日は来客の予定がなかったので若干不思議に思う。
「失礼、リシャット殿の部屋で間違いないだろうか」
「……はい、そうですが……何か?」
扉を開けず、扉一枚挟んで答える。白亜は心の中でシアンに話しかける。
(この場合、どうすればいい?)
『危険そうなら変わります。ひとまずこのまま扉越しに会話しましょう』
軽く頷いて、扉の向こう側に意識を向ける。
心音、声、足音などを聞き分けて相手の人数、性別、ざっくりとした年齢までを予測する。
(二十代後半くらいの女性が、二人。三十代半ばと四十代後半の男性がそれぞれ一人。あと……多分小学生くらいの男の子)
結構な大人数だ。この雨の中をこれだけの人数で歩いてきたのならもっと水の滴る音などが聞こえてもいいはずなのに、そんな音がしないという事は恐らく馬車か何かで移動したのだろう。
リグラートでもそうだが、こちらの世界の人はあまり傘をさす習慣がない。いざとなった時に両手が開くように、邪魔になる傘を街歩く人は少ないのだ。
白亜の懐中時計みたいに物を出し入れできる魔法道具の類でもあればまた別かもしれないが、魔法を付与する道具は総じて値段が高い。
それだけの道具を持っている人なら雨の中を歩くのではなく馬車を持っていたりするから、傘は結局普及していない。
ちなみに、一般的な個人所有の馬車よりも収納能力のある魔法具の方が価値は高い。
白亜の懐中時計はその中でもかなり良いものの部類に入るので、馬車数台分は軽く超える。
渡すものに一切の妥協はしないあたり、流石はファンクラブというべきか。
「とあるお方からの指示で参った。入れてもらえないだろうか」
扉の向こう側からは少々威圧的な空気を感じる。
リシューもいるし、正直入れたくはない。が、少なくとも個人で馬車を所有できるくらいの社会的地位はありそうなので、このまま追い返して後々面倒なことになるのも困る。
乗り合い馬車ではなく個人で馬車を持てるのは貴族やそこそこ稼げている商人くらいだろう。
馬車はただ持っているだけならまだしも、馬の世話やら馬車を置いておく場所の確保やらで無駄に金がかかる代物だ。
一般市民では到底手が届くはずもない。これがそこらの一般人だったら絶対追い返している。
『立場もわかりませんが、拗れるのはあまり良くないでしょう。入れるしかなさそうですね』
「……わかりました。どうぞ」
シアンの決定に渋々従い扉を開けると、予想通り二人の女と二人の男、それと男の子がいた。
「遅い。いつまで立たせる気だったんだ?」
白亜の顔を見て、男の子がかなり棘のある声で嫌味を言った。
威圧的な雰囲気はこの子からだったらしい。横にいる大人たちは若干不安そうな表情で白亜と男の子を交互に見た。
(この子が立場的には一番上っぽいな。他は付き人か?)
どこかの貴族のお坊ちゃんあたりが妥当だろう。これだけの人数の護衛がつくのも納得だ。少々多すぎる気はしないでもないが、この子の態度が軋轢を生みやすいのを見る限り適正人数かもしれない。
『一応謝ってください。ちゃんと敬語で』
「……すみませんでした」
白亜に大したプライドなんてない。シアンに謝れと言われれば謝るし、土下座しろと言われたら土下座する。
人の感情の機微を感じ取れないから常に煽ってしまっているだけで、どうすれば良いのかという指示さえもらえれば忠実にやる。
お坊ちゃんの憎まれ口にも眉ひとつ動かさない。それが白亜である。
天然記念物故に自分の感情は滅多に揺らがない。
さらっと謝ったことに対しては何も言えなくなったのか、男の子はギッと白亜を睨んで押し黙った。文句言われたら言い返してやろうとでも思っていたのかもしれない。
普通の冒険者だったら多分そうなるだろう。
突然部屋に入ってきた人に驚いてか、リシューが白亜にこっそり話しかける。
「リシャット、どうした? 誰だ?」
「知らない。けど入れろって言われたから入れた」
「それ入れて良いのか?」
「さぁ……?」
やっている事は警戒心ゼロである。
男の子は勝手に椅子に座って、椅子が硬いと小さな声で文句を言った。お付きの女性がクッションを敷くと、渋々ながらそこに腰を下ろす。
「それで、ご用件は?」
「それよりお茶でも用意しろ。なってないな、お前」
「……そうですか」
何に対して『なっていない』なのかは不明だ。白亜は使用人ではない。それに、せっかくガルが見つけてくれた紅茶の茶葉を他人に振る舞いたくない。
が、シアンに諭されて若干イラつきつつポットを温める。
他人から何言われても大抵動じない白亜だが、紅茶は大事だ。あまり食べられない分、食事の味に関してはそこそこ煩いのである。特にお茶とお茶菓子には。
気分的にはかなり嫌ではあるが、お茶を入れて少年の前のテーブルに置くと少年はそれを口に含み、小さく溜息をついた。
「客に出すレベルの茶葉じゃないな」
この瞬間、白亜の表情が見てわかるほどに引き攣る。
「はぁあ……?」
久々にプツンと何かが切れた音がした。




